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やがて車が住宅街に差しかかると、高い塀に囲まれたひときわ大きな邸宅が坂の上に現れた。
「あれが私の家だ」
すると、フロントガラス越しに彼がその邸を指差して、「ああ……」と、思わずため息ともつかない声が漏れた。
あのお宅がそうなんだ、やっぱりさすがに規模が違うっていうか……。なんとなく想像はしていたけれど、あの大企業KOOGAの創業家だけあって、想像を優に超えていて……。
高い塀の正面にそびえる鉄柵門へ、彼の運転する車が辿り着くと、重たげな門がスーッと左右へ開いた。
門の奥には青々とした芝生の植えられた庭園があり、見上げるサイズ感の女神像が中心に立っていて、像が持つ水瓶《みずがめ》からは水が涼しげに流れ続けていた。
「……お城みたい」
呟く私に、「父の趣味なんだ」と、彼が話した。
「こういう洋風な雰囲気が好きだったもので、だから家も洋館の佇まいで」
広いお庭を抜け、車がお邸の前へ止まると、さながらおとぎ話の世界に出てきそうな豪勢な白亜の建物に、改めて目を見張った。
──と、
「おかえりなさいませ、坊っちゃま」
扉を開け中から出てきた人が、そう呼びかけて、「……坊っちゃま?」と、彼を仰ぎ見た。
すると彼が、小さく咳払いをして、
「源じい、その坊っちゃまはもうやめてほしいと、いつも話しているだろう」
品の良さそうなその初老の男性に、そう返した。
「ああ、すいません。つい呼び慣れていたものですから、貴仁さま」
男性が言い直して、胸に軽く片手を当てて恭しく頭を垂れる。
「彼は、執事の徳永 源治と言うんだ。彼女は、今日来ると話していた、草凪 彩花お嬢さんだ」
「この方が、執事の……。よろしくお願いします」
彼からの紹介を受けて、黒の三つ揃いのスーツをピシッと着こなしたその人に頭を下げると、「こちらこそ、ご挨拶が遅れまして。私はこういう者です」と、ネームカードが差し出された。
「源治さんと……それでさっき貴仁さんに、ああ呼ばれていて」
カードに目を落として、思っていたことを口に出した。
「あっ、ああ……幼い頃から、源じいと呼んでいたものだからな……」
彼がやや苦笑を浮かべて言うと、
「それでは、源じいとおあいこですね、坊っちゃま」
すかさず源治さんが横から口を挟んだ。
「……もう、勘弁してくれないか」
苦笑いを濃くする彼と、にこやかに笑う執事の源治さんの打ち解けた和やかなやり取りに、私も思わず顔をほころばせて小さく笑ってしまった。