「涼ちゃんいっつもそれだね」
6個入りのひとくちアイスの箱を手に取った僕をみて、思わず、というように元貴が声をあげた。
「そういう元貴もだいたいそれじゃない?」
僕は彼が手に取った、チョコレートでコーティングされたアイスを指さした。すると彼は心外だといわんばかりに
「フレーバーが違うんだよ、昨日は期間限定の抹茶のやつだったでしょ。今日はバニラ」
と口を尖らせる。なるほど。
「じゃあたまには違うのにしようかな」
そういって僕は、その横に並んでいた同じ種類のアイスで期間限定らしいキャラメル味のそれを手に取る。
「結局種類はそれなんだ」
よっぽど好きなんだね、と彼は笑う。僕はまぁね、と相槌を打ってみせたけれど、実は特にこのアイスが好きという訳では無い。1人のときならストロベリーのカップアイスを買うことが多いのだが、今日は元貴が一緒だからこれなのだ。理由は我ながらおそろしく単純。
「はい、いっこあげる」
味わうようにわざとゆっくり食べて、彼が先に食べ終わるのに合わせてひとつ、彼に分けてあげるのだ。アイスが好きな彼は大抵この誘惑を断らないし、僕はこれを免罪符に彼に「あーん」が出来てしまう。これが狙いなのだ。
「涼ちゃんいつも俺にいっこくれるよね」
口の中でひとくちサイズのそれを転がしながら彼が言う。
「うん、だって元貴も好きでしょこれ」
そうだけど……と言って、彼は口ごもってから
「やっぱなんでもない、ありがと」
彼は何を言いかけたのだろう。少し気になったけれど、わざわざ聞くのもなんだか問い詰めるような感じがして気が引ける。
僕は食べ終わったアイスの蓋を閉じてから右手にそれを持った。すると、僕の右側を歩いていた彼はすかさず左に移動してきて僕の手を掴む。僕は黙ったままその手を握り返した。初夏らしい青々とした風の香りが鼻腔をくすぐる。昼間はもう陽射しが眩しいくらいだけれど、夜はまだ風が少し冷たくて過ごしやすい。もう少しすれば、虫の鳴き声もこの辺りなら聞こえ始めるだろうと思った。
僕らがこうやって夜にアイスを買いに出るのは季節に限らず一年中を通してやっていることだが、溶けてしまっては大変だからと家に帰るまでの道中で封を切るのはこれくらいの時期からだ。
「今年も夏が来るねぇ」
元貴と出会ってからもう何度目の夏になるだろう。こうして2人で手をつなぎながら歩く夏はあと何回過ごせるだろうか。
「今年の夏も暑いかなぁ、マジ外出たくない」
心底嫌そうに唸る彼に僕は苦笑いする。
「そしたらアイスは僕1人で食べちゃお」
えーずるい、と彼は非難の声をあげて、繋いだままの腕をぶんぶんと振った。
「こらこら……だってアイスは溶けちゃうもん」
「涼ちゃん走ったらいいんだよ、なんのためにランニングしてんの」
「少なくとも元貴にアイス届けるためじゃないんだけどな」
ちぇー、と子供みたいに口を尖らせる。表情豊かに自分の感情を表現してみせる彼はとても可愛らしい。僕は少しだけ声を上げて笑ってしまう。
「安心してよ、元貴も一緒じゃない時はアイス食べないから」
そうなの?と彼は不思議そうに僕の顔をのぞきこんだ。風が柔らかく彼の髪を揺らす。そりゃ、だって、元貴と食べるからこのアイスには意味があるのだ。僕はあえて何かに言及はせず、ただにこりと微笑み返すと、彼はちょっと不満そうな視線を逸らした。
「そうだ、涼ちゃん。次はあのアイス禁止ね。俺があれにするから涼ちゃんは別のにして」
「えっ」
思わず声を上げて弾かれるように彼を見た。なんで急に?もしかして僕が「あーん」したさにあれを選んでいることを気づかれたのだろうか。それが嫌でそんなことを言い出したのだろうか。戸惑いをあらわに横を歩く彼を見つめる僕に、彼はちょっと気まずそうに言葉を発する。
「だって……だってずるいじゃん。俺だってたまには涼ちゃんにアイスあげるのしたいの」
思わぬ回答に僕はきょとんとしてその横顔を見つめ続けてしまう。すると彼は拗ねたように頬をふくらませてこちらを睨んだ。
「いま、子供っぽいって思っただろ。そんなことで?って」
僕は慌てて首を振る。
「いつも分けてもらってばっかりで……涼ちゃんは俺がアイス好きなの知ってるから分けやすいの選んでるのさすがに分かるもん。嬉しいけど、たまには俺ばっかりじゃなくしたいの」
めずらしくつたない言葉選びをする彼。照れ隠しの意味もあるのだろう。あぁ、なんてかわいいんだろうか。
「じゃあ、お言葉に甘えて分けてもらおうかな」
僕が足を止めると、それに引っ張られるようにして彼も足を止める。1歩分先に出た彼が、不思議そうにこちらを振り返った。その頬に手を当て、そのまま唇を重ね合わせる。彼の唇に舌を這わせると、端にチョコレートでもついていたのか特有の甘さと香りが舌先から広がった。そのまま口内に舌を侵入させ、歯列をなぞり舌を絡ませる。彼の唇の隙間から、堪えきれないというように息が漏れた。アイスを食べたあとだから、彼の舌はいつもよりちょっとぬるくて、かすかにバニラの味。ちゅ、とリップ音を立てて唇を離すと、彼は顔を真っ赤にして僕に鋭い視線を送る。彼が文句を口にする前にその唇に指を押し当てて黙らせた。
「ごちそうさま」
してやったり、と笑うと、彼はお返しだとでも言わんばかりに、繋いだままの腕を大きく動かして僕の脇腹にそれをクリティカルヒットさせるのだった。
コメント
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まず、場面がエモい🫶🏻💖 涼ちゃんの優しさとそれに憧れるもっくん可愛いー( ˶>ᴗ<˶) 2人して最高かよ( 'ω')クッ!
夜にアイスをふたりで買いに出てるのかわいい、、、尊い、、、 ふたりが歩きながらアイス食べてるのがすごく目の前に思い浮かべられる感じで最高だった😭✨
かわよ〜!! 涼ちゃんあーんしたさにしてたんだねそして元貴も涼ちゃんに1口あげたいの、すきすぐる