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次の日、私達は颯人さんと父が運転する車で、サンフランシスコから少し南に下がったサンタクルーズという場所まで来た。
 父と母、そして莉華子さんは近くのお店で買い物したりレストランで食事がしたいと言って別れ、私と颯人さんそして翠と薫は一緒にビーチまできた。
 翠と颯人さんは早速ウェットスーツに着替えると、サーフボードを持って海に入ってしまった。
 私はそんな彼らをビデオにおさめようと、ビデオカメラや望遠カメラを使って沖へと泳いで行く二人を見つめた。するといつの間に何処かへ消えていた薫が紙袋を抱えて戻って来た。
 「一緒に食う?」
 そう言って袋から取り出したのはチョコレートドーナッツ。妊活でそんな脂っこいジャンクフードをしばらく食べていない私は思わずゴクリと唾を飲み込んだ。
 「……い、いい……いらない……」
 ドーナッツから無理やり視線を引き剥がすと、ビデオカメラを持って二人がサーフィンをしている姿を撮ろうとRECボタンを押した。
 「えっ、いらない?これ蒼の好きなやつだろ。ダイエットでもしてんのか?」
 薫は以前よりも少し痩せた私を眉根を寄せて見た。
 「……違うの……実は今不妊治療中で……。体に良いものしか食べない様にしてるの」
 それを聞いた薫はいきなりクククッと笑い出した。
 「あのココペリはその為だったんだな。最初もしかしてそうかなと思ったんだけど、あまりにもたくさん家中にあるから、好きで集めてるのかと思った。だってバスルームの中もココペリだらけだし」
 ケタケタ笑っている薫を私は思わず睨んだ。
 「あのね、私すごく真剣なの」
 「蒼はさ、ど真面目で良いところもあるけど……流石にちょっとやり過ぎてないか?」
 薫はそう言うとドーナッツを一人で食べ始めた。
 「やり過ぎるくらいでちょうど良いの。だってなかなか妊娠できないんだから」
 男の薫に私の辛さなんかわからないだろうと憤っていると、彼は海を見ながらポツリと呟いた。
 「まあ俺の場合、子供が欲しいとなると養子縁組か、金があれば代理出産とかしかないからなぁ」
 その視線を辿ると、兄と颯人さんがサーフボードの上に座って何か楽しそうに話しながら、乗れる波を待っている。
 薫にそう言われてみると、確かに夫婦の形はそれぞれなんだと思う。
 子供が沢山いる夫婦もいれば、彼の様に初めから自分の子供を持つという選択肢がない夫婦だっているし、私の様に欲しくても子供ができない場合だってある。
 「まあさ、そんな先のことばかりに気を取られて目の前にある大切なものを見失うなよ。夫婦二人だけの人生だってきっと幸せだと思うよ」
 薫はそう言うと「やっぱりこれ食う?」と私に先程のチョコレートドーナッツを差し出した。じっとそのドーナッツを見た後、「……やっぱりいい……」と首を横に振った。
 
 
 
 その夜、颯人さんはバーベキューをしてくれて、外のリビングスペースに座りながら皆で楽しく食事をした。
 外のテレビにビデオカメラを接続して、颯人さんと翠が一緒に波に乗っている動画を見たり、薫が再びバイオリンを演奏してくれてとても楽しいひと時を過ごす。
 颯人さんはとても楽しそうにしていて、莉華子さんと一緒に仕事の話をしたり海斗さんの話をしている。そんな彼をじっと見つめていると、私の視線に気付いたんだろう。微笑んで手を伸ばした。
 「蒼、ここにおいで」
 彼の隣に座ると、颯人さんは私の椅子の背もたれに腕を伸ばし、そして私を抱き寄せた。
 彼は私が隣に座る時、レストランに行ってもどこに行っても必ずこうして私の背もたれに腕を伸ばす。
 最近彼が身につけた癖で、私を守る様に、もしくは彼のものだと主張する様にこうして私の背もたれに腕を伸ばす。
 私は彼を見上げて微笑んだ。すると颯人さんも嬉しそうに私を見下ろした。
 確かに薫の言うように、私達はこのままでも幸せなのかもしれない……と思う。
 
 
 
 ◇◇◇◇◇◇
 
 
 
 次の日、薫はニューヨークへと帰って行き、その後私達は数日家族であちこち旅行に出かけた。
 皆で一緒にナパバレーに行って色々なワイナリーに寄ってワインテイスティングをしてまわったり、カリフォルニア州の首都であるサクラメントまで遊びに行って、州会議事堂を見たり、州立鉄道博物館やオールドサクラメントを見て歴史を学んだりと楽しい時間を過ごす。
 そして今夜サンフランシスコで最後の夜。せっかくなのでダウンタウンにある有名な高級レストランに来ることにした。
 ここはステーキとシーフードが有名でお寿司もメニューにある。莉華子さんはお店に入ると豪華で美しい内装にとても喜んだ。
 「とてもゴージャスな雰囲気の所で素敵!大きなシャンデリアや壁にある斬新なデザインもいいわ」
 私達は美しい内装のレストランの中を通り抜け、最上階のルーフトップの席に案内してもらった。全面大きなガラス張りの窓からは外の夜景が綺麗に見える。
 私達は席に座るとメニューを見ながら早速来年の休暇の予定を話し始めた。
 「サンフランシスコも楽しかったけど、来年の夏は違うところに行きたいわね」
 母がそう言うと莉華子さんも同意するように頷いた。
 「ヨーロッパはどうかしら?」
 「そうだなぁ。イギリスとかスコットランドなんかどうだろう」
 父も考えながらそう提案した。
 「確かMelioraのオフィス、ロンドンにあったよな。来年の夏ロンドンに出張いれられないかな……」
 「翠は|一華《いちか》さんと一緒に行きなさいよ。今回も一緒に連れてくればよかったのに」
 母が呆れた様にそう言うと、兄はなぜか珍しく機嫌を悪くして黙ってメニューを開いた。
 一華さんはここ三年ほど翠がお付き合いしている彼女だ。皆でそろそろこの二人は結婚するのではないかと思っている。
 兄の翠はとてもいい人なのだが、交友関係が男女問わず広すぎるのと、スポーツや釣りが好きということもあり週末よく彼女を置いて出かけてしまう。その為一華さんの前は彼女が半年も続かないことがよくあった。
 その点一華さんはスポーツも釣りも大好きで、実は兄よりも上手かったりする。以前の彼女達と比べるととても大人で落ち着いていて、それでいてお転婆で兄を振り回しているくらいだ。
 今また彼女に振り回されて何か喧嘩してるのかもしれない。でも私はとてもお似合いのカップルだと思っている。きっと来年の今頃は翠も一華さんと結婚してきっと幸せな家庭を持っているに違いない。
 
 「俺たちも一緒にイギリスに行ってみるか?」
 颯人さんは微笑んで私を見た。
 「はい!私、イギリスには行ったことがないので一度は行ってみたいです」
 そう颯人さんに返事をしてみるものの、来年の今頃私達はどうなっているのだろうと思う。もしかして未だ妊娠できなくて、私も颯人さんも子供を持つという夢を諦めてしまっているのかもしれない。
 そんな事を考えていると突然私達の席の後ろで、ウェイトレスの人がハッピーバースデーの歌を歌いながら、小さなケーキを5歳くらいの女の子に持ってきた。おそらくご両親が特別に頼んで持ってきてもらったのだろう。
 「…… Happy Birthday To Youuu ー!」
 周りの席の人も皆「Happy Birthday!」とお祝いを述べていて、私達も女の子におめでとうと拍手を送る。
 両親に囲まれ嬉しそうにしている彼女は、息をふっと吹くとケーキに付いていたロウソクを消した。
 私はそれをじっと見ながら、どんなに望んでも、どんなにお金を注ぎ込んでも、手に入らない幸せもあるんだなと思う。