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録音スタジオの部屋は、密閉された静けさと、音に敏感な空気で満ちていた。
目の前には、コンデンサーマイクとヘッドフォン。
その奥のガラス越しには、ギターを構えた若井が、チューニングをしながらこちらを見ている。
「準備、大丈夫?」
「うん。……緊張してる?」
若井の声に、僕は笑った。
「ちょっとだけ。でも……若井の音なら、歌いたいって思える」
照明が少しだけ落ちて、赤いRECランプが灯る。
僕らの“最初の”音が、静かに記録され始めた。
イントロは、静かに揺れるアルペジオ。
若井の指先が描くコード進行は、どこか切なげで、それでも芯がある。
──この音の上なら、きっと、言葉が歌になる。
僕はマイクに息を吹きかけるように、歌い始めた。
ヘッドフォン越しに、若井のギターがそれに応える。
まるで対話のように、あるいは祈りのように。
テイクが終わる頃には、二人とも声を出さずに笑っていた。
ただ、目を合わせただけで、通じ合っている。
休憩中。
ソファに並んで座ると、若井がぽつりとこぼした。
「……元貴さ、声が変わるんだな。マイク越しに聴いて、思った」
「え、どういう意味?」
「ふだんの声は優しいのに、歌うと……すげぇ、核心ついてくる感じ」
言葉に詰まってしまう。
それは、誰にも言われたことがなかったから。
「でも、それって……若井がちゃんと、音を見てくれてるってことだよね」
「うん。……俺さ、たぶん最初から、元貴の歌に惹かれてた」
その言葉に、何かが音を立ててほどけていくのを感じた。
自然に笑い合う。
どこかで鳴っている、ふたりだけのBPMが、ようやく揃った気がした。