「当日は車で迎えに行くから」
「はい、お待ちしてます」
──夢見心地で電話を切ると、不意にハッとしたように現実に返されて、忘れていた不安がまたむくむくと頭をもたげた。
当たり前だけれど、貴仁さんの家って、あの大企業のKOOGAを率いる久我家なんだよね……。それって、一体どのくらい敷居が高くて……。
以前に彼から聞かされた、家政婦に執事までいてという話が思い出されると、そのスケールの大きさは想像もつかなくて、にわかに緊張感が押し寄せるようだった──。
ひとしきり期待に胸のふくらむ思いと、拭い切れない不安とが入り混じった数日を過ごして、いざ当日が訪れる──。
迎えの車に乗り込むと、これからいよいよ久我家に行くことへ、どうしようもなくドキドキとしてきてつい無口になった。
「どうした? 塞ぎ込んで」
私の様子を察した貴仁さんから声がかけられて、
「……御宅に伺うのって、緊張します」
抱えている胸の内を、もじもじとして告げた。
「あまり緊張しないでほしい」
優しげな笑みが向けられて、「はい、」とは答えてみたけれど、やっぱり簡単には胸の鼓動は収まらなかった。
すると、信号で車が止まった際に、
「……普段は、ほとんど仕事関係の客人しか来ないので、君が家に来てくれることがとても嬉しいんだ。……父が亡くなってからは、使用人たちはいても身内が誰もいなかったからな」
彼はそう話して、心なしか顔に憂いを漂わせた。
「そんな顔しないで、貴仁さん……」
自らの緊張も吹き飛んで、彼の物憂げな表情に心が奪われる。
「あっ、ああすまない。君の緊張を解くつもりが、逆に気をつかわせてしまったか」
頭の上に、いたわるように温かな手の平がぽんと乗せられると、それだけで気持ちがじんわりと落ち着いてくるようで、「お邪魔するのを、楽しみにしていますね」と、ようやく素直な思いを伝えることができた。
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