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1
金曜日。
午後のロングホームルーム。
教室は七月の文化祭に向けての準備で盛り上がっていた。
「はいはい、出し物決まりましたー! 教室で動物カフェやることに決定!」
「よし!!みんなで金稼ぐぞーー!!」
担任教師が笑いながら黒板を叩く。
華は窓際の席で、静かにその様子を見守っていた。
教室の盛り上がりが落ち着き、華はクラスメイトに話しかけられた。
華が勉強会で数学を教えた女子生徒だ。
「朔晦さん、私と一緒にポスター作らない? 文化祭でお客さん呼ぶためのやつなんだけど……字、めっちゃ上手いよね!」
華は少し驚いた顔をしたが、ゆっくりと頷いた。
「……いいですね」
「ほんと!? やったーー!」
女子生徒は勢いよく両手を挙げた。
「あっ、はいはい!! 私たちポスター作りまーす!」
周囲から「頼むぞー」「頑張って!」という声が飛ぶ。
華は少し気恥ずかしそうに微笑んだ。
「ていうか朔晦さんのこと、華ちゃんって呼んでも良い?」
「いいですよ」
「華ちゃんも敬語じゃなくて良いよ〜」
「あ……いや、それは……」
「あはは、無理はしないでねー!!」
女子生徒は明るく笑った。
華は小さく息を吐きながらも、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。
放課後。
書道部室。
「華ちゃーん!莉音くーん!お待たせ〜!」
乃愛が元気よく部室に入ってきた。
「先輩……こんにちは」
「なに後輩待たせてるんっすか」
(……莉音が敬語を使っている……!! 良かった)
華が小さく微笑むと、莉音は慌てて声を荒げた。
「ちょっ、師匠……!! なに笑ってるんっすか!!」
「いや……敬語……」
「師匠が使えっていうからーー!!」
莉音が恥ずかしそうに髪をいじった。
最近、莉音は乃愛に対して少しずつ心を許し始めているようだった。
今日は文化祭の準備日だった。
書道部は「書道体験コーナー」と「特製うちわ作り」を出すことになり、試作品を制作中だった。
「見て見て! 私たちが書いた作品をうちわにしてみました!! おしゃれでしょ?」
乃愛が鼻を鳴らして自慢げにうちわを見せる。
「すごいですね」
「師匠の字がうちわに……!! 後で持ち帰ろう」
華も莉音も感心した声を上げた。
「これを作るためには、たくさん字が必要だから、たくさん書いていこうね!!」
「じゃあ、始めよう!」
こうして、今日の部活が始まった。
「だれか……たすけて……。墨汁の蓋、とれない……」
始まって早々、乃愛が困った顔で筆と墨汁を持ったまま訴える。
「大丈夫ですか!?」
華は素早く乃愛の側に寄り、固く閉まった蓋をスッと開けた。
「わぁ!! ありがとう〜泣 本当に助かった!!」
乃愛が満面の笑顔で華に抱きついてくる。
「師匠に抱きつくなーーーー!!」
莉音が鬼の形相で乃愛に向かう。
騒がしい空間。それでいて暖かい空間。
(……この空間にいても、いいのだろうか)
(俺は——)
華の心の奥で、そんな疑問がよぎる。
だが乃愛が笑顔で話しかけてくるたび、その疑問は暖かい光に呑み込まれ、薄れていく。
(今は……考えなくても、いいかもしれないな)
華の藍色の瞳に、穏やかな光が宿った。
夜。
華は自分のワンルームのベッドに横になり、天井をぼんやりと見つめていた。
今日のクラスの賑わい、書道部での時間、乃愛の笑顔、莉音の少し素直になった態度……。
すべてが、胸の奥に温かく残っていた。
(……このまま、続けられたらいいのに)
そんな時、枕元のスマートフォンが小さく震えた。
暗号化された一通のメッセージ。
【状況確認。
普通の高校生活、なかなか楽しそうやな。
——お前の先生より♪】
華の表情が、一瞬で凍りついた。
「……先生」
華は小さく呟いた。
指先がわずかに震える。
窓の外には、曇り空が広がっていた。
まるで、これから訪れる何かを予感させるように。
コメント
3件
読み終えました。第7話、とても好きなエピソードでした。文化祭準備や書道部の賑わい――「普通の高校生活」の温かさが丁寧に描かれていて、華の心が少しずつほぐれていくのが伝わってきました。乃愛の明るさや莉音のツンデレ成長も可愛い。最後の先生からのメッセージで空気が一変するところは、ゾッとすると同時に「やっぱり日常は脆いんだな」と切なくなりました。続きが気になります。