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「アンドレア様……」

彼が捨てた名前を、思わず口にしてしまった。先に進んでいたアンドレア様は、驚いたように足をとめる。

「カール、その名で呼ぶのはダメだ。伯爵家だけじゃなく、両親と妹を捨てた俺を思い出してしまう」

振り返らずに、青空を仰ぎ見ながら返事をしたアンドレア様に駆け寄り、大きな背中に縋りついた。

「思い出していいんです、私の前だけなら。無理に忘れようとしなくてもいいですよ」

今更ながら彼の心情に気づいたせいで、鼻の奥がツンとなり、涙ぐみそうになる。

「だが――」

「寂しくないわけがないですよね。今までずっと一緒にいらっしゃった、大切なご家族なんですから」

待ち合わせ場所で顔を突き合わせてから、いつも以上にテンションの高かったアンドレア様。伯爵家から解き放たれて、自由を手に入れたからだと思っていたのに。

「おまえは15歳で家族と別れているから、俺の気持ちがわかるというのか?」

「そうですね。それにお優しいアンドレア様は、常にご家族のことを思い、行動していらっしゃったじゃないですか」

(次期当主に認められようと、伯爵様が出された難しい課題に怯むことなくチャレンジしていたことや、どんなに疲れていても、伯爵夫人と妹様には笑顔で接していたことなど、私はちゃんと見ています)

背中から前に回り込み、アンドレア様を見上げる。青空を眺めていたお顔がゆっくりと動き、私と目を合わせた。

「カール、買いかぶりすぎだ。俺は出来損ないの息子で、伯爵家には不要な者なんだって」

「そんなことはございません。わざとそうなるように、演じていただけなのでしょう? ひとえに、私と一緒になるために――」

「違うって。俺は本当にダメな男なんだ」

力なく首を横に振り、切なげに微笑む姿がそこにあった。

「アンドレア様のマゾ発言も、悲しい胸の内を私に悟られないようにするために、大袈裟に演じていただけのように思えます。それともご自分の心を誤魔化すために、暗示をかけていたのでしょうか?」

私は片膝を地面につき背筋を伸ばして、アンドレア様の右手をやんわりと掴む。

「不器用な貴方様を、私なりにお支えします」

「カールのバカ……なんで気づくんだっ」

震えるアンドレア様の声を聞いただけで、嗚咽が漏れそうになり、きつく目を閉じると、湛えていた涙が頬を伝った。

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