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「お前の友達の、誰ちゃんだったっけな、すぼしの孫。今度区長選に出るんだってな」と伯父さん。
「僕も噂に聞いただけだけどね」と健太。
伯父さんの子供の頃は、そういう選挙に出るには三十歳に届いてなくてはならなくて、しかもその年で区長になることなどまずなかったという。
「そのコ、新明党が推すらしいよ」厨房からマスターの声が飛んできた。情報源はお客さんだという。インターネットやテレビ、山田先生のワッペン、平均くん、大人の話によく出てくる名前の党が、美緒を推薦するという意味が健太にはよく分からない。
「要は、子供っていうフレッシュなイメージが必要だったんだろ、アホンダラ」
伯父さんはそう言うと、ラーメンを大きな音を出してすする。
「そのうち子供の国会議員とか、大臣まで出たりして」
とマスターは笑いながら、大なべを返した。ジョアッという大きな音、火、蒸気が一気に上がる。
「でも美緒ちゃん、政治のこと何も知らないよ」と健太は伯父さんに言った「選挙のときも、仲のいい子が入れるのに入れてるだけだよ」
選挙が学校のコンピューターで行なわれるようになる前は、投票率は五十パーセントを切っていたのが普通だったと、父が言っていたのを健太は思いだした。
「何も分からなくっていいんだよ。周りの大人が決めてくれる」と伯父さんは言った。
「あの辺りが空いてる」マスターは、壁時計と演歌歌手の写真入り色紙の間にある空間を指した「そのコに、今のうちにサインもらっておきたいな。健太君、今度伝えといてくれよ」
健太はマスターの言っている意味がよく分からず、返事をしなかった。
「はい、これ」気づくとマスターは隣に立っていて、色紙を持っている。
「マジックも持ってくか」
「やめとけ、やめとけ」伯父さんは顔の前で手を左右した「あんたは相変わらずミーハーだ」
マスターは、まいいか、と言い残して厨房の中へ戻っていった。
「でも新明党が担いだら、やっぱりスローガンは『子供差別の撤廃』だろね」マスターはそこで、あ差別は差別用語かとひとりごとを言ってから、続けた「子供・大人という区別の撤廃。十八から大人ってのも、定義があいまいだし、第一、ボーダレスの時代にはそぐわないよね。最近じゃ成人式やらない自治体多いし」
「けっ、クソくらえだ」伯父さんは言った「みんな何か履き違えてる。確かに人間として平等ってのは分かるけど、その裾野を永遠に延ばせはいいってもんじゃない。違いを認めて、そこから全てを始めて、身ぐるみだけの平等をやめて、見えない違いを肯定すべきだ」
マスターはカウンターのお客に瓶ビールとコップを出す。
「岡本さん、あんたやっぱり、いかれてる。今の時代はそうじゃない。新明党なら、運転免許は今の『中学生以上』の枠を撤廃して、能力さえあれば原則ゼロ歳でも取れる、そんな感じでいくでしょ」
「そんなことしちゃ、同業者に子供が出ちゃうよ。チャイルドシートにまたがって、竹馬はいて運転するのかよ」
伯父さんは餃子を口に入れた。声がもごもごになる。
「……ボーダレス、ボーダレス……タクシー業界は縄張り撤廃したら、混乱だけが残った」
伯父さんは自分はタクシー運転手のつもりだったが、車内販売が始まってから、いつの間にか肉まん売り、御仏前袋売り、風邪薬売り、コンサート予約、為替両替屋までも兼ねているのだという。