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間違えるはずがない。
少し癖のある黒髪に竜を思わせる金の瞳。生意気そうな自信に満ちた表情。
目の前の少年はどう見ても7年前の思い出の中のリュー皇子そのままだ。
でも、その現実を頭が受け入れようとしない。
「コハル?」
絶句している私を見上げて彼が小首を傾げる。
「この方に何か御用ですか?」
そのときローサが彼の前に立ち、厳しい口調で訊ねた。
どうやら護衛である彼女は少年と言えど突然現れた彼を警戒しているようで、私は慌てる。
「ろ、ローサ、この人は」
「俺は竜帝の弟だ」
私の言葉を遮り、ふんと偉そうに答えたのは彼だった。
「え?」
私とローサの声が重なる。
(リューの、“弟”?)
「陛下の、弟君ですか?」
ローサが驚いた様子で目を瞬いた。きっと今私も同じような顔をしているのだろう。
ちなみにメリーは私の腕の中で既にスヤスヤとお休み中だ。
「そうだ。兄上によく似ているだろう?」
腰に手を当て胸を張る彼。
ローサは彼の顔をまじまじと見てから戸惑うように続けた。
「で、ですが、陛下に弟君がいるなど、わたくし初耳なのですが」
(私も。というか、どう見てもリュー本人なんだけど)
それとも私が知らないだけで、本当にリューの弟なのだろうか……?
確かに、リューが急に小さくなって現れたと考えるより現実的ではあるけれど。
「コハル様は御存知でしたか?」
「えっ」
ローサに訊かれて焦る。
「え、えーっと、」
もう一度ゆっくりと視線を下げ彼を見る。
すると彼は私の服の裾を掴み、不貞腐れたような顔で言った。
「コハルは俺のこと覚えてるよな?」
――あ、これ絶対リューだ。
その表情と物言いで確信する。
おそらく彼は誰にも伝えず勝手にお城を抜け出してきたのだ。
その手前、ローサには弟ということにしておきたいのだろう。
身体が小さいのは、きっと何かそういう魔法を使ったのだ。多分。
向こうの世界ではあり得ない、こんなとんでもないことが起きるのがこの世界だった。
でもそこまでしてここに来たということは、きっと何か理由があるのだろう。
(何か伝え忘れたことがあったとか?)
心の中で溜息を吐いて私はとりあえずその話に乗ることにした。
「覚えています。それで、一体どうされたんですか、“皇子”」
しゃがみ込んで訊ねるとリューは嬉しそうに目を輝かせた。
(うぐ……っ!)
中身はあのしっかり大人に成長したリューなのだ。
可愛いとか思ったら負けだと思いつつも胸がきゅんとなってしまった。
「――た、大変失礼いたしました!」
と、ローサが慌てたように彼の元に跪いた。
「わたくし、コハル様の護衛をしております、竜騎士のローサと申します。非礼をお許しください」
「いや、驚くのも無理はない。諸々の事情で俺の存在はあまり公にはしていないのでな」
「そ、そうでございましたか」
完全に信じている様子のローサになんだか罪悪感を覚えて、私は話を変えるために再度彼に訊ねる。
「それで、皇子はどうしてここに? あ、もう皇子じゃないですね。皇弟、になるのかな……えっと、なんとお呼びすれば?」
「皇子でいい。ここへは兄上に頼まれて来た。俺も共に『砂漠の国』へ行くぞ」
「は?」
思わず素の声が出てしまった。
「は? じゃない。俺も共に行くと言っているんだ」
「い、いやいやいや、マズいでしょうそれは!」
途中からローサには聞こえないように声を潜め言う。
「何日かかると思ってるんですか!」
どんなに短くてもおそらく半月はかかる。
国のトップがそんなに長く城を空けるなんて流石にダメだろう。
「セレストにはちゃんと書き置きしてきたから平気だぞ」
「書き置きって、」
それじゃあやっぱり勝手に抜け出してきたってことじゃないですかと続けようとして。
「お待たせ~。すぐに出発するからって、え? なに、その子」
駆け足で戻ってきたカネラ王子がそう言ってリューを指差した。
「え、え~っと」
彼にはなんて説明すればよいのだろう。
なんだかもう頭がいっぱいいっぱいになってきた。
「あー、ひょっとして聖女サマの子? 竜帝にめっちゃ似てるし」
「ち、違います!」
「俺は竜帝の弟だ。名をリュークラウス。竜帝に言われ俺も同行することになった。よろしく頼む」
「え、そうなの?」
カネラ王子が驚いたようにこちらを見てきたけれど、私に訊かれても困る。
というかちゃっかり偽名まで用意しているリューにいっそ呆れてしまう。しかも一文字しか変わってないし。
「まぁ、別にひとりくらい増えてもこっちは構わないけど。あー、とにかく陽が落ちる前に出航したいっていうから早く来て」
そうして彼は手招きをしながらまた船の方へと戻っていく。
「行きましょう、コハル様」
「え、でも」
ローサにも促され、でも本当にリューも一緒に行っていいのだろうかと逡巡していると、ぎゅっと手を握られた。
「ほら行くぞ。コハル」
小さな彼に手を引かれ、その瞬間7年前の思い出が目の前に蘇った。
彼と過ごしたハラハラドキドキしたあの日々が、鮮明に。
そして、不覚にも胸が高鳴ってしまった。
(ごめんなさい。セレストさん……!)
きっと今頃大慌てしているか怒っているだろう彼に心の中で謝罪しながら、私はリューの小さな手を握り返し、目の前の大きな帆船へと駆け出したのだった。