TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

タイトル、作家名、タグで検索

テラーノベル(Teller Novel)
シェアするシェアする
報告する

「疲れたーーーっ」


高専での一日を終えた輝夜は、自宅に帰ってくるや否やソファーに倒れこむ。

一人で過ごす時間が多かったためか、久しぶりの集団生活は体力よりも精神的に疲れる。


『行くのやめる?』

「疲れるけどその分学ぶ事が多かったし、勉強するの楽しかったから行く」


学生時代は苦痛だったのに、大人になってから勉強してみたら思っていた以上に楽しく感じる。

知らないことを一つ知るだけで、自分の成長を感じられる上に、その知識も仕事に直結するものであるため、自分の身になっていることを実感できる。輝夜はそれが堪らなく楽しいと感じていた。


「大人になってから大学に行く人の気持ちが良くわかるよ……疲れるけどね」

『まぁ、疲れた原因は講義や視線だけじゃないでしょ』

「それもそうだね」


エミとのコラボを了承した後、詳しい打ち合わせをしようとしていたのだが、学生のエミが話しかけた事により、遠巻きに眺めているだけだった他の学生達も、輝夜と夕香の周りに集まってきてサイン攻めや握手攻め、質問攻めに合い、打ち合わせどころではなくなってしまい、昼休憩の間はずっと生徒達から逃げ回る羽目になり、無駄な体力を使ってしまった。

街中を逃げ回るのと違い、学校の間取りもわからない上に家に帰るわけにはいかないため、そもそも逃げ場がない。


「都合良く落ち着ける場所とかあればいいんだけど」

『図書館とか行けば良いんじゃない?』

「は? 天才かよ」


ソファーの上でくつろぎながらナディと戯れていると、内ポケットにいれていたスマホから着信音が鳴る。

電話をかけてきたのは戸塚エミ。食堂では打ち合わせをするどころではなかったので、連絡先だけを交換しておいたのだ。


『こんにちわ。コラボ配信の打ち合わせをしたいんですけど、お時間頂いてもいいですか?』


輝夜が電話に出ると、電話越しにでもわかる程に声が弾み、嬉しそうに話すエミの声が聞こえる。


「大丈夫ですよ」

『今ちょっと寮のフリースペースで電話してて周りに人が居るので少し騒がしいかもですけど、あまり雑音は気にしないでください』


そう言うエミの奥からは、ガヤガヤと話し声や物音が僅かに聞こえてくる。


「寮とかあるんですね」

『ハンター専攻の生徒は全寮制ですから』


二、三日間ダンジョンで過ごす事もあるため、共同生活に慣れるためという目的からハンターを専攻する学生は全員寮に入る決まりになっている。


「……そうなんですね」


全寮制なんて聞いていないと、輝夜は心の中で呟く。


『それでなんですけど、コラボって何時にしましょうか? 事務所に許可はとってあるので、いつでも大丈夫です』

「明日とかでも構いませんよ」

『それじゃあ明日やりましょう! 学校終わったらダンジョンに行く流れで』


当日の流れ等を打ち合わせをしつつ、雑談を交えて小一時間ほど話した後に電話を切る。



◇◆◇◆


――翌日。

僅かな月明かりに照らされた赤とも白ともつかない地面が延々と広がっている。

なにもない砂漠にポツンと立つ二人の少女。


「なんだか緊張してきました」

「僕も」


学校が終わってすぐ、渋谷のダンジョンに来たエミと輝夜はドローンを飛ばして配信の準備をしながらそう呟く。


『寒いわ……』


ナディは自分の体を両腕で抱きしめるようにして、輝夜の服の中へと避難する。

夜の砂漠は10℃近くまで温度が下がり、冬の寒さに匹敵する。


「それじゃあ、打ち合わせ通り始めよっか」

「はい」


二人はドローンを操作して配信を開始する。


「こんエミ~! 今日は昨日告知した通りコラボ配信です! しかもそのお相手はなんと、巷で話題の【銀の弾丸】さん!」


エミはカメラを搭載したドローンに笑顔を向けて手を振りながら挨拶をする。

彼女が挨拶すると、コメント欄が一気に動き出す。


《こんエミ!》

《コラボ待ってた!》

《ずっとお礼言いたいって言ってたもんね》

《コラボおめでとう!》


手慣れた手つきで配信を進めるエミを見た輝夜は、自分には真似できそうにないと思いながらその様子を眺める。


「それでは、さっそく登場してもらいましょう! 自己紹介の方をお願いします!」

「朱月輝夜です。今日はよろしくお願いします」


輝夜はエミと自分のカメラに向かって自己紹介をして軽く頭を下げる。


《もしかして高専の制服?》

《お揃いだ!》

《二人って同じ学校だったの?》


同じ制服を着ているためか、二人の関係を詳しく聞こうとするコメントで溢れる。


「はい、実は同じ高専なんです。私が三年で輝夜さんが一年生」


《ということはエミちゃん先輩だ》

《俺も輝夜ちゃんに先輩って呼ばれてぇ》

《エミちゃんの後輩になりたい》

《俺は輝夜ちゃんの先輩になりたい》


「輝夜ちゃんの先輩一号の座は誰にも渡しません……というわけで、オープニングはこれくらいにして、輝夜さん。何か一言お願いします」

「えっと……それじゃあ、今日は頑張りましょうエミ先輩?」


輝夜はそう言ってエミに微笑む。


「おっ……あっ……かわっ……好き……」


唐突な先輩呼びに不意を突かれ、エミの体に雷に撃たれたような衝撃が走る。

年下ではあるものの命の恩人として、またハンターとして尊敬している相手から「先輩」と呼んでもらうという背徳感と優越感。そして輝夜の可愛さに、エミの脳内に様々な感情が渦巻く。


「……あっ、も、もっかい先輩って呼んでもらえませんか?」


エミは鼻の下を伸ばして、デレデレとだらしないな笑みを浮かべながら頼む。


《女の子がして良い顔じゃない》

《でもかわいい》

《エミちゃんでも俺らみたいな表情するんやな》


「……エミ先輩……はやく行きましょうか」


輝夜は少し身の危険を感じ、一歩後退って半身を引く。


「はい! 行きます!」


◇◆◇◆


香川県高松市、その北方向4キロメートル先に浮かぶ女木島

めぎじま

は、以前は人口120人程度が住んでいた小さな無人島である。

島の中央部にある鷲ヶ峰山頂には鬼ヶ島大洞窟という巨大な洞窟があり、その昔、鬼が住んでいたと伝えられていることから、別名『鬼ヶ島』と呼ばれている。

鬼ヶ島大洞窟にもダンジョンに続くゲートが存在している。

しかし、高松港からフェリーで20分というアクセスの悪さと、オーガという強力なモンスターが多く居ることからあまり人気がないダンジョンである。

そのため、ダンジョン内部のモンスターを駆除するハンターがおらず、時折ゲートからモンスターが外に出てくるため、現在女木島は禁足地として指定され、ハンター以外は立ち入ることができない島となっている。


そしてその日、オーガが海を渡って高松市に現れた。



「おはよう」

「ハンターさん、今日は良いサワラが入っとるよ、旬のはそろそろ食べ納めに飲みにおいで」


金の装飾が施された銀の鎧を身に纏い、朱色の長槍を携えた一人の男が町行く人々から笑顔で挨拶をされる。

高松市を拠点として活動しているハンターの成宮翔平

なるみやしょうへい

である。


「凄い人気ですね先輩」


その後ろをついて歩きながら、尊敬の眼差しを成宮に向ける一人の青年。

今年ハンターになったばかりの新人、清家利昌。


「ここを拠点にして結構長くなるからね」


成宮は照れ臭そうに笑いながらそう言う。

高松市で五年以上の活動をし、ダンジョン内のモンスター駆除のみならず、市内の治安維持などにも尽力し、市内では少しばかり名が通っている。

高松駅周辺を見回った後、高松城天守台跡ダンジョンに潜る。それが成宮の毎日のルーティーンであるが、この日は違った。

高松城天守台跡へと向かう途中、成宮は足を止める。


「先輩?」


突然立ち止まる成宮にぶつかりそうになり、清家は横から顔を覗かせて成宮の表情を見る。

顔は青ざめ、ガチガチと奥歯を鳴らし、恐怖に支配されたような表情をしている成宮。


「一体どうし……っ!」


成宮の視線の先にはいくつもの生首を片手に持った一体のオーガの姿があった。


「オーガ!? なんでこんなところに!?」


通常のオーガは身長二メートル程度の筋肉の塊のような体躯をした鬼のようなモンスターであるが、彼らの視線の先に立っているのは、身長が十メートルを越える巨体と巌のように鍛え上げられた筋肉。


「ただのオーガじゃない。あんな巨大なオーガ見たことないぞ! すぐにハンター協会に連絡を……」


成宮が槍を構えた瞬間、清家の頭が潰れる。

成宮に影が射し、背後を見上げるとそこにはもう一体のオーガが立っていた。拳から滴る血を舐め、ニヤリと笑うオーガ。


「き……貴様よくも!」


成宮はオーガと戦うために槍を構えるが、その直後、オーガの振るった大木のような腕により、声を発する間もなく絶命する。


この日、高松市で出た被害は死者と負傷者を含めて千人に上る。


◇◆◇◆


「いやあああああ!」


《逃げて!》

《なんでギガワームがこんな一層に!?》

《砂漠なら階層関係なく居るぞ》


ギガワームから必死に逃げ惑うエミ。リスナーのコメントが凄まじい勢いで流れているも、それに目を向ける余裕はない。


《銀の弾丸さーーーーん! はやく助けてーーー!》

《二階層の入り口探すって言って離れた瞬間ギガワーム……》

《運が悪すぎた》


「あっ」


足をもつれさせて転んでしまうエミ。そこに容赦なくギガワームの牙が迫り来る。


《あっ》

《ヤバい》

《神様!》


もうダメだと目を閉じ、歯を食い縛った瞬間。


「ブースト」


一人の少女がギガワームとエミの間に割って入りエミの体を抱えてその場から飛び退く。


「危なかった」


スキルを使って身体能力を底上げした輝夜は、ギガワームに食われそうになっていたエミを近くの岩陰でおろす。


「あ、ありがとうございます」


《助かってよかった》

《生きた心地がしなかった》


「後は僕に任せて」


輝夜は岩陰から飛び出して、指笛を鳴らす。その音に反応したギガワームが砂を飲み込みながら輝夜へと迫る。

輝夜は小さく息を吐くと、銃口をギガワームに向けて引き金を引く。

しかし、銃口から弾が発射されることはなく、変わりにカチッっという気の抜けるような音が鳴る。


「……あ」


何度も引き金を引くが、撃鉄が弾の入っていない弾装を叩く音が鳴るだけ。


「あれ? あれ? あれあれあれ?」


慌ててポーチから弾を取り出そうと手を伸ばすが、指先に何も触れる事はない。


《まさか……》

《嘘だろ》


「弾……使いきったんだった……」


ゆっくりと後ろを振り返りながら、輝夜は声を震わせてそう言う。


《アホの子だった》

《/(^o^)\》

《【悲報】要救助者、増える》


「やっば」


輝夜は慌てて踵を返し、エミを抱えて一目散に逃げ出す。

ナディは二階層の入口で見張りをしているためこの場に居らずアイテムボックスから予備の弾を取り出すことも出来ない。


「ごめん、357口径の弾持ってない?」

「口径とかはちょっとわかんないですけど、拳銃なら持ってます」


魔力が尽きた時の為の護身用として、事務所から渡されている拳銃を取り出す。


「借りていい?」


輝夜はエミから拳銃を受けとる。装弾数十四発のベレッタ92。


《流石にそれじゃ倒せない》

《威力がなぁ》

《そうか、エミちゃんのリスナーは知らんのか》

《何が?》

《見てればわかる》


輝夜は片手でスライドをずらしてチェンバーに弾が、入っている事を確認する。


「十分」


輝夜は立ち止まり、振り返って拳銃を構える。


「ブースト」


スキルを発動し、引き金を引く。

銃口から放たれた弾丸は、拳銃とは思えないほどの威力でギガワームの頭に拳大の穴を穿つ。

ギガワームの巨体がぐらつき、ゆっくりと倒れる。


《は?》

《マジ?》

《一発?》

《これが銀の弾丸だ》


「た、助かった」

「まだ助かってないよ」


力が抜け地面にへたりこむエミに、輝夜はそう言う。


「ギガワームにしては小さいから、あれ子供なんだよ」

「……ということは……まさか……」

「近くに親が居る」


輝夜がそう言った瞬間、地面が激しく揺れる。

地面から輝夜とエミを取り込むように無数の牙が姿を表す。


《あっ……》

《食われるうううう!》

《終わった》

《これは……さすがに……》

《逃げてええええ》

《どこに逃げろと?》


「……やっべ」


気づいた時には既に手遅れ。

三十メートル四方を軽く飲み込む巨大な口が、輝夜とエミの二人を飲み込む。

loading

この作品はいかがでしたか?

22

コメント

0

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store