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【番外編3】
ダンジョンを再開し、仕事を立て直しながらもなお、イチルにはどうしてもわからないことがあった。あの日、富裕街で遭遇した女の子は、確かに神からの大きなギフトだったかもしれない。しかし肝心のギフトと折り合いが悪いイチルは、未だ扱いに苦心したまま、唯一残る問題をクリアできずにいた。
「そろそろ真実を確かめねばなるまい。こちらも遊びではないのだからな……」
イチルの呟きに応えるかのように、静かに事務所の扉が開いた。
顔を覗かせたのはフレアで、それはそれは面倒臭そうに「何の用ですか」と言った。
「用なく呼びはしない。さっさと入ってそこ閉めろ」
大きなため息をつきながら事務所に入ったフレアは、フレアの椅子に座っていたイチルをどけて自分が腰掛けた。
イチルは仰々しく目の前のテーブルに腰掛けて質問した。
「調子はどうだ、しっかりやれてるんだろうな」
「当然です。一緒にしないで」
「なら単刀直入に聞く。…………単刀直入に」
「なんですか、早くしてください」
「その……、あれだ。……今日は天気がいいな」
「そんなことを言うために呼び出したんですか。だとしたらふざけないでください」
「ふざけているわけでは……。本当に聞いていいんだな?」
「早くしてよ!」
「ならば仕方ない……」
イチルはまた少し間を開け、恐る恐る尋ねた。
「……アンデッドヒューマンというのは、そもそもどんな種族なんだ?」
「はい?」
フレアの目が丸くなり、今度は急に鋭くなった。
「アンデッドヒューマンはアンデッドヒューマンです。それ以上でも、以下でもありません!」
「しかしだな、釈然としないことが多すぎて俺も計りかねている。お前は人なのか、それともアンデッド系モンスターの一種か?」
「も、モンスターですって?! なんて失礼な、私は歴としたアンデッドヒューマンだって何度も」
「だからなんなんだ、そのアンデッドヒューマンってのは」
フレアと知り合ってからずっと、イチルはたびたび街に出かけては、アンデッドヒューマンという種族について調べを進めていた。しかし得られる情報は乏しく、脳内堂々巡り状態が続いていた。
「アンデッドヒューマンはアンデッドヒューマンだと何度言えば?!」
「いや、ちょっと待て、まさかお前……?」
フレアの頬を突付いたイチルは、肌の質感と柔らかさを確かめてから、嫌がる彼女を持ち上げて重さを確認した。背格好や見た目はエルフのペトラとさほど変わらず、肌の色が紫がかっている点を除けば、それほど差異はない。
「やめてよ、あと《まさか》で言葉を止めないで。なんなんですか?!」
フレアを下ろし、イチルはふむと難しい顔をしながら言った。
「お前まさか、自分もアンデッドヒューマンがどんな人種なのか、知らないんじゃないか?」
ズキューンという音がした顔をして、フレアは視線を逸した。図星かよと呆れたイチルは、テーブルの紙を一枚めくり、さらさらと情報を書き出した。
「だったら知ればいい。これから俺のする質問に答えろ。いいな?」
顔を赤紫色に紅潮させたフレアは誤魔化す手立てもなく、仕方なく頷いた。
「自覚しているヒューマンとの違いは?」
「……ありません」
「あるだろ、まず見た目が紫色だ」
「少し紫っぽいだけです!」
「食い物はどうだ。アンデッド系モンスターは何も食べなくても生きていける」
「お腹もすきますし、なんでも食べます。だって、普通のヒューマンと同じなんですもの」
「……前に貴族のブタと揉めてた時、一週間ほとんど飲まず食わずだったよな」
「い、一週間くらい、あなたたちだって食べなくても平気でしょ。それと一緒よ!」
「いや……、一週間飲まず食わずだと、普通の子供は死ぬぞ」
「え、そうなの?! い、いいえ、そ、それくらい知ってるんだからね」
「本当はどれくらい大丈夫なんだ?」
「ええと、い、一週間、くらいよ」
「……二週間か?」
「ど、どうですかね、知らない……」
「三週間……?」
「ああもう意地悪、お水だけで一ヶ月くらい大丈夫です!」
「おぉふ」と驚きながらイチルが情報を書き込んだ。
恥ずかしそうに顔を伏せたフレアは、もうお嫁に行けないと嘆いた。
「はい、次。アンデッド系のモンスターは、陽の光や回復魔法、同系列のスキルに弱いが、そういった特徴は?」
「……ないです」
「嘘つけ。だったらなんでいつも黒い服で全身隠してる」
「少し光が苦手なのと、肌を見られたくないからに決まってるでしょ。本当にサイテー!」
「少しってのは、どの程度なんだ?」
「ずっと日に当たってると疲れちゃうの。回復魔法の効果だってみんなと一緒だし、怪我だってみんなと同じで普通にします。もういいでしょ!」
そこは個人の主観が強いなと書き込んだイチルは、改めてこれまで見てきたフレアの情報をまとめた。
肌の色は紫がかっているものの、純粋なアンデッド系モンスターのような肌のただれや腐食の進行はなく、至って健康体である。多少の肌荒れはあるものの、骨格や肉付きもヒューマンやエルフの子供と変わらず、見る限りはおかしなところもない。
ヒューマンと比べて消化器系に多少の差異はあれど、目立った違いはなさそうだと目測したところで、最後にもう一つ質問した。
「寿命はどれくらいなんだ?」
「じゅ、みょう……?」
「お前ら種族はどれくらい生きるんだ」
「どうだか。知らないわ」
「……ちなみに父親はいくつだった?」
「よく知らないけど、……1200歳くらいだったかな」
テーブルから落下したイチルは、床で頭を打ち付けた。
「せ、1200歳?! おいマジかよ、俺たちより長寿の種族がいたのか」
「え、ふ、普通じゃないの?」
「普通は長くても数百年で死ぬ。ヒューマンなら百年が限度だな」
「えええ!」と仰け反ったフレアは、その日一番のびっくり顔で椅子ごとひっくり返って頭を打った。
「メチャクチャだな。……これはまだまだ調べ甲斐がありそうだ」
「人のこと実験の道具みたいに言わないで。もういいです!」
頭を擦りながら出ていったフレアの後ろ姿を窓の端から見ていたイチルは、ますます興味深い少女の存在感に満足し、ひとりほくそ笑むのだった。