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第6話:冷たい檻を飛び越えて
涼架side
店内の空気は、張り詰めた糸が今にも弾けそうなほど尖っていた。
兄の冷徹な眼差しと、滉斗の燃えるような瞳。
僕はその真ん中で、呼吸の仕方を忘れたように立ち尽くした。
「涼架、その手を離してこちらへ。……三秒待つよ。三、二……」
兄のカウントダウン。それは僕にとって、絶対的な死刑宣告と同じだった。
足が、無意識に兄の方へ動こうとする。幼い頃から染み付いた「恐怖」という名の従順さ。
けれど、その時。
「……っ、うわあああああ!!」
突然、高氏が奇声を上げてテーブルに突っ伏した。
「い、痛い!お腹が、腹が痛すぎる…!リーダーの俺が、今まさに絶命しそうだ!救急車!いや、誰か担いでくれ!」
「ちょ、高氏!?…あ、そうか!大変だ、涼ちゃん、高氏を助けてあげて!」
元貴が即座に反応し、わざとらしく僕と兄の間に割り込んだ。
「お兄さん、どいて!病人を運ぶんだから!」と元貴が兄を押し退ける。一瞬の隙。
完璧だった兄の表情に、初めて「困惑」が混じった。
その瞬間。
「……走れ!」
短く、鋭い声。熱い拳が僕の指先を強く包み込んだ。滉斗だった。
「え、あ、滉斗……っ!?」
「いいから来い!」
滉斗は僕の手を引いて、兄の横をすり抜け、店を飛び出した。
背後で「涼架!」という兄の鋭い声が聞こえた気がしたけれど、滉斗は一度も振り返らなかった。
夕暮れ時の街を、二人で走る。
冷たい秋の風が頬を打つのに、繋がれた手が驚くほど熱い。
裏路地に入り、何度も角を曲がり、駅の反対側にある小さい公園の影に滑り込んだ。
「はぁ、はぁ……っ…もう、大丈夫……かな」
滉斗は僕の手を離し、膝に手をついて荒い息をついた。
僕も心臓が口から飛び出しそうで、しばらく言葉が出なかった。
「……やっちゃった。僕、お兄ちゃんの手、振り払っちゃった……」
自分の手を見る。震えが止まらない。
あんなことをして、明日からどうなるんだろう。
家にはどうやって帰ればいい?お兄ちゃんはどんな顔して僕を待っている?
絶望的な想像が膨らみ、僕はその場にへたり込んだ。
「……おい」
滉斗が僕の前にしゃがみ込み、視線を無理やり合わせる。
「…あんな顔して走る奴、初めて見た」
「え?」
「お前、今すげー必死だったぞ。…逃げたいって、体が言ってたんだろ」
僕は膝を抱えて顔を伏せた。涙が次から次へと溢れてくる。
「……滉斗は、いいよね。かっこよくて、自分の意志があって。…僕は、お兄ちゃんがいないと何もできない、ただの空っぽなんだ」
「……っせーな。バカじゃねーの」
滉斗が不機嫌そうに僕の頭をガシガシと掻き回した。
「空っぽな奴が、あんなに一生懸命ノート書くかよ。空っぽな奴が、あんな楽しそうにクレープ食うかよ」
「それは…」
「お前は空っぽじゃねー。……ただ、あの兄貴が、お前の中に自分の色を無理やり流し込んでただけだ。…混ざるのが嫌なら、吐き出せばいい」
滉斗は公園のベンチに座り、自分の隣をポンポンと叩いた。
「帰るのが怖いなら、今日は帰るな。…元貴の家にでも止まらせてもらえるように、俺が話つけてやる」
「でも、お兄ちゃんが警察とか呼んだら…」
「呼べるわけねーだろ。あいつは『完璧な藤澤家』の世間体を何より気にしてる。弟が家出したなんて、一番知られたくないはずだ。…弱点なんだよ、それは」
滉斗の、言葉は冷たくて、けれど的確だった。
彼が僕が恐れていた「兄の完璧さ」を、単なる「脆いプライド」だと切り捨ててくれた。
「……滉斗は、猫みたいだね」
「…はぁ?なんだよ藪から棒に」
「暗闇でも、僕がどこにいるか見つけてくれるから。…ありがとう。僕、もう少しだけここにいたい」
僕は、少しだけ滉斗の方へ体を寄せた。
滉斗は「ふん」と鼻を鳴らしてそっぽを向いたけれど、その耳の先が少し赤くなっているのを僕は見逃さなかった。
夜の帆が降りる中、僕たちの逃避行は始まったばかりだった。
明日、太陽が昇ればまた現実に直面する。
けれど、隣にいるこの太陽みたいな存在が、僕に「自分」という名前を取り戻させてくれる予感がした。
次回予告
[光り輝くパジャマパーティー]
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