※このお話は「ガトーショコラ(大森×藤澤)」の藤澤視点での物語になります。先にそちらから読んでいただいた方が楽しめると思いますので、まだの方はぜひ「ガトーショコラ」からお読みください。
「涼架が自分から行きたい場所指定してくんの、珍しくない?」
待ち合わせていた駅で落ち合うなり、男は嬉しそうな様子を隠そうともせずに僕の方を抱き寄せて歩き始めた。それを荷物を持ち替えるふりをしてさりげなくふりほどき、僕は彼に笑いかけてみせる。
「どうしても行ってみたいお店があってさ。でもちょうど良かった、そっちの行きたかったお店の最寄りと同じで」
「そう、マジでラッキー!でもこの店もぜってぇ涼架は気に入ると思うよ。ガトーショコラの店は持ち帰り限定だろ?マジちょうどよかった」
へぇーたのしみ、と僕は努めて明るい声を出してみせる。そんな僕の様子に男は満足気に頷いて、また肩に腕を回してきた。男とはもう3ヶ月ほどの仲ではあったが、僕は彼のこのやたらとボディタッチをしてくるところや、チャラついた話し方がひどく苦手だった。しかし、僕はある目的を果たすためにどうしても彼という存在が必要だったのだ。
それは、僕の恋人である元貴に僕の浮気に気づかせて嫉妬させること。付き合って2年になる彼とは倦怠期、とでもいうのだろうか。最近の元貴がどこか僕のことを疎ましく思い始めているのに気づいていた。会話も随分と減り、休日も彼は自分の部屋にこもりきりだ。しかし僕は、彼が心の底から僕に飽きて、離れたいと思っているわけではないことも分かっていた。人一倍寂しがり屋でプライドの高い彼は、僕という「絶対にそばを離れないであろう存在」に甘えきっているだけで、もしそれが崩れそうだとしたら何としても取り返そうとしてくるに違いなかった。元貴に僕の存在の大切さを気づかせるための駒として、この男が必要だったのだ。そうとも知らず、男は
「なぁ、カフェの後にさ、カトラリーショップも行こうぜ。せっかくなんだしお揃いのやつとか、憧れねぇ?」
とにやつきながら煙草臭い息を吐く。ヘビースモーカーなのも、この男の嫌なところだった。煙草の匂いが好きではない、と伝えてからは僕の前では吸わなくなったが。別にお前のとは欲しくないんだけど、とは言えないので
「うわぁ〜いいねっ、僕かわいいのがいいなぁ」
なんてはしゃいでみせる。それでも素直にこういう男を好きになれたなら少しは楽なのだろうか、なんて考えてみたりもするけれど、そんなのは到底無理なことだというのももう分かっている。
「どこぞのボーカル様は、そういうの好きじゃなさそうだけどな」
男は小馬鹿にしたように鼻で笑う。どこぞのボーカル様、とは元貴のことだ。彼は僕が元貴と付き合っているのを知っている。略奪愛、というシナリオもこの男を燃えさせている要因のひとつかもしれなかった。そうだねぇ、と僕はのんびりした声で返す。確かにお揃いにしたがるのはいつも僕からだった。
「でももう関係ないもの、僕には君がいるんだしっ」
そう言って肩に回された男の手にそっと触れながら上目遣いで見上げてやると、分かりやすく鼻の下を伸ばす。単純な人間って扱いが楽でいいな。男に連れられていった先は有名なティーショップで、色とりどりのマカロンが人気の店だった。ショーケースに並ぶパステルカラーは、小学生の頃に夢中になった色えんぴつを彷彿とさせた。
「かっわいい……」
思わずそう言葉に出すと
「だろ?涼架はかわいいの好きだもんな〜」
男の前ではだいぶ誇張してはいるが、たしかにかわいいものには目がない僕はかわいらしいマカロンたちに釘付けになってしまう。
「うわ、どうしよう、どれもかわいいしどれもおいしそう」
「好きなだけ選べよ」
「え〜」
そしたらこれ、と定番のフレーバーからフランボワーズを、季節限定のものからレモンレアチーズを選ぶ。
「それだけでいいのか?」
「うん。あんまりたくさん食べたら夜ご飯が入らなくなっちゃうし」
「じゃあほか気になるのは?俺それ選ぶし」
「いいの?そっちが来たいって言ったお店じゃない」
すると少し照れくさそうに男は鼻を擦る。
「涼架が喜びそうだと思ったから気になってたんだし」
僕はつい、いつもの様にオーバーに喜んでみせるのを忘れ、男の横顔を食い入るように見つめてしまう。今沸きあがる感情をなんと呼べばいいのか分からなかった。強いていえば、情だ。愛ではなくて、もちろん友に対する親しみとも違っている。自己都合に利用することへの罪悪感はこれまでにもーー特に最初の方などはーー感じたことがないわけではなかったが、それとはまた違った思いが僕の良心らしきものを苦しめる気がした。
「どうした?」
「あ、いや……そしたら抹茶のも気になるかも」
不思議そうな顔をされて、慌てて僕は手元のそれを指さすと、男はなぜか小さく吹き出した。
「そしたらもう一個はブルーベリーのにでもするか?青を忘れちゃギターさんが泣くぜ」
あっ、と僕は小さく息を呑む。そう、まるでこれでは狙ったかのようにミセスカラーなのだ。抹茶はライトグリーン、僕の最初に選んだフランボワーズは少し濃いめのピンクで、レモンレアチーズはライトイエロー。僕と元貴のメンバーカラーを彷彿とさせる組み合わせになる。無意識だった。
「ちがっ……そんなつもりじゃなくて」
「ごめん、分かるよ。どれも涼架の選びそうなフレーバーだ。意地悪言いたくなっただけ」
も〜やめてよね!なんて僕は笑い返してみたけれど、なんだか上手く笑えた気がしなかった。男は結局、定番だからとバニラフレーバーを選んだ。
席につき、やがて選んだ紅茶と共にそれぞれのマカロンが運ばれてくる。シンプルな白のお皿には縁に小さな花模様がぐるりと描かれており、その真ん中にふたつのマカロンが片方をもう一方に立てかけるようにして配置されている。ピンクとイエローのそれは、完璧に美しく、その調和を崩すのはなんだか恐ろしいことのような気がした。男も似たようなことを感じたのだろうか。
「はやく食ってみようぜ」
と僕を促す。
「うん……でもなんか、綺麗でもったいないね」
僕はレモンレアチーズの方を手に取り
「はい」
と男の方に差し出した。
「ひとくちめ、あげる」
なんとなく、これを崩すのは自分ではありたくなかった。でもその実、調和を崩したのは僕で、その責任をこの男に負わせようとしている図は、まったく今の僕らにそっくりだということに、僕はあえて気づかないフリをした。たかだかマカロンに、何を感傷的になっているんだ、と臆病者の自分を鼻で笑う。そんな僕の考えなど気づきもしない彼は嬉しそうにそれを口にした。
「うまっ!これぜってー涼架も好き!」
「ほんと?……ん!おいし〜やっぱ間違いないんですよレモンとチーズの組み合わせはね」
僕らは和やかに笑い合う。さっくりとしたメレンゲ生地のそれは口当たりが軽やかで、いくつでもいけてしまいそうだ。中に入ったレアチーズクリームとレモンピューレの相性も抜群。でも不思議とお互いに2つ目を食べる頃には「食べ始めたときはいくらでもいけちゃう、なんて思ったけど意外とお腹にたまるね」なんて話すほどだった。
「クリームかな」
男が首を傾げる。
「結構このクリームが重たいんかもなぁ」
まぁ機会はこれからいくらでもあるんだしまた来ようぜ、と言って男は席を立つ。僕もそれに続いた。
その後、男のリクエストもあってカトラリーショップをみたあと、目的のガトーショコラのお店へと向かう。昔、元貴が食べたいと言っていたガトーショコラ。どうしてもこれでなければいけなかった。お忍びデートをしようなんて僕が言ったのはきっと忘れてしまっているだろうけれど、自分がこれを食べたいと言ったことは彼なら覚えているはずだ。
ちょうどその時、スマホが振動した。ポケットからそれを取り出した僕に、何か連絡?と男が聞いてくる。僕はそれにかぶりを振った。通知はある特定のGPSが僕に近づいていることを知らせるものだった。それは元貴の位置を示すもの……去年の誕生日にプレゼントした、誕生石のついたリングに仕込んだものだった。僕は計画が思った通りに進んでいることに思わず笑みを浮かべてしまう。
僕はこの男に元貴と別れて一緒に暮らしたいからといい借りてもらった部屋に、この1ヶ月ほどの間少しずつ、元貴と暮らす部屋から荷物を運び出していた。彼がいつ気づくかは分からなかったが、気づけば何か行動を起こすだろうとは思っていた。しかしこの1ヶ月、予想以上に元貴にはソロでの仕事も積み重なり、折悪く家で過ごす時間が大きく減ったことにより、普段は変化に目敏い彼もなかなか気づかなかった。
おそらく異変に気づいたのは3日前。わざと開けっ放しにした僕の靴箱を見た彼は、それがすっかり減っていることに気づいたはずだ。そして昨日、彼は動きを見せた。僕のスマホに隠しGPSアプリを仕込んだのだ。そんなのは別端末を持っていれば通知から簡単に分かってしまうのだけれど、僕はあえて気付かないふりをして、今日そのままスマホを持ってきている。彼は僕の「浮気」を確かめるために現れるはずだ。もちろん彼はそれを確かめるだけで、僕を問いつめたりはしないだろう。浮気された、なんて彼のプライドが許さないだろうし、その事実ごと無かったことにして僕を取り戻すための策を練るに違いない。
雑踏の中に彼を見つけた。見たことの無いキャップにサングラス。今日のために買ったのかな。そのキャップ、あまり似合わないんじゃない。まぁ僕はどんな元貴だって好きなんだけれど。それにしてもお粗末な変装だ。それで僕が気づかないとでも思っているのなら、「涼ちゃん」は随分と間抜けな人物らしい。
僕はうっかり彼と目が合ってしまわないように気をつけながら、男の腕をとって歩き出す。思わず笑みがこぼれる。
「なに、涼架たのしそう」
「うん、楽しい。だってようやく願いが叶うんだもの」
男はてっきり自分と暮らすことをさしているとおもったのだろう。先程のカトラリーショップの袋を掲げながら
「俺も!」
と笑った。男に残された仕事は、今日僕を抱く時に、見えやすい位置にキスマークをつけてもらうことだけだった。これまで望まれても頑なに「バレると面倒だから」と許さなかったのもあって、許可すれば充足感に歓喜して、間違いなくするだろう。そうすれば僕の計画は完成だ。元貴がそれを見れば激しい嫉妬心にかられ、独占欲を自覚するに違いなかった。
そして先ほどのガトーショコラ。昔の何気ない会話を覚えている健気な僕、を演出するだけではない。ただ出ていくふりをするだけでなく、最後に意味のある「置き土産」を用意することで、僕の中に彼に対する情がまだ残っていることを示し、彼が全く僕を諦めてしまうかもしれないという可能性を消しておくためのもの。ここまでカードが揃えば、君ももういちど僕を渇望してくれるだろう。君はどうせ、僕でなければダメなんだから。
無邪気に笑う男の背後から差す西日が眩しかった。作戦が上手く行けばもう必要のないはずの彼だけれど、まぁ簡単に元貴のところに戻ってしまってもありがたみが薄れるかもしれないし、しばらくの間は影を感じさせるためにも会ってもいいかもしれない。あくまで僕の手札として。無邪気に笑う男につられるようにして僕の口角は自然と上がる。これはきっと、身体の繋がりを持ってしまったがための特殊な情なのだろう。そうでなければ、説明がつかない。
少し胃のあたりが痛むような、重たさがあった。やっぱりさっきのマカロンはクリームがだめだな、なんて僕は思った。
※※※
カラフルでかわいいマカロン。これを題材にするならどんなお話になるかしら、と勘案していたところ単純にかわいくて甘いお話じゃなくて、かわいいけれど実は……みたいな意外性を取り入れたいな、とこのお話がうまれました。
お話を描いた順番としてはガトーショコラからですが、実は構想はマカロンが先で、マカロンでこういう涼ちゃんを描きたいからガトーショコラはこういう風に描くぞ……みたいな。
いかがでしたでしょうか?(どきどき)
コメント
23件
あぁもう最高すぎて泣いちゃいますよ??
涼ちゃん頭良ー✨ 尊敬に値するわ もっくんも気づくのかなー( ˶>ᴗ<˶)
初コメ失礼します!実は策士な涼ちゃんが最高でした! いろはさんのお話、実はずっと読ませてもらってて、どのお話もいつも最高なんですが今回の特に好きすぎて、ついコメントさせてもらっちゃいました~! これからも応援しています