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「やっぱ、開かねえな」
渡慶次はダメもとで昇降口のドアをガタガタと鳴らしながら引っ張った。
施錠は解けているのに、何かが引っかかって開こうとしない。
中村と2人で重い傘立てを持ち上げ力いっぱいドアにぶつけてみたが、ガラスは割れるどころかヒビ一つ入らなかった。
「なんか使えるものがあるか、用務員室覗いてくる」
中村はバケツを持ったまま昇降口の脇にある用務員室に入ってき、渡辺もそれに続いた。
「……はあ」
ドアガラスを蹴った渡慶次は、視線を感じて振り返った。
「意外だったな」
まるで待っていたかのように知念は口を開いた。
「はぁ?」
「上間さんに随分嫌われてるんだね」
知念は相変わらず感情のこもらない声でそう言った。
「女子ってみんな、渡慶次のことが好きだと思ってた」
どこまで本気かわからない、軽蔑にも羨望にも聞こえる独特の空気感でそう語ると、知念はつまらなそうに目を反らした。
「――何が言いたいんだよ」
「別に。そのままだけど」
男にしては大きな目が渡慶次に戻る。
――なんなんだこいつ。
思えば入学してからずっと気に入らなかった。
いつも感情がない顔をしているくせに、それでもこちらを観察するようにじっと見てくる。
――俺が上間に嫌われてるだと?
誰のせいだと思ってるんだ……!
渡慶次はもう一度ドアを蹴り上げた。
と、
2人の後ろから、キンキンと甲高い声が聞こえてきた。
電子音のような声。
しかし、ピエロではない。
若い女性。
しかし、クラスの女子ではない。
「!!」
渡慶次と知念は同時に振り返った。
大きく胸元の空いた白いワイシャツ。
膝上の黒いスカートに、目の粗い網タイツ。
綺麗な曲線を描いた谷間を上下に揺らしながら、女は指し棒をこちらに向けた。
「………!!」
渡慶次はその女の胸元を見た。
ワイシャツから今にもはみ出しそうな乳房を、ではない。
その脇。右の乳房の上に、ネームプレートがぶら下がっている。
「……『橘佳織(たちばなかおり)先生』?」
書かれているままに読む。
“先生”ということは、教師なのだろうか。
渡慶次が9年間、学校で見てきた教師とはかけ離れているが。
彼女は綺麗に巻いた真っ黒な髪の毛を胸の谷間に垂らしながら微笑んだ。
「……ティーチャーだ」
後ろにいた知念が呟いた。
――ティーチャー?
しかし真意を確かめる間もなく、彼女は高いハイヒールの底を鳴らしながらこちらに近づいてくる。
若くて綺麗な声。
しかしどこかボーカロイドのような人工的な違和感がある。
人間ではない。
ということは――。
やけに太い指し棒が、彼女の白い指によって引き延ばされていく。
「おお!なんだ、そのエロい姉ちゃんは!」
『……?』
彼女の後ろに立っていたのは、用務員室からチェンソーを引っ張り出してきた中村だった。
「ん?先生……?」
中村は女のネームプレートを覗き込んだ。
「橘先生なんて――うちの高校にいたっけ?」
「離れろ、中村!」
渡慶次は中村に叫んだ。
「そいつもきっとこのゲームのキャラだ!ただの女じゃない!もちろん先生でもない!油断するな!」
「え……」
中村は一瞬身体を強張らせると、軽く頭を振ってから何となく持ってきたのであろうチェンソーを持ち直した。
その後ろから恐る恐る渡辺も顔を覗かせる。
やはり自分の判断は間違っていなかった。
人数は多い方がいい。
現に女教師の意識は今、渡慶次たちと中村達に二分されている。
むしろ関心はすでにチェンソーを持っている中村の方を向いている。
――どうする。
逃げるか。それとも攻略法を探ったほうがいいのか。
ピエロはメイクを落とすことだった。
じゃあ、この女は?
そもそも教師の弱点ってなんだよ?
「………」
脳裏に先ほど廊下で別れたあの3人組が浮かんだ。
教師の苦手なもの。
それはもしかしたら手に負えない生徒であるかもしれない。それに――。
渡慶次は改めて女教師の姿を見た。
腕も脚も細い華奢な身体。
肉体的戦闘力はピエロよりなさそうだ。
これならもしかしたら自分たちでも敵うかもしれない。
女教師は中村に向けてハイヒールをコツコツと鳴らしながら近づいた。
「おしおきだと??」
眉間に皺を寄せる中村の後ろで、渡辺が彼のブレザーをそっと掴む。
「気を付けろ!中村!」
そう叫んだはいいものの渡慶次もどうすればいいかわからない。
――何か武器になるものは……?
必死にあたりを見回した。
「あ……!!」
渡慶次はソレに飛びついた。
中村が持っているチェンソーには匹敵しないが、これでも少しは効果があるかもしれない。
「――うわッ!!」
中村の悲鳴に振り返ると、太い指し棒が中村の顔の目の前に翳されていた。
「馬鹿か!さっさとチェンソー起動しろよ!」
ソレを持ち上げながら叫ぶと、中村はこちらを振り返った。
「ダメだ。なんでか起動しないんだよ!」
確かにスターターグリップを引っ張っている中村は叫んだ。
女教師は言った。
「――燃料?」
中村が目を見開く。
女教師は再び指し棒を翳した。
すると彼女が翳した指し棒がグンと伸びた。
「うおッ!」
中村がすんでのところで避ける。
さすが普段柔道部で組手争いをしているだけのことはある。
しかし――。
「……ガアッ」
その背後から鈍い声がした。
「!?」
中村が振り返ると、開けた口に指し棒が突き刺さり、上顎を突き抜けて脳みそを突き破った渡辺が立っていた。
「うわあっ!!」
中村が飛び退くように倒れた目の前で、女教師が持ち上げた指し棒に顔を串刺しにされた渡辺の身体が浮いていく。
「……アッ……あっ……ガァッ……!」
飛び出した目から涙がこぼれ落ちる。
「渡辺!!」
中村が叫ぶが、体重に耐え切れなくなった上顎から鼻にかけた皮膚が、だんだん裂けていく。
「下ろせ!!下ろせよ!!」
中村が、膝をついたまま渡辺の顔がこれ以上裂けないように彼女の太ももを抱き上げる。
「由真を、離せえええ!!」
中村が叫ぶと、渡辺の飛び出した目が中村を見つめた。
「……とし……き……くん……」
言葉にならない声が、喉に流れ落ちる血液のゴキュゴキュという嚥下音で濁る。
「……に……ええ……」
その言葉を最後に渡辺の顔は、自らの体重に耐え切れず縦に裂けた。
「―――うわあああああ!!!」
中村が立ち上がり、回らないチェンソーを持って、女教師に飛びかかっていく。
――ダメだ、そんなんじゃ……!
打撃では倒せない。それはピエロ戦で検証済みだ。
とりあえずここは中村も連れて逃げなければ!
渡慶次はソレの黄色のピンを抜きながら彼らに駆け寄った。
「おらああああああ!!」
叫びながらレバーを握る。
消火器から噴射された粉によって、
振り返った女教師も、
チェンソーを振りかぶっている中村も、
倒れ込んだ渡辺も、
ホースを持った渡慶次さえも、
皆が真っ白に染まった。
◇◇◇◇
「中村……!くそ、どこだ!?」
渡慶次は真っ白な視界に目を細めつつ言った。
「逃げるぞ!おい、聞いてるか!?」
「あ……ああ。大丈夫だ!」
渡慶次話しかけていた方向からは反対側から声が聞こえてきた気がした。
たった数秒なのに景色が見えなくなっただけで前後左右の平衡感覚がマヒしてしまった。
中村を連れて逃げないと。
しかし、一体どこに?
すると真っ白な中から女教師の声が響いた。
「……は?」
渡慶次は真っ白な中で呟いた。
「………」
渡辺はまだ生きているのだろうか。
返事の代わりに荒い息遣いが聞こえる。
しかし、
グシャッ。
何かが潰れるような音が下の方から聞こえてきた。
―――なんだ今の音。
渡慶次は目を凝らした。しかし何も見えない。
「……ふざけやがって……!」
これは明らかに中村の声だ。
しかしその言葉を最後に中村は黙り込んでしまった。
「中村……?おい、平気か?」
呼んでも返事はない。
教師の声だけが白い闇の中に響く。