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るるくらげ
「ジュンちゃん!」
銃声を聞いた夕が、徇に集る男たちを救急箱で殴って散らした。途端に目に入ってきた景色に、言葉を失う。
そこには座り込む徇に倒れ込むようにして、体に穴を開けて血まみれになっている茉凪がいた。徇が今までに聞いたことがないほど声を荒らげて、夕に言う。
「ユウ!これ、治せるか?」
同じく銃声を聞いたのだろう、状況を察した紺がこちらに駆け寄ってきて、3人に背を向けるようにして構えた。
「敵は俺が、ユウ先輩は会長の治療に集中してください。」
「ありがとう、コンくん。ジュンちゃんは落ち着いて。大丈夫、ボクに治せないものなんてない。」
夕は救急箱を開ける。すると茉凪が、ケラケラと笑って、夕に言った。
「私はいいから。ユウ、ジュンを診てやってくれ。特に足だ、かなりの高度から落下しただろう。折れている可能性がある。」
「何言ってんだよ、マツナ。オレの足なんてどうでも……!」
「うるさい、お前には言っていない。優先順位があるんだ、今は生徒たちを守らければいけない。より動ける奴の治療を優先してくれ、それが、今ここにいる全員のためになる。それに……いつまでもお前たちの手を煩わせる訳にもいかないからな、早くしてくれ。」
「会長さん。ボクはキミを治療したい、キミはここで死ぬべきではない。」
「お前の意見なんて聞いていないよ。私の望みを聞いてくれ、私の立場は一応、お前たちよりも偉いんだからな。」
「マツナ、黙れ。黙ってくれ。」
「うるさいと言っている。黙るのはお前だ、ジュン。言っただろう?お前のために死ぬなんてのはごめんだ、お前に適切な治療がされているのを見届けてからなら……治療を受けてやらんくも、ないが…………。」
茉凪はずっと、笑っていた。その笑顔を見て、夕は覚悟を決めたのか、冷たい声で言い放つ。
「ジュンちゃん。足出して。」
徇は黙ったまま、足を差し出した。もう抵抗しても意味が無いことを理解したらしい。
「……どうして庇ったんだよ。」
「………私の仕事は……生徒を、守ることだから………。あとは……お前に借りを作って…………仕事を代わりに…………。」
茉凪は苦しそうに、それでも笑顔で、そう言った。やがて治療を終えた夕が、徇の足を優しく撫でる。
「特に目立った怪我はなかったよ。動けると思う。」
それを見た茉凪の笑顔が、強がりから安心に変わった。夕が急いで茉凪に寄った時、茉凪は、掠れた声を絞り出すように言う。
「…………ミナトとミクオに…………私は生徒会長らしく、生徒を守ったと、伝えてくれ。それと………………あまり、揉め事を起こすんじゃないって、事も……。」
その時、ふと、彼女の顔から、生気が消えた。空気に緊張が迸り、徇が焦ったように、名前を呼ぶ。
「おい、マツナ!」
返事はない。声が出なくなった。夕も、紺も、目を見開いて彼女に駆け寄る。
縷籟警軍への入軍を決めた時から、ずっと覚悟はしていた。しかし、所詮は覚悟に過ぎなくて、実際に目の前で仲間が死んだ時……どのような気持ちになるのかを、唐突に突きつけられた気がする。
茉凪は息をしていなかった。彼女は徇を庇い、体の数箇所を弾丸に貫かれて死に至った。この疑いようのない事実が、彼らの肩に大きくのしかかって、身動きが取れなくなる。
そんな3人を引き戻したのは、今までに聞いた事のないような、大きな怒号だった。
「ジュン、ユウ、コン!動きなさい!」
灯向だ。遠くから灯向がこちらに怒鳴っている。
「悲しむのは後にしなさい!これ以上の犠牲は出さないために!」
無茶苦茶な掠れ声だった。まるで自分自身に言い聞かせるような、自棄糞とも取れるような……必死な叫びだった。
真っ先に動いたのは紺だった。眉間に皺を寄せながらも、自分を奮い立たせるような目をして、随分と数の減った敵たちを襲っていく。
「……ユウ。刃物持ってるか?」
「もちろん。なんでも入ってるよ。」
「1つくれ。飛べなくなっちまった。」
夕は無言で、彼の手には少し小さなナイフを渡した。徇はそれを強く握り、走っていった。
残された夕は、茉凪を抱き抱えて、端に寄せた。他の生徒の戦闘の邪魔になる危険性がある……そして何より、ただ静かな場所で、眠いっていてほしい。
茉凪を桜の木の影に置いてから、夕は走って、戦場に戻った。
…………それから、何時間が経過しただろうか。
警察が到着した頃には、辺りは血の海だった。春の昼下がりの暖かい空気に、血なまぐさい臭いがただよって、思わず嗚咽をする者も何人かいた。
灯向は、この襲撃の主犯格だと思われる男の上に座っていた。
「……どうせ今から死ぬなら、答えてくれてもいいと思うんだけど。オトギリはこれで全員?」
「あぁ、全員だ。」
「お前たちの目標は何?」
「さぁな。だが、お前を殺すことが目標の中に入っていたのは間違いない。」
男は面白そうに笑っていた。
「……どうして今から死ぬのに楽しそうなの?」
「まぁ……やっと、ユキの連中から解放されんのかと思ってな。」
「今回のこれはユキの命令?」
「オトギリは、ユキからの命令以外では動かない。」
「つまり、入学試験を荒らしたのも、おれたちを殺そうとしてたのも、全部ユキの命令なんだね。」
灯向の質問に、先程までは流暢に話していた男が、突然黙った。その沈黙に、灯向はどこか、言葉にならないような不安を感じる。
「……なんだよ。」
「確かに俺たちはお前らを殺そうとしていたが……入学試験というのは、何の話だ?」
「えっ?」
先程まで“気がする”だけだった不安が質量を持って、灯向にのしかかってきた。
「……とぼけないでよ。」
「大真面目だ。」
「お前が知らないだけの可能性は?」
「ねぇな。オトギリを仕切ってるのは俺だ。」
「…………」
灯向は言葉を失った。もしもこの男の言葉が嘘じゃなかったとしたら……相当まずいのではないか。オトギリではなくユキの仕業という線もあるが、オトギリがこんな頭の悪い奇襲をするほど苦しくなろうと、救いの手の1本も出さないような連中が、わざわざリスクを冒すとは考えにくい。
つまり、オトギリとユキ以外に、敵がいるということだ。有り得ない、この男が、混乱させるための嘘をついている。そう思えば思うほど、また、不安も大きくなっていく。
「小さな虎サンがダンマリしちまったな。」
「お前の嘘に呆れてただけ。」
「嘘じゃないっつってる。まぁ、お前らのことなんかどうでもいいがな。」
やがて男は、警察に連行されて行った。次第に辺りに散らばっていた死体たちも処理され、やっと見れるようなものになっていく。
さらに少しの時間が経ち、警察や諸々の団体が学校を離れて行った時。忙しない教師たちがひと段落つくのを待ってる間。そこには、まるで何事も無かったかのような静けさの中に、特待生が点在しているだけだった。
校庭を見渡した時。ふと目に入った景色に、灯向の目は釘付けにされた。
桜の木の下だった。倒れている茉凪の傍で、2人の少年が、絶望のような表情を浮かべて固まっている。彼らの目はあらゆる負の感情に支配されて、黒く澱んでいた。彼らの隣に座って手を合わせている桜人が、輝いて見えるほどに。
白家兄弟……2人が茉凪に抱いている感情は、それなりには存じているし、理解もしている。まるで親のような存在だったはずだ、彼らが茉凪を愛し、茉凪もまた彼らを愛していた。
「悪いことをしちまったよ。」
後ろから声が聞こえた。振り返ると、徇が、遠くを見つめながら突っ立っていた。
「マツナが死ぬくらいならオレが死ねばよかった。」
「ダサいよ、ジュン。少なくともマツナは、そうは思わなかった。」
「……アイツの判断を尊重するさ。アイツの分だけ頑張って生きる、なんて大層な事は言えねぇけど。」
「マツナのことを忘れなければ、少しは彼女のためになると思う。」
「ああ。」
徇は腹を括って、茉凪たちの方に駆けて行く。恐らく……茉凪が遺したものを、彼らに伝えるために。
「ヒナタ先輩!」
「サクラ、どうした?」
「警察の方々に教えていただいたのですが、校舎裏に変なものがあって……。」
のんびりできるのも、ここまでのようだ。桜人に呼ばれ、灯向はスっと気持ちを切り替える。その顔は、いつもと何も変わらない、愛想の良い笑顔だった。
夕は期待に胸を膨らませながら、病室の白いドアを開けた。それに気がついた双が肩で息をする夕に駆け寄り、「大丈夫ですか。」と心配の声をかける。
「ああ、心配いらないよ、ソウくん。そんな事より……」
夕は双をベッドに座らせて、深呼吸で息を整えながら、双に真剣に向き直った。
「記憶が戻ったっていうのは……本当?」
双は少しだけ沈黙してから、眉間に皺を寄せて答えた。
「はい。思い出しました……思い出してしまいました。」
双がやけに嫌そうな顔をしていることに気がついたのは、その返事から少々時間が経ってからだった。
「……何で思い出したのか、自分でわかる?」
「はい、残念なことに。」
「ずばり、それは何だい?」
「桜の木です。」
双は窓の外を指さした。目をやると、綺麗な桜が、春の風にちらちらと揺らされている。
「前から……桜の木を見ると、胸に何かが突っかかっていたんです。なんていうか……凄く不安になって、気分も悪くなって。思い出してから全部が繋がりました。最悪に近いものだけど、夕さんたちには、お話しなければいけないと思う。下手したら……縷籟警軍中が、いや、縷籟中が大騒ぎになってしまうけど、今話さないともっと大変なことになる。」
「それは、入学試験に潜入した犯人の正体にまつわる話題で合っているかな。」
そこまで壮大に話されると、少し不安になってくるものだ。双は頷いてから夕の目をまっすぐ見て話し始めた。
「あの日、試験で生徒を大量惨殺したのは――――」
「サクラ。」
灯向は前を歩く桜人に声をかけた。
「変なものって何?爆弾とか?」
「いや、それが、僕にはあの物体が何だったのか、さっぱりで……」
生い茂る緑を掻き分けて、桜人はぐんぐん進んでいく。足が長いからか、随分と足が早い……灯向はついて行くのに必死だった。
「そこの茂みの中です。」
「どれどれ。」
灯向はしゃがんで、茂みの中を覗き込んだ。しかし、そこには、何もない。
その時だった。変な音がすぐ耳元で響いて、目の前の草に赤い液体が飛び散った。途端に首元に熱いような感覚がして、鉄の酸っぱい味が口いっぱいに広がる。
賢い灯向が、“後ろから何かで喉を貫かれた”ことを理解するのに、それほどの時間はかからなかった。何もかもが理解しがたい割には脳がよく冴え、また、身を持って思い知らされた事実に戦慄する。
「先輩。前にぼくは、兄さんに説得をするため警軍に来たって言いましたよね。ごめんなさい、あれ、嘘なんです。」
今までの彼とまるで同じ声なのに、今はひどく、冷たく感じた。心に一番最初に押し寄せてきた形容しがたい感情たちの様子が、絶望という言葉にまるでぴったりだ。
彼のウエポン……桜の枝先で喉を貫通されたので、声を出すことができない……つまり今の灯向には、ウエポンの召喚ができない。
そこまで計算して喉を狙ったのだろう、彼ならそこまで気が回ってもおかしくはない。今まで彼と過ごしてきて深まった彼の性格への理解が、このような現実とは思いがたい現状に息を合わせるようにして、彼を信じていたい気持ちを削ぎ落としていく。
「ぼくがここに来たのは、兄さん以外の特待生を全員殺すため。オトギリと同じく、父上の命令で動いています。」
もうわかったからそれ以上言うのはやめてくれ。痛みで段々と意識が遠のいていく中、そう思ってしまう……このような事になってもまだ、桜人を信じていたいと思ってしまっている自分に驚く。
死にたくない思いで、頭がいっぱいになった。まだ紺の両親にお金を返せていない。まだ凪ともう一度会う約束を果たせていない。まだ、まだ、まだ………。
だが、そんなことを言っていられるほどの余裕もない。なぜか即死になるような箇所は避けられているようだが、このままだといつかは死んでしまうだろう。夕は今、双と話しに病院に行っている。しかもここには、桜人以外の生徒がいない。非常に残念だが、灯向がこのまま生き残れる可能性は限りなく低いだろう。
ならば、せめて……爪痕を残さなければ。
灯向は立ち上がろうと、手を地面に置いて、上半身を必死に持ち上げた。それを見た桜人は少々驚いたような顔をするが、冷静に、灯向の首に刺さっている桜の枝を抜く。
灯向は思わず体勢を崩し、地面に伏せた。血がドバドバと溢れ、激痛に涙が出る。叫びたいのに声が出ない。
意識が途絶える直前、紺の姿が見えたような気がした。走馬灯というやつだろうか……。
(……ごめんね、コン。ごめんね、みんな。)
桜人は「兄さん以外の特待生を全員殺すため」と言っていた。つまり灯向が死んでも、そこで終わりではない。彼は他の特待生たちにも手を出すだろう。
なぜ桜人がこんな事をしたのか。なぜ特待生を殺すのか。先程の桜人の言葉の中にも気になる表現があった、どうやら自分は、彼の真意を知れないまま死んでしまうそうだ。1番力があったはずの自分が何の役にも立てず、とても悔しい。
ミツル、ミズナ、トア、サツキ、リク、ソラ、カイト、ササメ、コン、ジュン、ユウ。
みんな、どうか……どうか、死なないで。
続く
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