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白山小梅
12
#借金
1,754
二十年。
それは、もう思い出になっていてもいい時間だった。
澪は、そう思って生きてきた。
彼のいない人生が、いつの間にか「普通」になって。
思い出さない日も、ちゃんと増えていた。
中学の頃。
恋と呼ぶには、あまりにも一方的で。
言葉を交わした記憶は、驚くほど少ない。
ただ、視線だけは覚えている。
教室の端。
廊下ですれ違う一瞬。
名前を呼ばれることのない距離。
それでも、見られている気がして振り向いて、
目が合って、すぐに逸らす。
それだけのことが、胸をいっぱいにした。
必死だった。
今思えば、笑ってしまうくらい。
でも当時の澪は、その必死さを隠すこともできなかった。
高校に進学して、会う機会は減った。
電車で、たまに同じ車両になる。
何も話さない。
ただ、同じ空間にいる。
それだけで、十分だった。
卒業が近づくにつれて、澪は決めた。
――これで、終わりにする。
それ以降、会わなくなった。
連絡先も知らない。
二十年。
仕事をして、結婚をして。
彼のいない人生は、確かに続いていた。
思い出さなかったわけじゃない。
ただ、触れないようにしていた。
だから。
駅のホームで、視線を上げた瞬間。
人混みの向こうに、その姿を見つけたとき。
心臓が、一拍遅れて鳴った。
どんなに人がいても、すぐに分かる人。
それは昔も、今も変わらない。
洸平。
スラッとした立ち姿。
少しだけ広くなった肩。
クールな雰囲気。
笑ったときにだけ刻まれる目元の皺。
声のトーンまで、記憶のままだった。
――何で、今。
視線が合った。
ただ、それだけ。
それだけなのに、限界だった。
澪は、先に視線を逸らした。
それしか、できなかった。
そのまま、何事もなかったみたいに電車に乗る。
別々の車両。
数分後、車内がざわついた。
怒鳴り声。走る足音。
「危ない!」という叫び。
人が押し合い、別の車両へ移動する流れができる。
人波に押されながら、澪は足を止めた。
目の前に、洸平がいた。
彼のほうが先に気づいて、一瞬、固まる。
「……澪?」
名前を呼ばれた瞬間、胸が跳ねた。
警察が到着し、騒ぎが収まるまで、
二人は同じ場所にいた。
「大丈夫か」
低くなった声。
「……うん」
それだけで、精一杯だった。
久しぶり、なんて言葉は出ない。
連絡先も知らない。
雑談をする関係でもない。
偶然がなければ、もう会わなかった二人。
それでも、別れ際、
ほんの一瞬だけ視線が合った。
何も始まらない。
それなのに。
確実に、何かが戻ってしまった。
――会わなきゃよかった。
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