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二十年。
それは、もう思い出になっていてもいい時間だった。
澪は、そう思って生きてきた。
彼のいない人生が、いつの間にか「普通」になって。
思い出さない日も、ちゃんと増えていた。
中学の頃。
恋と呼ぶには、あまりにも一方的で。
言葉を交わした記憶は、驚くほど少ない。
ただ、視線だけは覚えている。
教室の端。
廊下ですれ違う一瞬。
名前を呼ばれることのない距離。
それでも、見られている気がして振り向いて、
目が合って、すぐに逸らす。
それだけのことが、胸をいっぱいにした。
必死だった。
今思えば、笑ってしまうくらい。
でも当時の澪は、その必死さを隠すこともできなかった。
高校に進学して、会う機会は減った。
電車で、たまに同じ車両になる。
何も話さない。
ただ、同じ空間にいる。
それだけで、十分だった。
卒業が近づくにつれて、澪は決めた。
――これで、終わりにする。
それ以降、会わなくなった。
連絡先も知らない。
二十年。
仕事をして、結婚をして。
彼のいない人生は、確かに続いていた。
思い出さなかったわけじゃない。
ただ、触れないようにしていた。
だから。
駅のホームで、視線を上げた瞬間。
人混みの向こうに、その姿を見つけたとき。
心臓が、一拍遅れて鳴った。
どんなに人がいても、すぐに分かる人。
それは昔も、今も変わらない。
洸平。
スラッとした立ち姿。
少しだけ広くなった肩。
クールな雰囲気。
笑ったときにだけ刻まれる目元の皺。
声のトーンまで、記憶のままだった。
――何で、今。
視線が合った。
ただ、それだけ。
それだけなのに、限界だった。
澪は、先に視線を逸らした。
それしか、できなかった。
そのまま、何事もなかったみたいに電車に乗る。
別々の車両。
数分後、車内がざわついた。
怒鳴り声。走る足音。
「危ない!」という叫び。
人が押し合い、別の車両へ移動する流れができる。
人波に押されながら、澪は足を止めた。
目の前に、洸平がいた。
彼のほうが先に気づいて、一瞬、固まる。
「……澪?」
名前を呼ばれた瞬間、胸が跳ねた。
警察が到着し、騒ぎが収まるまで、
二人は同じ場所にいた。
「大丈夫か」
低くなった声。
「……うん」
それだけで、精一杯だった。
久しぶり、なんて言葉は出ない。
連絡先も知らない。
雑談をする関係でもない。
偶然がなければ、もう会わなかった二人。
それでも、別れ際、
ほんの一瞬だけ視線が合った。
何も始まらない。
それなのに。
確実に、何かが戻ってしまった。
――会わなきゃよかった。