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全世界に衝撃を与えた記者会見から一夜が明けた。アメリカのハリソン大統領は情報共有のため各国首脳を集めた国際会議の開催を国連の場で提言。
昨日の記者会見では医療シートについては公開したものの、トランクについては公表していない。劇物とも言える魔法具の存在を下手に公表しては経済界に深刻な影響を与える可能性が高いと判断されたからだ。
既に医療シートについて各国より詳細とサンプルを求める声が多数挙がり、アメリカと友好的ではない国からはアメリカが未知の知識を独占していると非難の声も挙がる。
ティナの来訪を強く臨む声ある中、ティナの身柄は国連で共同管理すべきだと言う暴論すら飛び出した。
「彼女は友人として我々と接してくれているのです。にも拘らずその様な扱いをすればどうなるか!皆様、今一度申し上げます。我々とアードでは技術力の差があり過ぎるのです!友好関係を損なうわけにはいきません!各国に対する来訪については、彼女自身の意思を尊重します。敢えて申し上げますが、彼女にセキュリティの概念は通用しませんよ。ホワイトハウスを何の障害もなく自由に出入りできるのです。改めて申し上げますが、この問題に対する各国首脳による首脳会議を提言します!」
これらの声に対してアメリカ国連大使は反論、改めて釘を刺した。
ティナは極めて友好的であることは証明されているが、彼女個人相手でも地球側のあらゆるセキュリティが無意味であることも証明されてしまった。アメリカとしては彼女、ひいてはアードの機嫌を損ねないように細心の注意を払うことは大前提であると全世界に知らしめる必要があった。
「我が国としてはアメリカの意見に賛成させていただきます。遠路遥々御越しいただいた大切なお客様は、地球全体で歓迎しなければいけません」
ここで予想外の事態が発生した。アジアの大国中華国がアメリカに賛意を示したのである。
これには反アメリカ陣営はもちろん、賛成されたアメリカすら唖然としてしまう。そのまま流れを掴んだ中華国連大使が主導権を握り、賛成多数でアメリカの提案が採択され、各国はスケジュールの調整に入った。
~昨晩、中華国沿岸都市上海のとあるビル~
「異星人絡みはアメリカが独占か。我が国にこそ彼等は必要だと思わんか?」
一人の男が夜景を眺めながら問い掛け、背後に待機している二人の男性が口を開く。
「仰有る通りです、主席。未知の技術も惑星も、我が民族こそがもっとも必要としているのですから」
「直ぐに駐米大使に抗議させましょう」
「……いや、その必要はない」
その男。中華国を率いる|黄卓満《こう たくまん》主席は視線を動かすこと無く部下の提案を退けた。
「はっ」
「むしろ逆だ。明日開かれる国連の緊急会合では、アメリカと協調路線を採るように命じろ。駐米大使にも賛意を表明させるのだ」
「宜しいので?」
「先ずはアメリカと友好関係を構築しつつ、例の異星人と接触していく。人民達にも歓迎ムードを作り出せ」
「では、メディアを総動員してキャンペーンを行います」
「うむ。友好関係を維持しつつ、我が国へ招いて独自外交を行う。今は小娘一人だが、何れは本星と交流関係に発展するだろう。その際は、移民の話も出るはずだ」
「はっ」
「我が人民の有るところ、すなわち我が国だ。ゆくゆくは我が国の人民の七割を移民させたい。貧困に喘ぐ人民に新天地での幸せを授けたいからな」
「流石は主席!誰よりも人民を愛しておられる!」
「黄卓満主席万歳!」
部下達は感涙すら流して見せた。
「問題は、我が人民と異星人が交配出来るか否かだ。出来る場合、話は早いのだが」
「我が国へ招いた際に……?」
部下の提案に黄卓満は渋い表情を浮かべる。
「手っ取り早いのは確かだが、来訪者を傷物にしてはアメリカが、いやアード本星が黙っていないだろう。地球を滅ぼすつもりかね?」
「申し訳ありません、思慮の足りない発言でしたっ!」
深々と頭を下げる部下を一別して、再び夜景に視線を向ける。
「今はまだ動くな。アメリカと協調し、歓迎ムードを作り上げることに集中しろ。ある程度の譲歩は許す。周辺諸国にもこれを機に融和路線に舵を切り替えたと思わせろ」
「ロシアにはなんと?」
「あの国は先の戦争で求心力を失っている。我が国は我が国の方針で前に進むと伝えれば良い」
「では、その様に」
部下達が部屋を出て、一人残された黄卓満は目を細める。
「福音か。結構なことだ。だが、富は平等に分配せねばならない。数多の民を抱えている我が国が最も恩恵を必要としているのだから……」
~日本国、外務省~
私の名前は朝霧 武雄、しがない外務省の職員だ。出世とは縁の無い人生だったが、美人な嫁さんを貰って可愛い娘も出来た。ここ十年は大変ではあるが満ち足りた、まさに順風満帆と言えるだろう。人間身の丈にあった生き方があるんだ。
このまま程々に出世して、名もなき職員の一人として定年し、穏やかな老後を迎えられたら良いと考えていたのだが。
「アメリカに出向ですか?」
突然上司に呼び出されて来てみれば、アメリカへの出向命令だ。はて、アメリカ大使館で欠員が出たと言う話は聞かないが。
どちらにせよ単身赴任かぁ……妻と娘には申し訳ないな……。
「いや、君の出向場所は大使館ではないよ。君、天体観測が趣味だろう?」
確かに趣味だ。宇宙へのロマンは妻子が出来た今でも変わらん。好きなもの?“創造の柱”だよ。初めて見た時の衝撃は忘れられん。
だがそれと何の関係が……え?今すぐ?
私は妻子への別れを告げる暇もなく、着の身着のままでアメリカへ飛ばされた。ワシントンD.C.にある事務所を訪ねるように言われたので、取り敢えず訪ねてみた。
「異星人対策室?」
何だろう、嫌な予感がする。
受付で話をすると直ぐに三階へ通された。このビル全体が異星人対策室なのだそうだ。はて、そんな組織があったかな?
「ようこそ、ミスター朝霧。私はジョン=ケラー、異星人対策室の室長だ」
プロレスラーみたいなスキンヘッドのおじさんが現れてビビったが、極めて紳士的だ。彼が室長らしい。
「初めまして、ケラー室長。日本国外務省の朝霧 武雄です。出来ればお話を伺いたいのですが。私は何も聞いていなくて」
困り果てた私の言葉を聞き、何故か彼は同情の視線を向けてきた。嫌な予感がするぞ!
「おお!ケラー室長!ここに居たのか!それに貴方がミスター朝霧だね?話は聞いているよ!早速で悪いが仕事だ!」
「はい?」
突如現れた男性に導かれて私たちは四階へ上がる。彼は大統領補佐官らしい。何でこんな場所に!?
「時間がないぞ!ティナ嬢はお土産を持ち帰れる数に制限があるらしい!今から三時間後にはここに来るから、それまでに選定を済ませてくれ!1/3まで減らしてくれたら良いからな!」
そこは大ホールで、中には東西を問わぬ食料品から美術品、娯楽品等が文字通り山積みされている。これを1/3に?三時間で!?ケラー室長も胃を押さえている……。
「他の人員は!?」
「明日の国連会議への備えで多忙でね……ケラー室長とミスター朝霧。君たちしか居ないのだ!頼むよ!」
気軽に彼は手を振りながら部屋をあとにした。
……あっ、ダメだ。胃が痛い。
訳も分からず胃を痛めた私の肩をケラー室長は優しく叩いた。
「ミスター朝霧、私物で申し訳ないのだが……飲むかい?」
彼愛用の胃薬は……ほろ苦い味がした……。