テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
【番外編2】
―― ある夜更け頃
女は目を瞑り、極限まで集中力を高めていた。
思いつく限りのトレーニングを駆使して魔力向上を図りつつ、必要以上に大きな負荷をかけて努力を続けてきたものの、この数年、頭打ちしたように伸びない自らの力に苦心する毎日だった。
それなのに、たかが亀を捕獲するだけでしかなかった二週間という短い時間で、魔力を司る制御力やスキル精度は格段に伸びていた。
こんなことがあってたまるかと奥歯を噛み締めたムザイは、集中力が途切れて止めていた息をプフゥと吐き出した。
「トレーニングは亀狩りなど比べようもないほど過酷だったはず。なのに私は実感してしまっている。この数日で確実に能力が伸びていることを。どういうことだ……」
独り言を呟く背後で、何者かがザッと足音を鳴らした。
振り返ると、そこには寝ぼけたように寝間着のまま目を擦るペトラの姿があった。
「エルフの子か。こんな時間に何をしている、さっさと戻って眠ることだ」
大きな欠伸をしながら近付いたペトラは、ムザイの隣に腰掛け、もう一度さらに大きな欠伸をしながら伸びをした。
「子供は寝る時間だ」
「ちょっとムザイに聞きたいことあってさ。なんか毎晩ゴチョゴチョやってるみたいだったから、気になって覗きにきてみた」
「面白いことなどないぞ。ここでできることは精神統一くらいなもので、お前が見ていても退屈なだけだ」
「ふーん。ま、それはそれでいいけど。眠いからいきなり聞くけど、アイツってさ、何者なの。ムザイは知ってんだろ?」
前置きなく確信を突くペトラの言葉に、ムザイは口ごもった。アイツことイチルの真実を話したが最後、自身の身がどうなるかもわからない。「さぁ?」と表情を変えずはぐらかすしかなかった。
「みんな薄々気付いちゃいるけど、なんか聞けねぇ雰囲気あんじゃんか。やっぱ普通じゃねぇだろ、アイツ?」
ニカーっと笑ったペトラは、胸元から大事そうに取り出した小冊子を少しだけ開いて見せた。冊子には施設で知り得たとっておきの情報が書き込まれており、ムザイは思わず「お前」と漏らした。
「俺はここの従業員じゃないんだよね。表向きはおっさんに雇われた小間使いなんだけど、実はスパイだったってわけ。もうみんな気付いてるだろうし、バレたところで問題ないけどさ」
なぜか自分の身の上をバラしたペトラは、その上でもう一度同じ質問をした。ズルい奴めと苦い顔をしたムザイは、それでも話すわけにはいかず、「わからない」と答えた。
「ちぇ~、せっかくとっておきの秘密だったのに。ま、大方想像はつくけどな。どーせどっかの金持ち貴族の取り巻きで、道楽で俺たち使って遊んでるんだろ。昔っから金持ちの考えることはわかんねぇや。ハハハ!」
当たらずとも遠からずなペトラの言葉に表情を崩したムザイは、もうこの話は終わりにしようと切り上げた。
「なら話変えるけどさ、ムザイって、いつ魔法とか覚えたんだ。冒険者になってからか?」
「私はガザス地区の王立魔法院で幼少期より魔法を学んでいる。もう随分と昔の話だ」
「んだよ、ムザイもエリートかよ。ずりぃよなぁ、……学校行ける奴らは」
階級や位地により貧富の差が大きいこの世界は、魔法院で学べる者の数など限られていた。
生まれながらの差が、そのまま生涯の差となることがほとんどで、ペトラのような孤児が名声を得るパターンなど、ほとんど皆無とも言える世界。ペトラ自身それを知っているからこそ、一端の冒険者に対する憧れは大きかったのかもしれない。
「お前はずっと一人なのか?」
「五歳で親が消えてからずっとだな。別に大したことじゃねぇけどさ。ここには俺みたいな奴、いっぱいいたし」
難攻不落のダンジョンの麓には、必然的に親である冒険者に残された子供も多く、ペトラもその例外ではなかった。両親が共に冒険者だったペトラは、一人街に残されたダンジョン残留孤児として、これまで一人で生き抜いてきたのだった。
「じゃあさ、秘密教えてやった代わりに、一つだけお願い聞いてくれよ」
「……内容によるな」
「俺に魔法教えてくれよ。前に森でムザイのこと見てたらさ、なんかこう、ぐぅっと腹の奥から湧き出す高揚感っつーのかな、そんなのがあったんだ。俺も魔法使えたらさ、あんな亀くらい一発で倒せるようになるんだろ。それ、メッチャ格好良くねえ?!」
フフと笑ったムザイは、「それくらいなら」とペトラの前に手を差し出した。パチンと手を合わせたペトラは、「約束だからな!」と何度も確認し、眠そうな目を擦りながら寝床へと戻っていった。
「魔法を覚えたい、か。自分にもそんな時期があったっけな。……良い機会か、私も一から基礎を学び直すとしよう。あの男に遅れを取ったままでは癪だ。私は必ず、私のプライドを取り戻す。それまでは、せいぜい利用させてもらうよ、犬男」
再び目を閉じて瞑想を始めたムザイの姿を寝床から眺めながら、ペトラは「まったくよくやるぜ」とノートにメモを取った。