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その後、雪蛍くんがスタジオに戻るとすぐに撮影は再開され、私は彼より少し遅れてスタジオへ戻り端で様子を眺めていた。
その途中、少し離れた場所に居たスタッフたちが何かを話していて、聞き耳を立てるつもりは無かったけれど話が聞こえてしまった。
「しかし、渋谷 雪蛍って本当我儘だよな」
「俺も前に先輩から聞いたけど、殆どの撮影現場で我儘言い放題らしいぜ」
「売れっ子だからって調子に乗ってるよな、本当。マネージャーも大変だろうな」
「そうそう。つーか渋谷のマネージャーってもう何人も変わってるんだよな」
「マジで?」
「そりゃそうだろ、あの我儘振りについていけないんだろうな」
スタッフたちが話している事は悲しいけど全て事実。
雪蛍くんの我儘振りは業界では有名な事で、どこの現場でも評判はあまり良くない。
けれど彼は売れっ子でファンは沢山いる。
ドラマは彼が出れば視聴率が取れるし、雑誌は発行部数が伸ばせるから、我儘で扱いにくくても業界では彼を呼ばざるを得ないのだ。
それを全て知った上で、私は彼のマネージャーを引き受けている。
話を貰った時、私が、彼を変えたいと思ったから。
だけど、やっぱり私なんかがどうにか出来るはずは無かったのだ。
この日、撮影が終わりマンションに着くまでの間、会話は一切無く気まずい空気が流れていく。
そして別れ際、
「お前、もう明日から来なくていいよ。社長には俺から話す」
『来なくていい』というクビ宣告をされた私は、何も言い返す事が出来なかった。
「そうか、そんな事が」
「本当に、申し訳ありませんでした」
翌日、彼から話を聞いた社長に呼び出された私は事の顛末を話し謝ると、
「南田くんが謝る事ではない。話を聞く限り、悪いのは雪蛍の方だ。申し訳ない」
孫が悪いと逆に頭を下げられてしまう。
「そんなっ! 社長が謝る事ではないです! どうか頭を上げて下さい」
「南田くん、雪蛍はもういいと言っているが、もう一度アイツと向き合ってもらう事は出来ないだろうか?」
「……私は、そのつもりです。来なくていいと言われましたが、今後も彼のサポートを続けさせて頂きたいと思ってここへ来ました」
私は昨日一晩考えた。彼が私を必要としていないなら、マネージャーは降りるべきなのではないかと。
けど、一度やると決めた事を途中で投げ出したりしたくはないし、何より彼にもっと寄り添いたいと思ったのだ。
「そうか。そう言ってくれたのは君が初めてだよ。雪蛍は物心ついた頃に両親を事故で亡くしてから私が引き取ったのはいいが、忙しくていつも家政婦に任せきりだった。私や家内は仕事に追われて傍に居てやれない代わりに欲しい物は何でも与えたし、やりたいと言う事は全てやらせてきた。しかし、その結果我儘に育ってしまったんだ」
私の言葉を聞いた社長はポツリポツリと彼の事を話してくれた。
話を聞いて思ったのは、彼の我儘は淋しさの裏返しなのではないかという事。
そして、我儘を言っても何をしても、それを叱り、尚且つ傍に居てくれる人を探し求めているのではないかという事だ。
「南田くん、どうかこれからも雪蛍の事を宜しく頼む」
「はい。私なりに精一杯頑張って、彼と向き合っていきたいと思います」
意思を伝えた私は一礼して社長室を後にして、すぐさま彼の居る撮影スタジオへ向かった。
「雪蛍くん、お疲れ様」
撮影が終わると同時に彼の元へ駆け寄って声をかけると、雪蛍くんは酷く驚いた表情で私を見た。
「お前、何で」
「今朝は迎えに行けなくてごめんなさい。社長と話をしていたので」
「……ああ、辞める話をして来たのか」
「……ひとまず、車へ行きましょう」
私は今この場では話を広げずに車へ行こうと提案すると、意外にも彼は素直に従った。
そして、地下駐車場に停めてある車へ乗り込んだ私たち。
普段は後部座席に座る彼だけど、話をする為なのか、今日は助手席に座っていた。
どちらも口を開かず、無言の時間が続いていく中、
「……で、何でここへ来た? 俺はもう、来るなと言ったはずだぜ」
沈黙を破ったのは彼の方で、ここへ来た理由を問われた私は、
「勿論、仕事だからです」
と迷わず答えた。
「はぁ? だから、俺は来るなと言ったんだ。人の話聞けよ」
「確かに、雪蛍くんは私に来るなと言いましたが、私を雇っているのは社長です。社長に言われない限り、私は与えられた仕事をこなします」
「何だよ、それ」
「それに、社長とはきちんとお話をして、これからも雪蛍くんのマネージャーを続けていくようお願いされました」
「ったく、あのじじい……何勝手に」
「雪蛍くん、私に不満があるなら何でも言って下さい。直せるところは頑張って直します。だから、その代わり雪蛍くんも、我儘なところや仕事に対する姿勢をもっと見直して欲しいんです」
「はぁ?」
「雪蛍くんも薄々気付いているとは思いますけど、現場での評判、あまり良いものではありません。それが何故か、分かりますよね?」
「知らねぇよ……そんなの」
これ以上話を聞きたくないと言わんばかりに、顔を背ける彼。
こういうところはまだまだ子供なのだ。