テラーノベル
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もう本当にこの物語好き 今回見てる側も心に響いた!
大森が、まっすぐこちらを見ていた。
「ちょっと話さない?」
周りの観客がざわつく。
(え……私!?)
心臓がうるさいほど鳴る中、美咲は小さくうなずいた。
その瞬間、何かが変わり始めていた。
まだ答えは出ていない。
でも、もう逃げるだけの自分ではなかった。
音に出会ってしまったから。
そして――
その音が、自分を呼んでいる気がしたから。
ステージ脇の小さな階段を、スタッフに促されるまま上がる。
足が震えているのが、自分でもわかる。
(なんで私なんだろう…)
ライトが少しだけ落とされ、会場のざわめきが遠くなる。
目の前には、大森の優しい目。
「びっくりしたよね」
その一言で、張りつめていたものがふっと緩んだ。
「……はい」
かすれた声しか出ない。
でも、大森は急かさず、ただ待ってくれていた。
「さっきから、すごくちゃんと聴いてくれてたから」
「え…?」
「音ってさ、ちゃんと届く相手には、わかるんだよ」
胸がぎゅっと締めつけられる。
見透かされたような気がした。
迷ってることも、怖がってることも、全部。
「何か、悩んでる?」
その問いに、言葉が詰まる。
言えない。
でも、言いたい。
美咲は少しだけうつむいて、握りしめた手を見つめた。
「……将来、決めなきゃいけなくて」
「うん」
「でも、何がやりたいのか、わからなくて」
声が震える。
「決めなきゃいけないのに、決められない自分が嫌で…」
最後のほうは、ほとんど聞こえないくらい小さかった。
少しの沈黙。
でも、それは怖い沈黙じゃなかった。
大森はゆっくりとうなずいた。
「そっか」
それだけ。
否定も、アドバイスもない。
ただ受け止めるだけの「そっか」。
それが、なぜか一番救われた。
「じゃあさ」
大森は少しだけいたずらっぽく笑った。
「一個だけ質問していい?」
美咲は戸惑いながらも、こくりとうなずく。
「今日ここに来たのは、“正解”だったと思う?」
一瞬、考える。
でも――
「……はい」
即答だった。
自分でも驚くくらい、迷いがなかった。
「そっか」
また同じ言葉。
でも今度は、少しだけ力強い。
「それが答えのヒントだよ」
「え…?」
「正解ってさ、最初からわかるものじゃなくて、“あとからそうだったって思えるもの”だから」
その言葉が、静かに心に落ちる。
「さっきの選択だって、入るか迷ったでしょ?」
図星だった。
「でも入った。で、今“よかった”って思ってる」
「……はい」
「それを繰り返していけばいい」
大森はまっすぐに言う。
「大きな未来なんて、いきなり決めなくていいよ」
ステージの照明が少し揺れる。
「小さい“こっちがいいかも”を、ちゃんと選んでいけば」
その声は、歌っているときと同じくらい、まっすぐだった。
「気づいたときには、自分の道になってるから」
涙が、またこぼれた。
でも今度は、止めなかった。
「……怖いです」
正直な気持ちが、自然に出た。
大森は少しだけ笑う。
「うん、知ってる」
その返しに、美咲は思わず笑ってしまった。
「でもさ」
ギターの人が静かにコードを鳴らす。
さっきの曲の続きのような、優しい音。
「怖いってことは、ちゃんと進もうとしてる証拠だよ」
その瞬間。
胸の奥にあった“重さ”が、少しだけ形を変えた。
消えたわけじゃない。
でも、前より持てる気がした。
「……ありがとうございます」
ちゃんと顔を上げて言えた。
大森は軽く手を振る。
「こちらこそ」
そしてマイクに向き直る。
「じゃあ、最後の曲いきます」
会場がまたざわめき、期待が膨らむ。
美咲はステージ脇に戻ろうとした、そのとき――
「あとさ」
振り返ると、大森が小さな声で続けた。
「君のその感じ、絶対なくさないでね」
「……え?」
「ちゃんと迷える人、いい音聴けるから」
一瞬、言葉の意味がわからなかった。
でも――
なぜか、すごく大事なことをもらった気がした。
最後の曲が始まる。
今度は、客席の一人として聴く音。
でもさっきまでとは、少し違う。
世界の見え方が、ほんの少しだけ変わっていた。
ライブが終わり、外に出ると、夜の空気が広がっていた。
さっきまでの雨は、もう完全に上がっている。
スマホを見る。
担任からのメッセージはそのまま。
“明日までに考えてこい”
美咲は少しだけ考えて――
新しいメッセージを開いた。
すぐに全部は決められない。
でも。
「まだはっきり決まっていませんが、自分で納得できる進路をちゃんと考えたいです。明日、相談させてください。」
送信ボタンを押す。
小さな一歩。
でも確かに、自分で選んだ一歩。
イヤホンを耳に入れると、またあの音が流れ出す。
今度は不思議じゃない。
ちゃんと、自分の中にある音だった。
美咲は夜道を歩き出す。
答えはまだない。
でも――
もう、怖いだけじゃなかった。