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「雪蛍くん……私は、あなたに変わって欲しい。だって、何も知らない人たちに好き勝手言われるなんて……すごく悔しいから」
顔を背けた彼は何も答えないけれど、それでも私は話を続けた。
「雪蛍くんが誰よりも努力してる事、私は知ってます。それに……いつも我儘を言ったりするのは、それを本気で叱ってくれる人を待っていたからですよね」
「!」
図星だったのか、彼の肩が僅かに動く。
雪蛍くんが売れっ子なのは恵まれた環境や才能も勿論あるけれど、それ以上に彼が人知れず努力をしているから。
口も態度も悪いけど、ドラマに出る事が決まった時は台本を常に持ち歩き、どんな時でも台詞覚えを欠かさない。
モデルの仕事がいつ来ても良いように、体型には常に気を使っているし、ファッションについても沢山勉強している。
「私は、そんな風に一生懸命やっている雪蛍くんを見捨てたりはしません。いけない事をした時はきちんと注意します。だから、これからもあなたのマネージャーとして、傍に居させてください」
「何、分かったような事言ってんだよ」
「違いますか? 私には、淋しがっているように見えましたよ、ずっと」
「……馬鹿じゃねぇの、お前」
「そうですね、馬鹿かもしれません。馬鹿なマネージャーは、やっぱり嫌でしょうか?」
未だこちらを向いてくれない彼だけど、何となく、今どんな表情をしているのかは分かる気がした。
「……勝手に、すれば」
涙は流していないだろうけど、きっと、泣きそうな表情をしているであろう彼のその言葉を聞いた私は、
「はい、ありがとうございます。これからもよろしくお願いしますね、雪蛍くん」
そう口にしながら膝の上に置かれた彼の右手を優しく包み込んだ。
話を終え、今後もマネージャーを続けられる事になった私は上機嫌で彼のマンションまで車を走らせる。
車内での会話はなかったけれど、居心地が悪い事もなく、あっという間にマンションへ着いてしまったのだけど、
「……あのさ、部屋散らかったから片付けてほしーんだけど」
そんな彼からの要望で部屋にお邪魔する事になった。
「お邪魔します」
部屋に入ると特に散らかった様子もなく、いつもと同じで綺麗な状態に保たれている。
「雪蛍くん、どの部屋が散らかってるの? 寝室?」
リビングは全く散らかっていないから、別の部屋かと思い問いかけると、
「そんなの、嘘に決まってんだろ。今日は他に口実が思いつかなかったからああ言っただけ」
彼はあっけらかんと言い放った。
「え……」
言っている意味がイマイチよく分からず、戸惑い気味の私に彼は、
「今までは、仕事でミスするからお前も申し訳ないって思いで部屋まで付いて来てたけど、今日はミスしてねぇからあのまま帰ろうとしたろ? ……要は今日も部屋まで来て欲しかったって事だよ! 言わせるなよ! 察しろよな、そんくらい」
そう言葉を続けたものの、自分で言って恥ずかしくなったらしく、頬を赤く染めて顔を背けてしまう。
「あ、ご、ごめんなさい」
「謝んなよ、別に、怒ってねぇし。ってか、いつまでも敬語使うなよ。他人行儀なのは嫌いだって言ったろ」
彼は寝室に続くドアの前に居る私と距離を縮めてくるとドアに手をつき、私は身動きが取れない形に追いやられてしまった。
「あ、あの、雪蛍くん……?」
「俺、お前にはそういう態度取られたくねぇんだよ、分かれよ」
「わ、分かったから、離れて……」
「嫌だ」
「ちょ、雪蛍く――」
彼は私を解放するどころか、彼の指が私の頬に触れると、今度は強引に唇を重ねてきた。
「んんっ!」
角度を変え、何度も口付けられ、更には強引に舌を入れられる。
「っぁ、はぁ……」
キスだけなのに、私の身体の力は抜けてしまい、その場に座り込みそうになると彼は一旦キスを止めて、
「きゃあっ!?」
私の身体を軽々と抱きかかえた。
「もう我慢出来ない。いいよな?」
そう言って私の返事を待たず寝室へ入ると、私の身体はベッドに降ろされる。
「雪蛍くん、駄目……」
これじゃあ、またいつもと変わらない。
身体を求められ、彼のペースに飲まれるだけ。
それに気持ちのない、ただ欲を満たすだけの行為はもう嫌なのだ。
だって私は、彼の事が……好きだから。
「駄目じゃねぇだろ?」
「駄目、だよ……私たちは、仕事上のパートナーってだけなのに、こんなの……」
「そんな事か。それじゃあ仕事上のパートナーじゃなければいいんだよな?」
私の言葉に納得した彼の口から、予想もしていない言葉が聞こえてきた。
「――莉世、俺の女になれよ」という、一番欲しかった言葉が。