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昼休みが終わる少し前。
オフィスの空気は、午後に向けてゆっくりと動き始めていた。
姫子は席で資料を整理していた。
けれど、
胸の奥の脈は落ち着かない。
(……森川さんと話すって、
どういう意味なんだろう)
スマホに届いた純のメッセージが、
まだ胸の奥に残っている。
──今日、少し話せますか。
その言葉が、
夢の影の声と重なってしまう。
──触れたい。
姫子は小さく息を吸った。
そのとき──
横から静かな声がした。
「森野さん」
姫子は驚いて顔を上げた。
純が立っていた。
距離が、いつもより近い。
「……あの、
さっきのメッセージ、見ました」
姫子はうなずいた。
「はい……少しなら」
純はほっとしたように息をついた。
その表情が、
どこか夢の影と重なる。
「ありがとうございます。
ここだと話しづらいので……
少し外、歩きませんか」
姫子は一瞬迷った。
胸の奥が、夢の森のように静かに揺れる。
「……はい」
二人はエレベーターに乗った。
狭い空間に、沈黙が落ちる。
けれどその沈黙は、気まずさではなく、
“何かが始まる前の静けさ”だった。
外に出ると、昼下がりの風が吹いていた。
純は歩きながら、ゆっくりと言葉を探すように口を開いた。
「森野さん……
昨日の夢の話、
本当に変なこと言ってすみません」
姫子は首を振った。
「いえ……
私も……夢を見たので」
純は立ち止まった。
姫子を見る。
「……どんな夢ですか」
姫子は言葉を探した。
夢の森の空気が、現実の風に重なる。
「森の中で……
誰かが、私を呼んでいました」
純の目が揺れた。
「……誰、ですか」
姫子は答えられなかった。
影の沈黙が胸の奥で響く。
「分かりません。
でも……“会いたかった”って……
そう聞こえました」
純は息を呑んだ。
その反応が、夢の影と同じだった。
「……俺もです」
姫子は顔を上げた。
「え……?」
純はゆっくりと言った。
「俺も……
“会いたかった”って、
そう聞こえた気がするんです」
胸の奥が強く脈を打つ。
夢の影の声と、純の言葉が重なる。
──会いたかった。
姫子は震える声で言った。
「森川さん……
どうして、そんな夢を……?」
純は少しだけ目を伏せ、
それから静かに言った。
「分かりません。
でも……森野さんと話していると、
夢の中の“誰か”と重なるんです」
姫子の胸が震えた。
「……重なる?」
純は姫子を見つめた。
その目は、
影の輪郭と同じ揺れを持っていた。
「森野さん……
俺、あなたに……
ずっと言いたかったことがあります」
姫子は息を呑んだ。
風が止まる。空気が静まる。
夢の森と同じ、“選択の前の静けさ”。
純は一歩、姫子に近づいた。
「森野さん……
あなたのことが──」
その瞬間、胸の奥が、
強く脈を打った。
夢の影が、
手を伸ばしたときと同じ震え。
逃げられない。
もう、どちらにも戻れない。
姫子は気づいた。
この瞬間が、すべてを変える。