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冬の終わりが近づく頃、スマホに、ひとつの通知が届いた。
若井:来週、都内でギターの展示イベントあるんだけど、来る?
一瞬、心臓が止まる。
たった一行、だけどその意味はとても大きくて、何度も読み返してしまう。
──“来る?”じゃなくて、“会う?”ってことだよね。
元貴:……行くよ。すぐ予定あける。
若井:マジ?よかった。じゃあ、会場で。
俺、青いストラトキャスター持ってると思うから、見つけて。
元貴:分かった。……若井って、背、どれくらい?
若井:175。元貴は?
元貴:たぶん……170くらい。
会って、幻滅されないように、
ちゃんと寝るね(笑)
若井:何それ(笑)寝不足の声も好きだけどな。
返事のあと、しばらくメッセージは途切れた。
でも、既読がすぐついたことで、画面の向こうで同じように悶えている姿が、なんとなく想像できた。
イベント当日。
音に満ちた会場の中で、僕は少しだけ不安そうに歩き回っていた。
スピーカーからは試奏の音、通路には機材好きな男たちの視線。
「……青いストラト、青い……」
そのとき、不意に耳に飛び込んできた音に、足が止まった。
コードの響き、ピッキングの癖、弦が鳴る余韻まで──
「……若井、だ」
目を向けると、少し猫背の青年が、ステージ横の試奏ブースでギターを手にしていた。
ブルーのストラト。左手の指が、迷いなく指板を駆けていく。
──言葉より先に、音が彼を指差した。
鼓動が早まる。けれど不思議と、怖くはなかった。
ゆっくりと近づき、距離があと少しになったところで、青年がふとこちらを見た。
視線がぶつかる。
「……元貴?」
「……若井」
二人の間に、確かな何かが、静かに接続された。
ほんの数秒の沈黙のあと、若井が笑った。
「思ってたより、声そのまんまだな。……落ち着く」
「若井こそ……ギターの音と、ちゃんと繋がってる」
言葉が出るたびに、空白が埋まっていく。
ディスプレイ越しの声が、今、現実の空気を震わせている。
会場を出てから、近くの喫茶店で、ココアを前にして並ぶ。
「さっきの、即興だったの?」
「ああ。元貴が歌ってくれた仮歌、まだ頭に残ってて」
「……なんか、それ、嬉しい」
湯気の立つカップを挟んで、目を合わせる。
そこにあるのは、文字じゃない会話。音じゃない沈黙。
それらすべてを含めて、ようやく「会えた」と言えるのかもしれない。
「……ねえ、若井」
「ん?」
「次の曲、スタジオで一緒に録らない?」
迷いなく、若井はうなずいた。
「もちろん。元貴の声、生で録りたいし」
「それ、ちょっと照れるんだけど」
「照れといて」
二人の笑い声が、店の静かな空気に溶けていった。