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「ここの店の料理はどれも美味いから好きなのを頼め」
蒼央はメニュー表を手渡しながら千鶴に言った。
「蒼央さんは、いつも何を頼んでいらっしゃるんですか?」
「俺は大抵鯖味噌定食だな」
「お魚、お好きなんですね」
「まあそうだな。どちらかと言えば洋食よりも和食派なんだよ。だから肉よりも魚の方が好みだ」
「私もです。特に、祖母が作ってくれた鯖の味噌煮が好きでした。それなので、私も鯖味噌定食にします!」
「そうか」
頼む料理が決まったところで、水の入ったグラスを二つ手にした店主の女性が二人の元へやって来る。
「佐知子さん、鯖味噌定食二つお願いします」
「鯖味噌二つね。蒼央くんは本当、鯖味噌が好きだねぇ。お連れさんも、同じ物でいいのかしら?」
「はい! お願いします」
「それじゃあ、少し待っててね」
水の入ったグラスを二人の座る席に置いた店主の女性――佐知子は注文を聞くと笑顔で答えてカウンターへと戻って行く。
「蒼央さんのお知り合いなんですか、佐知子さんって」
「カメラマンになりたての頃、当時付いてた先輩に教えて貰った店でな。その時からよく通ってた。安くて美味くてな。俺にとってのお袋の味は佐知子さんの料理みたいなものだ」
「そうなんですね。話を聞いていたら食べるの、凄く楽しみになってきました!」
「そうか、それは良かった」
この店に通うきっかけから始まり、他愛のない話で盛り上がる二人。
暫くして料理を作り終えた佐知子がカウンターから席へ運ぼうとしていると、蒼央がすかさず椅子から立ち上がり、「佐知子さん、俺が運ぶからいいよ」と口にしながらカウンターまで料理を取りに行く。
「あらあら、いいのよ、蒼央くんはお客様なんだから」
「いつものことだから気にしないでよ」
「悪いわねぇ」
どうやらこうして自分の料理を運ぶのはいつものことのようで、蒼央は自分の分と千鶴の分のトレーを持つと席へ戻って行く。
「すみません、私の分まで運んでいただいてしまって」
「気にするな。これは俺が勝手にやってるだけのことだ。ほら、冷めねぇうちに食べてみろ」
「は、はい! いただきます」
そして、蒼央が再び席に着いたタイミングで千鶴はお箸を手に持ち、「いただきます」と言って鯖の味噌煮から食べ始めた。
「美味しい!」
「だろ?」
「はい、本当に美味しいです」
食べながら千鶴は思う。この鯖の味噌煮が自身の祖母が作ってくれた味付けに凄くよく似ていると。
「この鯖の味噌煮……私の祖母が作ってくれた物に味が近くて……懐かしい気持ちになりました」
「そうなのか」
「祖母は私が高校入学した頃に亡くなってしまったので、もう食べられないんですけど……ここへ来たらこの味が食べられると思うと嬉しくなりました」
「そうか。それならばまた連れて来てやる」
「ありがとうございます」
思わぬ所で亡き祖母の作った料理の味付けに近い物に出逢えた千鶴は心の底から喜んでいた。
彼女にとって祖母の存在はとても大きく、この世で一番大好きな人だったから。
「御馳走様でした、お料理、とても美味しかったです」
食べ終わった二人は食器をカウンターまで運んで行くと、千鶴は佐知子に料理が美味しかったことを告げた。
「そう言って貰えてとても嬉しいわ。またいつでも来てちょうだいね」
「はい、ありがとうございます」
「佐知子さん、お会計お願いします」
「はいはい、それじゃあ1400円になりますね」
蒼央は佐知子に会計を頼み、金額を言われると同時に千円札を二枚差し出した。
「あ、蒼央さん! 自分の分は自分で出しますから!」
その様子を見た千鶴は慌てて財布に手を伸ばそうとするも、
「このくらい遠慮しなくていい。飯だって俺が誘ったんだからお前は気にしなくていいさ」
蒼央は初めから自分が出すつもりだったようで、『気にするな』と言われてしまった千鶴はそれ以上言えなくなり、
「すみません……ありがとうございます。御馳走様です」
ここは素直に奢られようと感謝の気持ちを伝え、蒼央と共に店を後にした。