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放課後の教室は誰の姿もなく、静かだった。
しかし、たった1人。
夕暮れが差し込む窓際に、1人佇む人影。
「…こんな所にいていいの?みんな合唱練習してる頃でしょ」
立花はこちらに背を向けたまま、そう雪乃に話しかけた。
「…話がしたくて」
「話?何の?」
「事件当日、どこにいたのか」
立花はフフッと乾いた笑いを漏らす。
「ついに正体現したって訳ね」
こちらを振り返った顔は、冷たく笑っていた。
「仕事しに来たの?風紀委員さん」
「…はい。私は自分の仕事を全うします」
雪乃は真っ直ぐ立花を見る。
「…あっそう。それならそれで別にいいけれど。で?事件当日どこにいたかって?」
「はい」
「…噴水のところにいたけど」
「何故嘘をつくんですか」
「嘘じゃないわ。前に来たチーノって人にも同じように答えたもの」
「…そう言っちゃったんですか」
「ええ」
…裏付けは取られているらしい。
「いや、嘘ですよね」
「嘘じゃないって」
「前家で話した時『違う』って言ってました」
「あっちが嘘よ」
「いや、絶対嘘」
「しつこい、私が言ってるんだから本当よ」
「いや、ぜっっったいに嘘」
「ぜっっったいに嘘じゃない」
「いや無理無理、嘘すぎ」
「だーかーらー、嘘じゃないってば!」
「嘘だってば」
「嘘じゃない!」
「嘘だっての!頑固者!」
「うるさい!嘘に決まってるでしょ!」
「だからぁ、………え?」
立花はハッと口を隠す。
雪乃は驚いて言葉を失う。
ヒートアップした言い合いの中、勢いで言ってしまった。
立花はバツが悪そうに顔を背けた。
「…そうよ、嘘よ。だから何」
開き直り不機嫌そうな顔で雪乃を睨む。
「…どうしてそんな嘘を」
「意味なんかないからよ、本当のことを言ったって」
冷めた目。
そう言った立花の顔は、感情を失っていた。
「誰も信じてくれないし、信じて欲しいとも思わない。別に私は犯人だろうが何だろうが構わない」
「冤罪なんか駄目に決まって…」
「私が何故歌えなくなったか知ってる?」
遮るように立花が言う。
「…母様からの期待のプレッシャーに耐えられなかったからよ」
先程まで晴天だった夕焼けは急に陰り、ポツポツと雨を降らす。
降り出した雨を見つめながら、立花は口を開いた。
「周りの人達は沢山練習したせいねって言っていたけど、そうじゃない。私は期待に答えられるか不安で、毎日怖かった。その弱さで、歌声を失った。
…それから私は、もう誰からも期待されないように生きてきた。なるべく誰とも何とも関わらないように。もう何も失いたくないから、逃げ続けた。
私はステージを降りたの。自分にスポットライトが当たるのが怖かったから」
淡々と語られる言葉たちは、まるで雨のように降り注ぎ、雪乃の心に染み渡る。
空を見上げるその顔がどんな表情をしていたかは分からない。
けれど、それは深い傷となって彼女を縛り付けている。
「…だからね、いいの。私はずっと逃げ続ける。ずっと闇の中でいい。
…もう、関わらないで」
そう言って雪乃の横を通り過ぎ、立花は教室を出ていった。
1人取り残された教室は、いつもより静かに感じた。