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朝目が覚めると、村の空気が前日とは変わっていた。
窓を開ければ、農場に向かう村人が宿の前を掃き掃除している人と朝の挨拶を交わしている。
宿の窓から見下ろすだけで、村人の姿があり、活気が見られる。昨日の静けさが嘘のようだ。
「これは一体……」
首を傾げていると、ガチャリと部屋の扉が開いた。
「ああ、起きたかカレン」
「グラディスさん! おはようございます」
部屋に入ってきたのは、グラディスさんだ。
私よりも後に寝ただろうに、既に身支度を調えている。
そもそも、昨夜はいつ布団に入ったのだっけ。それすら思い出せない。
「グラディスさんじゃない、お父さん、だろ」
「そうでした」
グラディスさんの言葉にお互い表情を崩す。
「おはよう、お父さん!」
「ああ、おはようカレン」
何気ない朝の挨拶。
今はそれが何よりも嬉しい。
デインズ邸で誰かに朝の挨拶をした記憶なんて、ほとんど無い。
当たり前の日常風景が、何にも代えがたい物なのだと実感してしまう。
「にしても、昨日とは随分雰囲気が違いますね」
グラディスさんに向けていた視線を、再び窓の外へと向ける。
向かいの建物にある煙突から、白い煙が靡いている。
おそらく朝食の支度をしているのだろう、美味しそうな匂いが漂っていた。
「あと、私いつの間にベッドに入ったのでしょう」
疑問を口にしたら、グラディスさんの大きな掌がわしゃわしゃと髪を撫でた。
「ああ、それは……」
宿の一階に降りたら、昨日とは全然違う人が店の中を行き交っていた。
商人のランドルさんは「女将さんが無事で良かった!」と、笑顔で女性店員さんとお話している。
あの人が女将のレジーナさんかな?
その隣で、息子のレジナルドは感心したように二人の話を聞いていた。
「おや、お二人ともおはようございます」
先に私達に気が付いたのは、ランドルさんだった。
「おはようございます」
こちらも挨拶をして、朝食のテーブルへ。
すぐに女将さんが料理を運んできてくれた。
固いパンと温かい具だくさんのスープ。
「ごめんなさい、昨日の今日で料理の用意があまり出来ていないのだけど……」
女将さんが申し訳無さそうに告げる。
昨夜、この宿は……いや、この村は、賊に乗っ取られていた。
私達が宿についた時には、村人達は全員縛られ、村長宅に押し込められていたのだ。
見張りの一人が私達に気付き、宿の店員のふりをして対応したのだと言う。
グラディスさんによって賊の半数は切り捨てられ、残る半数は捕らえられた。
グラディスさんの活躍、見たかったなぁ。前もぐっすりと眠っていて、気が付かなかった。
昨夜はどうやら、夕食に睡眠薬が混入されていたらしい。それなら仕方ないと思う反面、グラディスさんの格好いいところが見られなくて残念すぎる。
「大変な時に、用意してくれてありがとうございます」
私が御礼を言うと、女将さんは目を細めて笑った。
「お父さんのおかげで、皆が助かったんだ。礼を言いたいのはこちらの方だよ」
そんな風に言われると、私まで誇らしくなってくる。
私自身は何もしていないんだけれどね。
ふと気付けば、レジナルド君がキラキラとした目でグラディスさんを見つめていた。
昨夜の活躍を聞いて、凄いと思ったのだろう。
うん、分かる。格好いいもんね、グラディスさん。
「あの、それでご相談なのですが……もしよろしければ、このままボロミアまで同行していただけませんか?」
食事の途中、ランドルさんからそんな提案があった。
ランドルさん親子は商談を終えて、ボロミアの王都に戻る途中だと言う。
魔物の襲撃で護衛の冒険者がやられてしまい、新しい護衛を雇おうにもこの村に冒険者ギルドは無い。
「もちろん、御礼はお支払いします! ですから、どうか……」
グラディスさんは困ったようにこちらに視線を向けた。
彼のことだ、私のことを第一に考えて引き受けるか悩んでいるのだろう。
「私なら、大丈夫」
笑顔でそう答えたなら、グラディスさんがため息をついた。
「リベラの街まで行けば、護衛は雇えるだろう」
「確かに、リベラの街には冒険者ギルドがありますが……それでも、私は貴方にお願いしたいのです!」
リベラの街とは、アトキンズ王国最西端の街。
国境砦にほど近いところにある街で、交通の要所として栄えていると聞く。
グラディスさんが眉間に皺を寄せ、難しい顔で考え込んだ。
商隊の護衛として国境を越えるなら、咎められることなく関所を越えられる可能性が高い。
もしデインズ家から私を探す為の手配書が出回っていたとしても、商隊の一員として関所を通れるのはかなり魅力的だ。
多少歩みが遅くなったとしても、彼等と同行するメリットは十分にある。
「……わかった」
「おお、引き受けていただけますか!」
グラディスさんの短い返事に、ランドルさんは身体全体で喜びを表現していた。
立ち上がった拍子にスープを零しそうになって、慌てて傾いた皿を直したりしている。
ランドルさんだけではない、息子のレジナルド君も嬉しそうな表情を浮かべていた。
最初は無表情で無愛想な子供と思ったものだが、すっかりグラディスさんに憧れているようだ。
子供って素直でいいね。感情が表情に滲み出ている。
同行が決まった後は護衛をするにあたっての料金を決めたり、契約内容を詰めたり。
グラディスさんが身分証明として冒険者ギルドのカードを取り出した時は、ランドルさんが腰を抜かさんばかりに驚いていた。
「え、ええ、Sランク冒険者……!?」
やっぱり、グラディスさんは凄いんだなぁってランドルさん親子の反応を見て実感してしまった。
そんな人が私の新しいお父さんだなんて、嬉しいし私も鼻が高いよね。
二人が契約を交わし、書類にサインをしてようやく一息ついた頃。
レジナルド君が、意を決したようにグラディスさんに声をかけた。
「あの……俺に、剣を教えてください!!」
突然の申し出だった。
確かに、昨夜の活躍を聞いてからはグラディスさんをやけにキラキラした目で見つめているとは思っていた。
Sランクと知って、興奮にも似た反応を示していたとも。
だからといって、商人の息子である彼が剣を習いたいだなんて、私やグラディスさん以上にランドルさんが驚いて目を丸くしている。
「い、いきなり何を言い出すんだ」
「ずっと考えてたんだ。商売をやるにしても、もっと見聞を広めるために旅に出たいって。それに、護衛を雇う必要が無いくらいに強くなれば、その分の経費が浮くだろう?」
レジナルド君は私とそんなに変わらないくらいの年だと思っていたけれど、自分のやりたいことも、商会のことも、ちゃんと考えているようだった。
よどみなく出てくる彼の言葉に、思わず感心してしまう。
「だから、どうか……俺に、剣を教えてください!」
頭を下げられて、グラディスさんは困惑しているようだった。
そんな彼の様子を見て、レジナルド君が言葉を続ける。
「旅の途中、時間のある時だけでいいんです。俺に剣を始める切っ掛けをください!」
その表情は、必死そのもの。
キラキラと輝く瞳には少年独特の憧れと必死さが滲み出ていた。
じっと、グラディスさんを見つめる。
彼の視線も、またこちらに向いていた。
はぁ、とため息一つ。
太く逞しい腕を組んで、グラディスさんが呟いた。
「旅の途中、休憩時間くらいだぞ、見てやれるのは」
「はい!!」
グラディスさんの言葉に、元気な返事が重なる。
カトラルの村を出た時は私達二人だけだったこの旅路、少しだけ賑やかさが増してきました。
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