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「……わからない?」
ある事を聞いて、私は思わず聞き返す。
「は、はい」
「そう言っております」
赤毛・猫耳の獣人族の兄妹が、緊張した
面持ちで答える。
フォレスト・フロッガーに襲われていた、
サンチョさん一行を助けて公都へ帰還した後……
(フロッガーはまとめてアルテリーゼが運搬)
大量のカエル肉の供給により―――
唐揚げ・フライなどにして住人に振る舞われ、
半ば宴会のような状態となったのだが、
その喧騒をよそに、私と家族は児童預かり所の
近くにある、ワイバーンの住処で……
ゼンガーさん・ミーオさんを通訳として、ある事を
聞いていた。
聞く先は、アンナ・ミエリツィア伯爵令嬢を
乗せていた、子供ワイバーンの両親。
そして聞く内容は、フォレスト・フロッガーを
迎撃した事についてだ。
「まだまだ子供ですし―――
火球による攻撃は、もっとずっと大きくなって
からじゃないと、出来ないらしいです」
肩まで伸びた髪の頭頂部をかきながら、
ゼンガーさんが答え、
「それに、聞くところによると……
炎が出なかった事も妙だと」
ポニーテールのように後ろ髪をまとめた、
ミーオさんが話を続ける。
「そうなんだよねー。
落っこちてきたフロッガーの体にも、
焼けた跡は無かったし」
「ただ、何かに弾かれたのは我も見ている
からのう」
「ピュ!」
セミロングとロングの黒髪をした妻2人も、
その時の状況を不思議そうに語る。
「だからと言って、別にマズい事があるわけでも
ないんですが……
少し気になったと言いますか」
親ワイバーンの横に他の子供ワイバーン数体と、
その近くで、人間と一緒になっている―――
当人たちがいた。
アンナ様と、彼女を乗せていた子供ワイバーン、
そして同じ留学組で、獣人族のイリス君だ。
「わ、私も……
あの時は何が起こったのか、わからないんです」
紫の長いウェービーヘアーを持つ少女は、
パートナーのワイバーンを見ながら語る。
そこで、赤茶の髪と狐のような耳と尻尾の
少年がその子供ワイバーンに話しかけ、
ニ・三意思疎通したと思った後、こちらに
向き直り、
「何でも、乗っているアンナ様を今度は絶対に
守らなければと―――
もう二度とガルーダの時のような失敗は
しない、そう思ったらフロッガーを撃退
していたらしいです」
それを聞いた私たちは顔を見合わせ、
「う~ん……
以前のガルーダの襲撃で、彼女を守れなかった
事が、よっぽど悔しかったって事?」
聞き返すとイリス君を通して質問が伝えられ、
子供ワイバーンは首をブンブンと上下に振る。
「何とまあ、男の子だねえ」
「オスはこうあらねばのう」
「ピュ~」
男の子前提で話をするメルとアルテリーゼだが、
実際のところどうなのだろうか。
一応、確認のため質問したところ……
ご両親から『男の子です』とイリス君を通じて
返ってきた。
「そりゃあ女の子の前で、もう無様な姿は
見せられねえよなあグフッ!?」
軽口を叩くゼンガーさんの脇腹を、ミーオさんが
肘打ちする。
「本当にこのバカ兄は無神経っていうか……
しかし、よっぽどアンナ様―――
そのコに気に入られたんだね」
それを聞いて、今度は彼女が赤面し―――
「まあ、それはそれとして……
体調は大丈夫なんですか?
異常とかは」
聞きたかったのはその事だ。
火球ではない衝撃波のようなもので撃退した事、
まだ火球攻撃が出来る年齢ではなかった事―――
つまり異常事態には違いないわけで。
通訳越しにそれを伝えられた『彼』は、翼を大きく
バサッと広げ、元気だという事をアピールする。
ここに来る前にパックさんにも話を通したのだが、
『病気やケガではない物については、
わからないとしか言えない』
『食欲があるのなら大丈夫だと思う』
との事だった。
「問題無いようですが、少しでも苦しくなったり
不調を感じたら、すぐ言うんですよ。
ご両親も、しばらくは注意して見てあげて
ください」
その事をゼンガーさん、ミーオさんを通して
伝えると、親ワイバーンの2体は揃って首を
ペコリと下げ……
私たちはまだ賑わっているであろう、
宿屋『クラン』へ戻る事にした。
翌日……
すっかりリフォームされ、4階建てになった
ドーン伯爵様の御用商人のお屋敷で―――
私は60代の白髪交じりの男性、それに
恰幅のいい30代ほどの男性と面談
していた。
老人の方は御用商人のカーマンさん、
隣りは先日、フォレスト・フロッガーに
襲われていたサンチョさんだ。
「いやしかし、あれからまたいろいろな料理が
出来た事は知っておりましたが……
あのタルタルソースというのはつい最近出来た
物とか!
フロッガーの揚げ物にもよく合いましたし、
新たな味の革命が起こりますぞおぉお!!」
興奮冷めやらぬ、という感じでサンチョさんは
タルタルソースへの賛辞を口にし、
「落ち着いてください。
商談に来たのでしょう?」
カーマンさんにたしなめられ、彼は頭を下げる。
「しし、失礼いたしました!
実は見て頂きたい物がありまして……」
そう言ってサンチョさんが取り出したのは、
少々歪だが、丸いボールのような
物だった。
「これは?」
私が手に取ると、それは弾力があり―――
力を入れると指の形に変形し、すぐ元に戻る。
カーマンさんも手に取り、その感触を確かめる。
形も球形の他……
正方形や三角形、薄い長方形などいろいろだ。
「ふむ、なかなか面白い物ですな」
「でしょう?
子供たちのオモチャにでもどうかと思いまして」
多分これは―――ゴムだ。
となると、恐らく原料は……
「木の樹液から作られた物ですか?」
私の質問に、サンチョさんは目を丸くし、
「そ、その通りです。
もしかして知っておられたのですか?
いや、メープルシロップを作られたシン様の事。
それくらいは知っておられても不思議では
ありませんが」
「いえ、柔らかいままで固まる樹液がある、
という噂を知っていただけでして。
どこでこれを?」
「はい。これは―――
新生『アノーミア』連邦の……」
そこでサンチョさんは話し始めた。
何でも、メープルシロップが広まった事で―――
もしかしたら自国・自領にも有用な樹液を出す
木があるのではないかと、連邦各国が調査に
乗り出したらしい。
その中の連邦最南端の国・フランパルで、
今回持ってきたゴムのような性質を持つ樹液が
発見された。
比較的加工が容易であり―――
新しい産業になるのでは、と期待されたが、
「……失礼ですが、売れるのですか、コレ?」
「うぐ」
カーマンさんの指摘に、図星を突かれたように
サンチョさんがうなだれる。
実際、地球でもゴムが発見された歴史は古い。
ただし発見された当初こそ、珍しい物として
文字通り珍重されたが……
せいぜいがサンチョさんが持ってきた用途と同じ、
子供のオモチャか―――
防水性があるのはわかっていたので、
インソールのように靴底に敷くか、または
水を運搬する容器に防水布として貼り付ける、
その程度の使い道しか無かったのである。
結果として、長靴やテントなどの雨避けとして
本格的に実用化されるのは―――
200年を待たなければならなかった。
ましてやここは魔法がある世界。
水魔法を使う人間も珍しくはなく……
明らかに挙動不審になるサンチョさんに対し、
カーマンさんがフゥ、と一息ついて、
「シンさんには正直にお話しした方が
よろしいかと思いますよ。
この方に、余計な駆け引きは必要ありません」
それを聞いたサンチョさんの視線が、私と
カーマンさんの間を行ったり来たりする。
しかし、やがてそれに疲れたように口を開き、
「ハァ……実はですね。
これは商売上の知人から押し付けられた
物なのですよ。
本人も当初は、オモチャとしてなら売れる!
と思っていたらしいのですが―――
そりゃもう大爆死。大赤字。
そこでシン様と取引きをした事のある私に、
泣きついてきた次第でして」
テーブルの上に突っ伏すようにして、
実情というかグチを語る。
「は、はあ……
それでどうして私に?」
そこでコホン、とカーマンさんが割って入り、
「あのブドウ大豊作で有り余っていたワインを
買い取り―――
さらにそれをもっと美味い酒に変えて
利益を得た、という話は……
わたくしども商人の間で、知らぬ者は
おりませんからな。
今回もまた、何とかしてもらえるのではと
頼って来たのではないでしょうか」
サンチョさんの方を見ると、コクコクと
ひたすらうなずく。
なるほど……
再利用というか、私なら何かしら売れる方向に
考えてくれると思ったのだろう。
確かにゴムの利用価値は高い。
抑えておけば、いろいろと役に立って
くれるだろうし。
「それで、お値段は?」
私が聞くと、彼はしばらくきょとんとしていたが、
「え、ええと……
先ほども言いました通り、売れなかった物を
押し付けられたような物ですので。
それに今回もまた助けて頂きましたし、
経費だけでも払ってもらえると―――
金貨30枚ほどでどうでしょうか?」
前回、護衛だけでも金貨20枚だと聞いている。
それも5日間の工程で……
そこでカーマンさんと目が合うと、彼はうなずいて
「そうですな。
先ほど、連邦最南端の国・フランパルの名が
出ましたが―――
そこから直接買い取ったのではないにしろ、
以前より行程は長くなっているでしょう。
経費だけでも、金貨70枚が妥当なところでは
ないでしょうか」
私はトントン、とテーブルを指で叩いて、
「そうですね、では―――
今運んでいる商品を全て買い取ります。
それと、今後もその買い付けを。
あとその樹木の種か、出来れば木そのものを
持ってきて頂ければ。
取り敢えず、金貨200枚でどうですか?」
彼は目をぱちくりさせ、
「あ、あのう。
持ってきておいて何ですが、コレにそれほどの
価値があるのですか?」
「今回は情報料込みという事で。
使い道はまあ……
まずは確保してから、おいおい考えようかと」
そして彼の目の前に―――
カーマンさんの指示で従業員らしき人が持ってきた
袋が置かれ、ジャラッと音を立てる。
さすがに金貨200枚。
それが入った袋は、人の顔くらいの大きさだ。
「よ、良かった……!
やはりここに持ち込んだ私の判断は、
間違っていなかった……!
戻ったらさっそく、コレの確保に努めます!
あの知人のケツを蹴り飛ばしてでも、
集めまくってみせますよ!!」
こうして、商談は無事に終わり―――
私は御用商人の屋敷を後にした。
「……というわけで、
またお金使っちゃったんだけど」
夕食時―――
宿屋『クラン』で、私は家族に出費があった事を
報告していた。
「シンのする事だから、無駄遣いってわけじゃ
ないでしょ」
「それにしても―――
そんなに気に入ったのかのう、コレ」
「ピュピュー!」
テーブルの上で、持ってきたゴムボールを
ラッチが転がしたり弾いたりして遊ぶ。
そしてメルとアルテリーゼが、その遊びに
付き合っていた。
「まあいろいろと使い道はあると
思うんだけどね。例えば……」
私はメルの後ろに回ると、持っていた『それ』で
彼女の髪をまとめ―――
「お? りょ?」
「ふむ?」
あっという間にポニーテールになった彼女に、
周囲の視線が集中する。
この世界でも、髪型はバリエーションがあるが、
それをまとめるのは紐だ。
そしてそれはたいてい、仕事の邪魔にならない
ように、である。
「え? 今縛ったのかい?」
同じように、髪を後ろでまとめている
クレアージュさんが聞いてくる。
「伸縮性の強い素材で出来た、
輪っかですよ、ホラ」
それは―――
サンチョさんから買い取ったゴム素材を、
まず紐のようにして、両端を結んで輪のようにした
いわゆる『輪ゴム』であった。
それを受け取ると彼女は後ろ髪を解き―――
今度は輪ゴムでまとめ始める。
「二重三重に輪っかを作るといいですよ。
自分で調整してみてください」
ある程度やってみるとコツをつかんだのか、
すぐに髪はまとまり、
「へえ、こりゃ便利な物があるんだねえ」
家族の方に振り返ると、アルテリーゼが
その長い髪をツインテールのようにして
遊んでおり―――
女性陣には好評のようだ。
「ちょっとコレ、今日は借りてていいかい?」
女将さんの質問に私は手を横に振り、
「あ、気に入ったのなら差し上げますよ」
と言った瞬間―――
食堂にいたであろう女性陣に囲まれ、
「私にもください!」
「アタシも!!」
「これで朝がむっちゃ楽になるー!!」
と、こぞって要求され―――
私は持ってきたサンプルを全て放出する
事になった。
「ふむふむ……
これはまた、興味深い素材ですね」
「伸びた後、元に戻ろうとする―――
自然界にも無くはないですが、こうまで
極端な性質の物は見た事がありません」
揃ってロングの銀髪を持つ夫婦が、手にしたゴムを
引っ張ったり伸ばしたりしながら感想を語る。
翌日、冒険者ギルドの支部長室で―――
集まったいつものメンバーと、私は情報共有を
していた。
「確かに、髪の長い女性は欲しがるでしょうねえ、
コレ」
丸眼鏡・ライトグリーンのショートボブの
女性が、珍しそうに見つめ、
「これもシンさんの世界にあった物ッスか」
その夫である黒髪・短髪の青年が輪ゴムを
くるくると指先で回す。
パックさんとシャンタルさんの他に―――
もう一組の夫婦であるレイド君とミリアさんも
集まっており、
「物を束ねたり、まとめたりするにも
便利そうだな」
そこで部屋の主である、白髪交じりの筋肉質の
アラフィフの男が口を開く。
「シンさん、他にコレの特徴は?」
「防水性に優れているのと―――
あと、電気を通さないという性質が
ありますね」
パックさんの質問に何気なく答える。
しかし、そこで科学者夫妻の目の色が変わり、
「電気……つまり雷をですか!?
電撃を防げると!?」
シャンタルさんの質問に私は首を左右に振る。
「空中放電するくらいの、強力な物に対して
効果は薄いかと。
ビリビリするのは防げますが、衝撃とかまでは
防げないと思います。
水中に通した電気を防ぐとか、その程度で」
そう伝えると今度は、こちらのわからない言葉で
2人で意思疎通した後、
「こうしちゃいられないわ!
行きましょうパック君!」
「では私たちはこれで失礼しますっ!」
そう言うとパック夫妻は、手にしたゴムをつかんで
風のように部屋から走り去った。
私は出て行った先の扉へ片手を向けて、
「いや、あの。
これからワイバーンの巣へ向かうので……
何か要請や聞きたい事は無いかという事で、
集まってもらったのに」
「いきなり出て行ったヤツらが悪ぃんだ。
気にする事ぁねぇよ。
そんで、アンナ嬢を乗せていた子供の
ワイバーンも向かうそうだが」
ギルド長の言葉に、全員が注目する。
そう―――
あのフォレスト・フロッガーを撃退した、
子供のワイバーンの事だ。
それ自体は悪い事ではないのだが、その子の
両親によると異常事態らしいので……
女王にも意見を聞きに行く事にしたのである。
「まあ気にする事も無いと思うッスけど―――
今後もワイバーンたちとの共存を考えると」
「知っておいて損になる事は無いですからね」
レイド夫妻が顔を交互に見合わせ、
「今回は大人数での移動だからな。
しっかり引率頼むぜ。
大方の荷物は―――
もう運び終わってんだよな?」
ジャンさんがレイド君の方を向く。
「材料ならもうバッチリッス!
下水道の準備も完了しているので」
彼らが言っているのは……
ワイバーンの巣のある場所に、人間の拠点を
作る事に関してだ。
ここしばらく、開拓ラッシュが続いていたのだが、
・ラミア族の湖の近く(ロッテン元伯爵の別荘)
・東の村との中間地点
・ブリガン伯爵領との境目
この3つの開拓が概ね終了したので―――
かねてから話が出ていた、ワイバーンの巣の
近くの拠点を、本格的に作る事にしたのである。
当初はワイバーンたちと同じく、岩山の頂上に
作るという案も出たが、
安全性というのであれば、ワイバーンの巣に近付く
魔物や動物はそうそうおらず―――
地上に作っても問題無いだろう、と女王との
話し合いで決定した。
「ではさっそく出発します。
家族も待っていると思いますので」
「おう、頼んだぜ」
こうして私は―――
アルテリーゼの乗客箱で、ワイバーンの巣へ
向かう事にした。
「シンさん!
土台、完成しました!」
ライトブラウンの長髪のラミア族が、手を振って
こちらに報告する。
「お疲れ様です、タースィーさん。
それじゃ、職人さんたちに内装を―――」
翌日、現地に到着した私たちは、拠点の作成に
従事していた。
今回同行しているのは……
タースィーさんを始めとしたラミア族数名。
それに人間の職人も複数。
他、ブロンズクラスの冒険者と水魔法の
使い手が10名ほど。
ラミア族が同行しているのは……
彼女たちは土魔法に長け、公都のワイバーンの
住居を作った実績もあるが、
その強固な土壁は柱を必要とせず、一時公都の
住居不足を補うため、住人の仮設住宅をお願い
していたのである。
しかしそれが思ったより出来が良く―――
また1年で崩れてしまうという期限付きでは
あったものの、再び土魔法をかければ長持ち
するという話を聞き、
3ヶ月に一度メンテナンスとして、ラミア族が
土魔法をかける事を条件に、簡易住宅として
使用する事にしたのである。
おかげで他の開拓地も予定より順調に
開発が進み―――
こちらの拠点でもお願いする運びと
なったのである。
「内装に使う部品はもう出来上がってまさあ!
後は任せてくだせえ!」
「では、お願いします」
職人の一人が声をかけてきたので、私は家族と
一緒に―――
ワイバーンの女王の元へ向かった。
そして一組の少年少女も共に……
獣人族のイリス君と―――
アンナ・ミエリツィア伯爵令嬢だ。
イリス君は通訳として、アンナ様は例の件で、
詳しい事情を聞くためである。
こうして6人となった我々は、この地の代表に
会うため、アルテリーゼの『乗客箱』へと
乗り込んだ。
『久しぶりじゃな、シン殿。
して、聞きたい事があるとか』
岩山の頂上付近で、女王と面談する。
そこにはアンナ様を乗せていた子供ワイバーンと、
その両親もおり―――
彼らを交え、火球ではなく衝撃波のような物で
攻撃した事……
まだ幼いはずの彼が、どうして攻撃出来たのか
などを質問した。
すると女王はその長い首をゆっくりと左右に曲げ、
『本来、ワイバーンは火と風の魔力に優れた
種族なのだ。
火球攻撃もその一環だと思われるのだが。
しかし、火球以外の攻撃となると……
『先祖返り』かも知れぬ』
「先祖返り?」
聞き慣れない単語に思わず聞き返す。
『我らの始祖は―――
上位種のドラゴンに匹敵するほどの魔力を持ち、
あらゆる魔法に精通していたと言われておる。
火・水・風・土……氷や雷……
従来のどれにも属さない魔法も―――
他の種族に姿を変える事すら。
どの種族にもある、おとぎ話と思って
おったがの』
どれにも属さない魔法……
ライオット本部長の『全属性』のような
ものだろうか。
「……ン?
『他の種族に姿を変える』?」
独り言のようにつぶやくと、メルとアルテリーゼも
続けて、
「それって―――
アルちゃんみたいに、人間の姿にも
なれるって事?」
「ドラゴン以外ではそのような話、聞いた事も……
と言いたいが、魔狼という例があるしのう」
「ピュ~」
それを聞いた女王は両目をつむり、
『あるいは―――
食べる物が関係しているかも知れぬ。
そちらの食事は特に美味と聞いておるし。
もしくは環境か何か……
ただ実際に人の姿になったという例は、
記憶に無い』
そういえば、魔狼が人の姿になったのって、
メルの水魔法で巨大化した魚のハラワタが
主食だったというのも関わっている。
確かそれで魔力がみなぎったと。
それプラス、フェンリルのルクレセントの
加護があって―――
……あれ?
もしかして人化する条件が揃いつつある?
と思っていると、
『まあ、もしそうなったとしても―――
人間と結ばれるなど許さぬ、とは言わん。
だから安心するがよい、アンナとやら』
「ぶうぅえええっ!?
ぶえぇえええっ!?」
いきなり話を振られた伯爵令嬢は、
令嬢らしからぬ言動で慌てふためく。
もう一方の当事者の子供ワイバーンは―――
照れているのかその両翼で顔を隠し……
カオスな状況で、女王との面談は終了した。
「う~ん……」
「これは良いのう……」
「ピュ~……」
岩山の隙間の星空を見上げながら、メルと
アルテリーゼが気持ち良さそうに声を上げる。
『暖かい水に浸かる事が―――
これほど良き心持ちとは。
なるほど、これは一度味わったら
止められぬわ』
通訳のイリス君と一緒に、ワイバーンの女王も
湯舟に浸かる。
ここは、地上に作られた巨大な露天風呂だ。
新しく建築された人間の拠点からほど近く―――
その大きさは四方が50メートルくらい。
深さは1メートルから3メートルほど。
そして周囲には、魔導具の外灯により明かりが
照らされている。
ブロンズクラスの冒険者および水魔法の使い手は、
このために同行していた。
ワイバーンたちに風呂を用意するきっかけは―――
実は私、そしてパックさんが原因でもある。
ドラゴンを妻とする私と彼の家には、彼女たちが
入れるお風呂があり……
それをワイバーンたちに開放してみたところ、
非常に気に入ったらしい。
そもそもワイバーンは、火と風の魔力が強い種族
らしいのだが、水魔法はほとんど使えず……
川の近くを巣の場所に選ぶそうだ。
水浴びもするようだが、それは当然冷水であり……
暖かいお風呂を知ってしまった彼らは、拠点を作る
際にどうしてもと要望してきたのである。
人間の水魔法の使い手は珍しくない。
またお風呂が充実している公都では、それを
専門とする人たちも多く―――
そこでノウハウのある人たちが選抜され、
こうしてワイバーンたちにお風呂を提供する
運びとなった。
「しかし、これだけ広くても全員は無理
ですよね?」
イリス君を通して、女王を見上げながら
質問すると、
『そこは案じておる。
まずは子供とその親が先じゃ。
次いで、まだ番のおらぬ者どもじゃな』
なるほど、順番制にするのか。
確かに周囲を見ても、子供が多い。
また親と一緒に入らせるのは正しい判断だろう。
そしてそれを監視するのが女王様というワケか。
「でもさー、アンナ様も入れて良かったのかなー」
メルがお湯で顔を洗いながら話す。
今ここにはワイバーンだけではなく、
私たちのような人間、そしてラミア族も
入っているのだ。
一応、人型の女性陣はバスタオルのような物で
体を隠しているし、混浴とはいえ気を使っては
いるが。
『アンナなら、あちらで―――
例の男の子と、その家族と一緒におるぞ』
女王の視線の先に目をやるが……
他のワイバーンたちが遮蔽物になって、
よく見えない。
「まあ家族にも気に入られたら―――
ねえ?」
「将来が楽しみじゃのう。
……ん?」
「ピュ?」
妻たちが恋バナへ移行しようとしていたところ……
ふと上を見上げ、私もつられて夜空へ目を向ける。
同時に、ブゥウウウン……と、何かが
振動するような音が聞こえてきた。
「あれは……?」
遠目でも、飛んでいるそれがカブト虫のような
外見だとわかる。
いや、余りに大きくて―――
それが地球でいうところの、甲虫と似たものだと
見えてしまうのだ。
体長はパッと見で100cm~150cm弱。
それも大量にいる。
数にして5・60匹はいるだろう。
『あれはルーメン・ビートルであろう。
オヤツ代わりの虫に過ぎぬ』
女王がことも無げに話す。
そのオヤツが向かってきているんですが―――
と指摘しようとしたところ、
「キィエエエエッ!!」
「クエェエエエッ!!」
まるで高射砲のように、空へ向かって火球が
放たれる。
大人のワイバーンたちが、迎撃を開始したのだ。
『……しかし、おかしいのう。
こんなに我らがいるところへ、襲い掛かって
くるなど……』
女王がビートルの攻撃に対して首を傾げる。
こちら側の迎撃で何匹が落ち、他はいったん
距離を離すが、逃げようとはしていない。
上空を旋回し、その姿はまた機会をうかがって
いるように思える。
「ねーアルちゃん。
これ、一緒にいる人間が狙われてね?
ラミア族は大丈夫かも知れないけど……」
「ああそうか。
ビートルからすれば、人間がオヤツじゃし」
メルとアルテリーゼの会話で―――
嫌な食物連鎖を認識させられる。
『クアァアアアアッ!!』
「ッ! 今―――
女王様が『側にいる人間を守れ』と
命令を出しました!」
イリス君が女王の雄叫びを通訳して伝える。
これは盲点だった……
ワイバーンに取っては敵でなくとも、
人間からすれば十分な脅威。
『安全』の度合いが、全く違うのだ。
恐らくそれに気付いた女王が、急いで人間を
防衛するよう、号令したのだろう。
しかし、守りながらの戦いは厄介なもの。
遠距離攻撃で敵を寄せ付けない戦いが出来れば
いいが、もし接近されたら―――
「キャアァアアッ!!」
そこへ少女の悲鳴が響いた。
声の方向へ振り返ると同時に、打撃音と共に
一匹のビートルが上空へと打ち返される。
それを見たワイバーンたちが、その翼で人間を
覆うように行動を取り始めた。
もはや一刻の猶予も無い。
その喧騒に紛れ―――
私は小声でつぶやく。
「その巨体で―――
外骨格を支え、飛び回る事の出来る甲虫など、
・・・・・
あり得ない」
その言葉が終わるのと同時に、飛翔能力を失った
虫たちは……
力無くボトボトと落下していく。
しばらくはその落下から―――
ワイバーンたちが人間を守っていたが、
静寂が戻ってくると、
「い、今のはシン殿が!?」
その声に振り返った私は、思わず聞き返す。
「……誰ですか?」
そこには、真っ赤な長髪を持つ―――
まるで外国人モデルのような、大きな胸と
お尻のプロポーションを持った女性が……
一糸まとわぬ姿で立っていた。