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あれから一日が過ぎた。
みんなまだ寝ていた。
アカネはそのまま寝てしまい、琴美は俺のベッドで寝た。
俺は床。
「はぁ…。」
今日は日曜日なのだが、6時に起きてしまった。
ベランダに出てみる。
いつもと少し違う夏の朝。早朝の朝風が心地よい。
冷蔵庫から昨日のペットボトルを取り出し飲む。
変わらない味。
ソファに横たわるアカネの横に座り、テレビを着けた。
いつもと変わらない天気予報。
今日ら一日中快晴らしい。
いつもと違う亡霊はまだまだ布団の中でぐっすり眠っている。
なんていうか…。
まぁいいや。
とりあえず顔でも洗いに行こうかと洗面台に向かった。
何か足に引っかかった。
「え、ちょっおい!!」
大きな音ともに倒れ、みんな起きてしまった。
「だだだ、大丈夫ですか?」
凄く焦る琴美に対し、アカネは必死に笑いをこらえていた。
だって足に引っかかったのでは無く、ただ単に何も無い場所でコケたのだから。
「怪我してませんか?」
琴美が青ざめた顔で問いかけてくる。
「…。」
恥ずかし過ぎて返す言葉が無い。
「しゃ、喋れなくなっちゃったんですか!?」
「いや。何も無い。」
「よ、良かったです。」
後ろではアカネがとうとう大爆笑していた。
「アカネちゃん?」
「ちょっと待ってバカすぎでしょ!」
「うるせぇお前だって1週間程前なんの前触れも無く自転車で溝の中に落ちてったじゃないか!?」
「え?あ、あれは事故よ!あんたみたいなんじゃ…。」
琴美は静かに笑っていた。
俺は心の中で安心した。
顔を洗い目を覚ます。
鏡に映る自分を見てこんな俺で良いのかと思う。
歯ブラシを咥えて、再び様子を伺った。
いつ消えるか分からない亡霊が無茶苦茶心配で仕方ない。
するとその亡霊がまた少し笑いながら。
「そう簡単には消えれませんよ。消えれるならとっくに消えてますよ。」
「そ、そうか。」
俺は苦笑いで返し、再び洗面台に戻る。
そして急に前のテレビ特集を思い出した。
除霊がどうやらっていう胡散臭いやつだった。
亡霊って、何か妬みや恨みがあるから取り付くんだろ?
そして復讐したりするんだろ?
もしかしてあの時家に帰らせた元凶の俺を選んでいるかのか。
とすると俺は…。
そんなことを思い、俺は再び琴美をそっと覗いた。
ハッとした。
琴美が台所から包丁を取り出していた。
俺は慌てて隠れた。
やっぱりそうだ。
俺がここから出てきたところを刺そうとしているんだ。
「な、なぁ、琴美、本当のことを教えてくれ。
そう聞くと琴美はポカッとして。
「え?」
と返事した。
「な、なぁ、今持ってるそれ、何のためなんだ。」
そしたら琴美はまた笑った。
「もう冗談はやめてくださいよ。料理用ですよ。私が亡霊だからって、怨霊だとか何だとかとは違いますから。安心してください。」
琴美は冷静だ。
「ほ、本当か…?」
「勿論ですよ。」
そう言うと彼女は朝ご飯を作り始めた。
「お前、顔とか洗わないでいいのか?」
「隼人君達が起きる前にとっくに済ませてますよ。私もタダでここに居てる訳にはいきませんからね。何食べたいですか?」
「そ、そうだな…パン焼いてくないか?」
「いいですよ。」
美琴はコンビニの食パンを取り出した。
宮坂琴美。もう嫁じゃねぇか。
自分で少し照れてしまい、洗面所のドアを閉めた。
鏡を見ると、思っていた3倍照れていた。
全て終え、ドアを開けた、こんがりといい香りが漂ってきた。
何を焼いているのだろうか、全く使っていなかったフライパンが何年かぶりに火に炙られていた。
それをアカネは横からずっと見ていた。
アカネの料理は何回か食べた。
食べたというか食わされた。
この世の終わりみたいな味だった。
どうやったらあんなハンバーグを作れるのだろうか。
「もう少し待ってくださいね。」
「全然構わないよ。」
自分の部屋に入り、服を取りだした。
Tシャツと使い込んだズボンだけ。
「あんな女の子の前でこれじゃあダサいかな…。」
そう思い、クローゼットと奥に体を突っ込んで、ホコリの被った服を取り出した。
あまり変わらないがある程度ましだろう。
着替えて、再びリビングに戻った。
「相変わらずのファッションね。」
アカネがまた余計なことを言いに来た。
「うるさいな!お前だって大概だろ!」
「あんたよりマシだわ。」
「ぬぬぬぬぬ。てか、お前は帰れよ!」
「何でよ、琴美ちゃんと2人きりになりたいの?」
「ち、ちが…..うぅん…。」
俺はまた自分から照れてしまった。
「あら?さっきまでの元気はどこに行っちゃたのかな?あれれ?おかしいな?」
俺はアカネがを殴った。
右ストレート。
アカネがぶっ飛んでソファに刺さった。
「うぅ…ごめんなしゃい…。」
琴美は呆気に取られていた。
「2度度俺を怒らせるなよ。」
琴美の方を向くと、琴美は静かに震えていた。
「だ、大丈夫だから、琴美にはあんなこと絶対しないから。」
「…。」
琴美は返事も出来ず震えていた。
「じゃ、じゃあ俺はちょっと外見てくるわ。」
とにかく離れなければならないと思った。
玄関から外に出て、階段を降りてみた。
そしてまた登ってみた。
そしてまた降りてみた。
そしてまた登る。
なにも変わらない。
当たり前だ。
もう一度部屋に入り、様子を伺う。
「朝ご飯出来ましたよ。」
琴美が出て来た。
普段は質素な食卓に、鮮やかな手料理が並んでいた。
普通の焼いた食パンに目玉焼きとベーコンを挟んだものだ。
「いただきます!」
アカネが元気よくかぶりついた。
「美味しい!流石琴美ちゃん!世界一だよ!!」
「ありがとう、アカネちゃん!」
俺もかぶりついた。
美味しい。何がとは言えないが美味しい。メニューはいたって単純、魔法にかけられたかのように美味しくなっていた。
パンの焼き加減以外に目玉焼き、ベーコンまで。
こいつ、何も見ないで何でこんな美味しい調理が出来るんだ?
謎は深まるばかりだ。
「どうですか?」
「え?あ、あぁ、無茶苦茶美味いよ。ありがとな。」
食べ終わると、琴美が皿を片付けた。
「俺、片付けしようか?」
「そんな、タダで泊まらせてもらっているのに、出来るわけないですよ。」
「それぐらい大丈夫だよ。」
そう言い、琴美が持っていた食器を取った。
長らく食器など使っていなかったが、洗い方ぐらい分かるだろうと思った。
「違いますよ。」
琴美にまた笑われた。
「え?」
「こーするんですよ。」
琴美は再び食器を洗う。
どうやら俺は洗剤の使い方を間違えていたようだ。
「それじゃ、ご馳走様でした!!」
玄関にアカネの声が響いて外に出ていった。
あいつ食い逃げまでしやがった。
「あの、隼人君。」
琴美が皿を洗いながら話しかけてきた。
「な、何だ?」
「そ、その…なんていうか、ふ、2人きりですね…。」
「え。」
あまりに急なもので俺は素っ気ない対応をしてしまった。
そのせいで琴美は顔をロッソコルサ並の赤に染め、シンクに突っ伏せた。
その衝撃で彼女の洗っていた皿が割れてしまった。
「あ!」
琴美は慌てふためき、割れたのを片付けようとして手を切ってしまった。
「にゃあ!」
なんかよく分からない状況だ。
「ご、ごめんなさい!ほ、本当に許してください!」
琴美は頭を地面に押し付けた。
「お、おいおい!や、やめろって!」
「ごめんなさい!ごめんなさい!!」
さっきの右ストレートのこともあってか琴美はこの世の終わりみたいな雰囲気を醸し出していた。
「だ、大丈夫だって!一緒に買いに行こうな。お前の好きなの買ってあげるから。」
「うぅ…許してくれるんですか?」
「あぁ、アカネに殴ったのは反省しなかったからだよ。大丈夫、こ、琴美には絶対殴ったりしないからな。」
琴美は立ち上がり、改めて食器を片付けた。
「手、大丈夫か?」
俺は琴美の右手を指さした。
「え?あぁ、このくらい大丈夫ですよ。」
「一応痛くなってきたらダメだからとりあえず処置だけしなくちゃ。」
「分かりました…本当に迷惑ばっかりかけてごめんなさい。」
俺は棚にしまっている救急箱から消毒液を取り出し、琴美の手を取りに少しかけた。
琴美の手。生きている感触がする。
「痛くないか?」
「大丈夫です。」
絆創膏を巻き付けて、再び救急箱を棚にしまった。
「これで大丈夫だ。」
「ありがとうございます。」
琴美はそう言って立ち上がった。
「着替えてきます。あ、あんまり見ないでくださいね。」
「お、おう。」
あんまりってなんだ。あんまりってことは少しだけ見てもいいのかよ。
琴美は隣の部屋のドアを閉めた。
ボーッとテレビを見ていると琴美が出て来た。
「隼人君…?」
琴美は少し青っぽいワンピースを着ていた。
なんていうかかわいい。
そして限りなく大人っぽい。
「に、似合ってるかな?」
照れくさそうに上目遣いでこちらを見てくる。
心にズキュンと刺さった。
「う、うん。む、無茶苦茶似合ってるよ!」
「ありがとう!」
こんな可愛い服まで持ってるのに…。
本当に何があったんだろうか。
時計は7時半を指していた。
「ちょっとゆっくりしますか。」
「だな。」
2人並んでソファに座り、ぼっーと天井を見つめていた。
いつの間にかウトウトしてきて2人揃って寝てしまった。
何か重い。
右肩が。
そして何か温かみを感じる。
うっすら目を開けると。
琴美がもたれかかってきていた。
ハッとした。
だがあまりにも可愛い寝顔だったのでそのまま寝かしておいた。
そのまま琴美の寝顔を見つめていた。
小さくにゃあと口を開けた。
このまま時間が止まればいいのに。
3時間も寝ていたようで10時半を過ぎていた。
琴美の目が開いた。
「隼人君…?え?に、にゃあああ!!」
琴美はまた顔を紅潮させ、ぶっ飛んだ。
「ご、ごめんなさい!こんなつもりじゃあ!」
「だ、大丈夫だってよ。それよりもうこんな時間だ。どこか行こうぜ。」
「え?は、はい!」
「着いてこい。」
行くところは既に決まっている。
琴美は急いでバッグを持ち、俺に着いてきた。
階段を駆け下りて、自転車に向かった。
「駅はあっちですよ?え?自転車…ですか?」
「あぁ、後ろ乗ってくれ。何しろ金が無いもんで行き帰り合わせて1200円の運賃払うんやったらチャリで行こうかなと思って。」
「で、でも不安です。」
「ちゃんと俺に掴まってれば大丈夫だよ」
自転車に乗り、ペダルに足を掛けた。
後ろに琴美が乗り込み、俺に掴まった。
「行くぞ。」
ペダルを蹴りだし、一気に加速した。
行く場所はここから5km程。
「大丈夫か?」
「ぜ、全然、だ、だいじょうぶ。」
明らか大丈夫じゃなさそうな声で大丈夫と答えた。
「分かった。」
少しスピードを落として走った。
亡霊の温かみが背中に感じられる。
「隼人君はよく自転車乗るんですか?」
「まあまあだな。琴美はどうなんだ?」
「え?わ、私は、実を言うと初めてで…。」
「初めてかぁ…初めて!?」
急停車した。
「にゃあ!!」
自分の耳を疑った。
「お前、自転車も乗ったことないのか?」
「え?は、はい…。」
「メットもしないで危なくないか?」
「大丈夫ですよ。心配しないでくださいよ。」
「本当か?」
半信半疑で自転車を進めた。
「自転車って気持ちいいですね。」
髪をなびかせながら琴美が言う。
「あぁ、そうだな。」
何気ない会話が楽しい。
このまま時間が止まればいいのにな。
琴美と一緒に居るとそんなことばかり考えてしまう。
そんな夢も儚く、もう目的地に着いてしまった。
大型とまでは行かないがこの辺りでは珍しいショッピングモールだ。
中は結構新しく、一昨年出来たばかりだ。
琴美は目を輝かせて。
「私こういうところ初めてなの。」
ニッコリと笑い、こちらを見た。
「ねぇねぇ早く行こうよ!」
さっきまで落ち着いていた琴美が興奮し始めた。
「分かった分かった。興奮するなよ。」
半笑いで言った。
琴美は俺の手を握った。
「え?」
「レッツゴーです!!」
琴美の中身が変わった。
そのまま俺の手を引っ張って店内へ入って行った。
「お、おいー!」
「わああああ!ねぇ、どこ行く!?いっぱいあるよ!」
「いいからとりあえず落ち着け。」
「お、落ち着きます。」
琴美は大きく息を吸って吐いた。
「なんか興奮しちゃってごめんなさい…。落ち着きました。」
「いや別に謝る程じゃ….。」
でも琴美は俺の手だけは離さなかった。
「じゃあ、行くか。」
琴美と一緒に歩いていると彼女は何かに反応した。
ゲームセンターだ。
「あのピカピカした場所は何ですか?」
「ゲームセンターだ。ゲームがいっぱいある場所だ。」
「行ってみたいです!」
「構わないぜ。」
俺と琴美は一緒にゲーセンに入っていった。
琴美は興味津々にとあるものを見ていた。
クレーンゲームだった。
「これはどうやって遊ぶんです?」
「このクレーンで景品を持ち上げて移動させるんだ。試しにやってみるか?」
俺は琴美が欲しいと言った大きなサカナのぬいぐるみの台に100円を入れた。
「これで左右、これで降下だ。」
「分かりました!」
琴美は慎重にクレーンを動かした。
「ここです!」
クレーンゲームが降りサカナをギュッと掴んだ。
そしてクレーンは綺麗に上に持ちあげた。
落ちることなく左右移動に入った。
そして綺麗に出口に落ちていった。
「やりましたよ!」
琴美がドヤ顔でこちらを見てきた。
かわいい。
ていうか単純にえげつない。俺でも取ったことない程大きな景品をあっさり取った。
「すげーな!」
「亡霊ですからね!」
琴美は台から景品を取り出し、サカナをギュッと抱きしめた。
どこかサカナが妬ましい。
「ありがとうございます!」
ここは普通のシナリオじゃ俺が景品を獲得しなければならないはずなのだが。
サカナを袋に入れ、担いだ。
そう言えばもう12時だ。
「ご飯、食べなくちゃな。」
「そうですね!」
するとまた琴美が止まった。
「私、ここがいいです!」
琴美が指さしたのはトンカツ屋だった。
「トンカツなんか好きなのか?」
「はい!恥ずかしいですけど…大好きなんです!もしかしてダメでしたか?」
「いや全然好きだよ。」
「そしたら一緒に食べましょうよ!」
「いいよ。」
俺たちはトンカツ屋に入って、席に着いた。
少し上品なトンカツ屋だ。
女の子と来るには丁度いいか。
「今日は俺が払うから好きなの食べてな。」
「いえいえ….最悪自分のは自分で払いますよ。」
「大丈夫大丈夫。俺が払うから。」
「でも…。」
「全然良いよ。」
「そしたら…お言葉に甘えて…。」
「あぁ全然問題ないぜ。」
俺はメニューを開いた。
特に変わった物は無い。
カツ丼を選んだ。
「俺はカツ丼にしようかな。」
「そ、そしたら私も同じで…。」
なんか意外だった。
「すみません。カツ丼の竹2つお願いします。」
注文してから1口水を呑んだ。
.「亡霊も飯は食べるのか?」
「え、えーと…。食べなくて死ぬということはありませんが、結構苦しいです。」
「なるほどな。」
「そういえば隼人君はアカネさんとどんな関係なんですか?」
琴美がなんの躊躇もなく聞いてきた。
「そ、そうだな….ただの幼馴染かな。」
「そうですかね?私にはもっと別の….なんていうか。」
「いやいや絶対そんなことないから!」
「そうですか?」
「うん。」
「そうですか。」
琴美はまだ腑に落ちない様子だった。
ここは別の話題を切り出すべきだ。
「なぁ琴美。琴美は趣味とかあるのか?」
「うーん…料理とか、絵を描くのとかかな…。隼人君は?」
「俺は…ゲームに描画に写真に漫画とか…。」
「いっぱい趣味があっていいですね…。」
「どれも中途半端だけどね。そういえはま琴美の朝食美味しかったぜ。ひとつでもずば抜けた特技がある方が羨ましいぜ。」
「ありがとうございます!」
と言って琴美はまた悲しそうな顔をした。
「実は、料理は消えちゃった母から教わった唯一の特技なんです。」
「消えちゃったってどういうことだ?」
「色々あって…。その…私はあんまり覚えてなくて…確か小学4年生くらいだったかな。朝になったら居なかったんです…。」
「そうか悪かった。」
数秒の間沈黙が続いた。
注文したカツ丼が届いた。
「うわぁ…美味しそうですね!」
琴美は一転して嬉しそうにニッコリ笑った。
「そうだな。じゃ、早速。」
割り箸でカツを一口食べた。
非常に美味しかった。何でだろうか今まで食べた食べ物の中で一番美味しかった。でも、琴美の料理には叶わない。何かが足りないのだ。
「美味いな!琴美!」
ノリで琴美に呼びかけてしまった。
「え!?は、はい!美味しいですね!」
少し動揺していた。
俺はそのまま黙々と食べ続けていた。
琴美と何気ない会話を続けながら二人揃って完食した。
「ごちそうさまでした!」
琴美がぱちんと手を合わせた。
「あぁ、ごちそうさまだな。」
会計を済ませ、再び外に出ていった。
「ありがとうございました!」
「全然構わないぜ。」
そして二人で足並みを揃えて歩き出した。
するとまたまた琴美は急に立ち止まった。
「うわぁ…!」
琴美が見ていたのは白に青のリボンが巻かれたツバの帽子だった。
「かわいい…。」
「欲しいのか?」
俺がそう聞くと琴宮はぴくっと驚いてこちらを向いた。
「え、えーと…。まぁ…。」
最近はあまりお金を使ってなかったのである程度たまっている。
「買ってあげるよ。いくらだ?」
軽い気持ちで言った。
「え!?で、でも…。その…。」
いつも通りただ遠慮している琴美だと思っていた。
横目で値札を見た。
《50000》と書かれていた。
2度見した。
ブレて一つくらいが多く見えたのかもしれない。
だが悲しいことに俺の視力は間違っていなかった。
「ぇぇ…。」
5万円だった。
帽子に五万円は流石に琴美の為にでも払えない。
「俺から言っておいて悪いがこれは流石にぃ…。」
「です…よね…。」
微妙な空気を作ってしまった俺はやはり恋愛下手だ。
誰か女の子との付き合い方を教えて下さい。
「じゃ、じゃあ、一緒に生活必需品の辺り、買いに行こうか…!」
「わ、分かりました!」
再び歩き出し、モールの端っこまで歩いていった。
あの帽子を被った琴美の姿を思い浮かべると心がはち切れそうだ。
いつか、買ってやらなくちゃ。
そう心に決めた。
「あそこですかね?」
琴美が指差したのは有名な雑貨屋さんだった。
「そうだな。」
琴美は店内に入りあたりを見渡した。
「えーと、何を買うんでしたったっけ…?」
俺はメモ帳を取り出しペラペラページをめくった。
「茶碗と皿と箸とコップと好きな調理器具があったらそんな高いのは無理だけど買ってあげるよ。」
「いいんですか?実は私…、欲しいのがあって…。」
琴美が取ってみせたのはお好み焼きのフライ返しだった。
「お好み焼きのやつじゃねぇか?」
「そうです!私、中学生の時飲食店でバイトしてて、久しぶりに作りたくなったんです。」
「中学生!?」
「はい!中2の時ですかね。お家の事情で…。」
宮坂琴美。流石だ。
「だから結構得意なんです!一回私の考えたのを食べて欲しくて…!」
「オッケ、頼むぜ!」
琴美はニコニコ笑って返した。
だが、どこか切ない感じだ。
次に本命の食器を探す。
「うーん…茜色がいいなぁ。」
「アカネ色か。探してみよっか。」
俺は辺りを見回し綺麗なアカネ色の茶碗を見つけた。
その茶碗を指差し。
「これはどうだ?アカネ色だし。」
「かわいいですけれど…。これは茜色じゃありませんよ。」
「え?」
「オレンジですよ。」
いけねぇ…、アカネの髪色がオレンジなのは茜だからじゃないのか。
18年目に知った新事実だ。
「あぁ、わりぃ。うっかりしてた。」
「アカネちゃんのこと考えすぎですよ。」
琴美はクスッと笑った。
「ご、誤解だ!す、少し勘違いしただけだ。」
まさか琴美がそんなことを見通してくるとは思ってもいなかった。
「ふふーん。」
琴望は全てを察したようだった。
俺は何も言えなかった。
琴美は自分で気に入った物を見つけ、自分でレジまで運んだ。
外で待っていると後ろから琴美がやってきた。
「よし!後は美容グッズだけだね!」
「え?そんなのも買うのか?」
「当たり前ですよ!女の子ですもん!」
さっきから情緒が安定しない琴美を美容コーナーまで送った。
なんやかんやサカナ片手に一時間待った。
琴美が大きな袋を持って出て来た。
「琴美、何買ったんだ?」
「か、買い過ぎちゃいました…。安かったんです…。」
「だよな。」
男でも分かる程の量だった。
「で、でも、女の子が奇麗をキープするにはこれくらい必需品です!」
「なるほどな。」
実際全くわからなかった。
まあ家にあるものが全て男用だから仕方ないと言えば仕方ない。
アカネのを使ったとしても美の傾向が違う気がする。
かわいいと美しいは違うのだ。(そうなのか?)
そんなこんなで自転車のカゴに荷物を入れた。
「捕まってろよ!」
そう言ってペダルを踏み込んだ。
家に付くと、琴美は早速買ったものを使い始めた。
なんか髪の毛に塗ったり巻いたりしているが、何がなんだか分からない。
いつもより重い自転車を漕いでいたからかどこか怠い。
ソファにぐったり座ると髪の整った琴美が出て来た。
確かに、2年ほど前までの琴美はこんな感じだった。
「ちゃんとなってますか?」
「あぁ。まとまっててキレイになってる。」
リモコンを手に取りテレビをつけた。
その途端、壁の向こうからとてつもない音が鳴り響いた。
「にゃあ!」
琴美は驚きのあまり小さくなってしまった。
アカネの部屋だった。
慌ててアカネの部屋に殴り込むといつも通り鍵が開いていた。
「何があった!?」
アカネはオレンジの髪をはためかせて倒れていた。
笑っているのか泣いているのか分からない変な声を出しながら。
「やりました…。やりましたよ!!」
どうやらアカネは気が立っているらしい。
変に手を加えたら余計狂ってしまうことは長年の経験から分かっている。
以前、褒め称え過ぎて調子に乗り俺の新調したテレビを割った。
「おめでとう、死んでなかったら大丈夫だよ。」
俺は微笑みながらゆっくりドアを閉めた。
一見付き合っていてデメリットしか無さそうだが、アカネは18年来の友達。今まで何事も助け合って生きてきた相棒みたいな存在だ。
少し昔、5年前のこと。
俺は自殺を試みたことがある。
なんというか、何事もうまく行かず、世の中が狂って見えた。そういう年頃だったのかもしれない。
そんなときアカネはずっと側に居てくれた。
俺の唯一の味方だった。
だがそんなアカネの親切心にも気付けず、その時の俺は夜中に家を出て、一人で山に行った。
多分死のうと思って彷徨ったんだったと思う。
そして俺が崖から飛び降りようと足を進ませた時、アカネがそっと腕を掴んでくれた。
その腕は世の中の何よりも温かかった。
俺はアカネに頬を叩かれ、こっぴどく叱られたんだっけな。
そんなアカネの目には涙が浮かんでいた。
という訳でどうしても切るに切れない縁なのだ。
自分の部屋に戻ると琴美が俺にすがりついて
「何があったんですかぁ!?」
と聞いてきた。
「え、あぁ。何もなかったよ。アカネが少し暴徒化しただけだ。」
「よかったぁ…。」
そんなのんなでもう一日も残り8時間ちょっとだ。
そんな亡霊はゆっくり椅子に腰掛けた。
「ちょっと疲れちゃいました。」
「だな。」
ゆっくりと時間が流れていく。
「あ!」
琴美が急に声を上げた。
「なんだ?」
「夕ご飯の支度しなきゃ。」
「え?なんだ。夕飯ならなんとでもなるよ。」
「ほんとですか?」
琴美はひどく疲れているようだった。
ソファに横になりそのまま寝てしまった。
そんな静けさをぶち壊すように隣の部屋から爆音が聞こえてきた。
どうやらアカネという未知の生き物はここが集合住宅ということを知らないようだ。
軽く舌打ちして再びやつの部屋に入っていった。
「アカネー。」
別に上手くもない歌をひたすら歌い続けている。
最近流行りのアイドルのマイナーな曲だ。
ホントにいろんなセンスが常識から逸脱している。
「あーかーねー。」
何も返事はなかった。
「あぁぁあああああああかぁあああああああああああああああああねぇえええええええええええええええええええええええ。」
「きゃああ!!」
ようやく気付いたようだ。
「オマエウルサインダヨココガドウイウバショカワカッテヤッテンノカダイタイオマエハナニガドウッテカンガエルコトガデキナイノカソレニオマエハ」
「はいはいはいはい。何よ、琴美が来たからって紳士気取ってんの?大体ここは私らの他にほとんど居ないじゃない!」
アカネは威張り散らして再びマイクを手に取った。
「ったく…。」
「私、絶対アイドルになるんだから!見てなさい!」
そう、こいつの夢はアイドルになることだった。
確かにこんな見た目のアイドルは居そうだ。
学校では人気のある方だ。
社交的で愛想も良い。
だが簡単には近づけない謎のオーラを纏っている。
こいつがこんな夢を語りだしたのは中学の時、俺がなんとなくで応募したとあるアイドルのペアチケットが当たった。
使わないのも勿体ないのでその時たまたま近くにいたアカネを誘った。
それが原因。
俺と共にカラオケに行き、踊っては歌っては最後に寝てしまい俺が担いで家まで送るのが日課になってしまった。
アカネがそれを本気で言っているのかどうかは知らないが、なんやかんやで応援している。
「あ、夕ご飯の用意した?」
彼女がいきなり表情を変えて聞いてきた。
「なんだよみんな揃って同じこと言って。どうにかなるもんなんよ。」
「そうかねー。」
そう言いながらアカネは両手を大きく上にあげ、あくびしながらベッドに座った。
さっさとアカネの部屋を後にして、自分の部屋に戻る。
再び同じ場所に腰掛け、琴美のほうを見た。
目を疑った。
「琴美…?琴美…!」
琴美が消えたのだ。
「おい、おい!どこだよ!!あ、あかねぇ!!」
俺はアカネの部屋に飛び込み、彼女にすがりついた。
「こ、コトミがぁ…消えちゃったぁああ…。」
「えぇえ!?」
アカネを連れて元居た場所に戻るとそこには毛布を体に巻いたまま突っ立っている琴美が居た。
「居てるじゃん?どういうこと?」
アカネが目を細めてこちらを見てきた。
「あ、あれ、琴美…?」
「心配しすぎですよ…少しお水を飲ませてもらってただけですよ。」
「そ、そっか。」
アカネがくすっと笑い、じゃあと言って俺の部屋を後にした。
「ほんとにいろいろ迷惑かけてごめんなさい…。」
「い、いやいやいやそんなこと…。」
予想していた生活から少しずれている気がする。
大体アカネが絡むとこうなる。
俺は特にすることもなく一日は過ぎていった。
何気なく過ぎ去って行く時間に俺には疑心暗鬼など完全に無くなっていた。