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第四話 : 『 背にこびりつく指先の熱 』
✽✽✽
――翌朝。
整えた制服、無駄のない髪型、いつもの完璧な身なり。
誰から見ても“氷帝のKING”は、何も変わっていないように見えるだろう。
だが、その実――内側はまるで、焼け焦げたようにぐちゃぐちゃだった。
(…クソ……ッ、…なんで、あいつの顔が……)
教室の窓から射し込む朝の光。
教室のザワザワとした声。教師の説明。すべてが遠く、上滑りしていく。
“あの声”が耳にこびりついて離れない。
“あの指”が肌をなぞった感触が、熱が、まだ胸の奥に残っている。
(こんな……くだらねぇこと……、)
記憶を振り払おうとしたはずなのに、目を閉じた瞬間にはっきりと浮かぶ。
切原赤也の、あの獰猛な笑み。
自分の名前を囁く、甘ったるくて高い声。
(クソ……っ、なんなんだよ、あいつは……!)
ペンを握る手に、無意識に力がこもる。
まさか、自分があんな風に“堕ちる”なんて思ってもみなかった。あの瞬間、自分があいつに“縋った”ことを、どうしても認めたくない。
だけど――
あれが快楽だったことも、事実だった。
(身体が……反応してた。確かに、俺は……)
思考がそこで止まる。息が詰まる。
まるで心を、心臓を見透かされたような気がして、窓の外に目を逸らす。
そんな自分が、また――悔しくて、哀しかった。
チャイムが鳴っても、授業が終わっても、脳裏にこびりついている。
熱を、音を、感触を、全部思い出すたび、心と身体が無遠慮にざわついた。
(……また、来るのか? あいつ)
そんな期待めいた思いに気づいた瞬間、跡部は小さく舌打ちした。
期待なんか、しているはずがない。
俺が、あんな奴に――
けれど。
次に切原と目が合ったとき、自分の身体がどう反応するのか――
跡部自身、もう予測できなくなっていた。
✽✽✽
ーー19時を過ぎても、あいつの姿は見えなかった。
(……珍しいな。赤也のやつ、…いつもならもう、来てる頃だろうに……)
散歩をしても、近くのコンビニに寄っても、どこへいっても――
あの黒髪が、どこにも見当たらない。
意識して探している自分に気づいた瞬間、跡部は深く眉を寄せた。
(…別に、探してるわけじゃねぇ……)
ただ――“視界に入ってこない”ことが、妙に落ち着かないだけだ。
昨日までは、あいつの存在が近すぎて鬱陶しいとすら思っていたのに。
今日は、その喧しさすら、やけに恋しい。
(……バカか、俺は)
窓辺に背を預ける。外は快晴。
いつもなら静けさが心地いい昼休みが、今日は妙にうるさく感じる。
喧騒が、妙に薄っぺらく感じて、逆に落ち着かない。
(……なんで、来ねぇんだよ)
ほんの一言、聞かせてくれればいい。
あの生意気な声。自信に満ちた眼差し。
つい反論したくなる、あの舌足らずな挑発。
それらが今日は一切ない。
沈黙の中で、昨日の夜が、鮮やかに蘇る。
『跡部さん、もっと俺に頼っていいんすよ』
『もう、“おうさま”やめません?』
『やっと、ちゃんと名前呼んでくれたっすね』
――全部、全部全部、脳裏に残っている。
今も、あの指先の感触が、熱が、ふいに背筋を這ってくるようで。
無意識に肩をすくめた自分が、また悔しい。
(……何が、“快楽に堕ちたKING”だ)
誰に言われたわけでもないのに、跡部は1人、自嘲気味に笑った。
堕ちたのはたぶん――心の方だった。
切原がいない一日。
ただそれだけのことが、こんなにも苦しいとは思っていなかった。
胸の奥がじりじりと熱を持つ。
焦燥、空虚、そして……渇き。
(クソ、…ッ、あいつ……どこに行った…)
会いたい、なんて絶対に言わない、言ってやらない。
でも――
たった一日、姿を見せないだけで、こんなにも、俺は――
お前を欲している。
そう自覚したとき、喉の奥が焼けるように乾いた。