珍しくふうはやに部屋へ呼び出された。
普段編集を手伝うことなんてほとんど無いが、今回は少し煮詰まっているらしい。
一人でやっていても進まないから来てくれ、と連絡が来たのだ。
今日は休日だし、明日も休みだ。
俺はふたつ返事でOKを返した。
まあ俺がいた所で何も手伝えることなんてないと思うけどなぁ。
手土産でも持って行くか。
「しゅうと」
それは編集の合間、本当になんでもないようなタイミングだったと思う。
思いの外、真剣な表情で名前を呼ばれた。
なに、と返事をして振り向くと、画面に向いていたはずのふうはやの視線がこちらへと向いている。
俺は握っていたマウスを離した。
ふうはやがそうしているように身体ごとそちらへ向き直る。
どうした?
そんな真剣な表情で、何を言うつもりだ?
このチームのこと?
今後のこと?
俺にチーム抜けて欲しいとか?
新しいメンバー入れるのか?
もしかして、俺なんかしちゃったかな。
言い淀むふうはやを前にして高速で思考する脳が悪いことばかりを叩き出す。
心臓が早鐘を打ち始めた。
ふうはやはまだ黙ったままだ。
壁に掛けられた時計が時間を刻む音がやけに大きく聞こえ、自分の鼓動と相まって煩い。
しばらく、お互いに黙っていたと思う。
「……しゅうと」
「……うん」
「俺さ……俺、しゅうとのことが好きだ」
「……ん?」
「俺、しゅうとが好き」
「……うん。俺もふうはやのこと好きだよ」
???????
ふうはやは少し困った顔をした。
俺も同じような表情だったと思う。
緊張の糸が張り詰めていたから、突拍子もない事を言われて上手く対応出来ない。
近年稀に見る真剣な顔だったから、どんな悪い報告をされるのかと心臓が縮む思いだった。
ただ豪胆な割に恥ずかしがり屋でもあるふうはやが珍しい事を言い出したな、と思う。
りもこんもかなり恥ずかしがり屋だったな、などとどうでも良いような記憶が頭を過ぎる。
虚空を見つめながらぼんやりとそんな事を考えていた。
ギッと視界の外でゲーミングチェアが軋む音を立てた。
立ち上がったふうはやの足先が視界に入ってきたと思ったら、顔に手が添えられ上を向かされた。
少し泣きそうな、でも真剣で真っ直ぐな眼が俺を見下ろしている。
「しゅうと。俺の好きはこれだよ?」
「…………え?」
近付いてくる顔。
眼鏡がカチャ、と音を立てた。
「ぅんっ……!?」
キスされた。
間近すぎて何も見えないが、俺はふうはやにキスされている。
混乱するなって言う方が無理があるよな。
なんで?とかどうして?やっぱなんで?とか。
一瞬にして沸騰しかける脳みそに待ったをかけたのは、ふうはやから伝わってくる震えだった。
添えられた手も、唇も、睫毛でさえも震えている。
そっと当てられただけの唇に、抵抗しようと持ち上げた手を下ろしていた。
少し震えがおさまってきた頃に、ゆっくりと唇が離れていく。
息がかかるほどの至近距離で視線が絡んだ。
「しゅうと……俺やっちまった」
「後悔するならやるな」
「……後悔なんてしてない」
見つめ合ったまま軽口を叩く。
泣きそうな眼をしたふうはやに笑いが込み上げた。
驚いたのは自分の方で、ましてや許可なくキスされたっていうのに、なんでお前が泣くんだよ。
ふうはやも緊張の糸が切れたのか、倒れ込むようにゲーミングチェアに腰掛けた。
「アァァ〜……、腰抜けた」
腰が抜けるのはお前じゃなくて俺の方だ。
締まらないな、本当に。
「真剣な顔して何を言われるのかと思った」
「……言いたかったんだ……」
「そうなの?」
「……もう我慢なんて無理」
「……」
「こんなに!こんなに近くにいるんだよ!?しかも二人っきりだし!!なのにしゅうとは全然俺のこと意識してくれないし!!」
「しないだろ、普通は……」
「こんなにアピールしてるのに?」
「え?アピール?してた?」
「してるよ!!恋愛未経験者舐めるな!」
「ごめんって……」
なんで俺が謝ってるんだ。訳わからん。
でも不貞腐れたふうはやは俺が悪いと言うし、俺も気が付かなかったのは悪いのかも知れない。
ああ、良かった。
もっと重大で今後の進退に関わることを言われるのかと考えていたから、俺よりテンパるふうはやを見ていたら心はだいぶ落ち着いてきた。
まあ、割とヘビーな事を言われた気もするが。
「……ふうはやの顔があんまり真剣だったからさ。……チーム抜けて、とか。そんなこと言われるのかと、思ったから……そう言うのじゃなくて良かった」
「は?そんなの言うわけないじゃん!!」
「いや、俺は仕事してるし。時間合わなかったり、他のメンバーに負担かけてばっかりだから」
「……チーム抜けたいとか考えてるの?」
「そう言うわけじゃないけど……」
「俺は!!認めないからな!りもこんとかざねが何を言おうともしゅうとはいんくに必要だ!!」
「……ふふ。ありがと……」
「こっちがビックリするようなこと言うなって」
「理不尽だな……。そう言えば、ふうはやって彼女いたよな?恋愛未経験者じゃないだろ」
ふうはやは今更?と言うようにあからさまに嫌な顔をして頬を膨らませた。
少し言い淀んで、言いにくそうに口を尖らせる。
「いたけど。こんなに苦しくも真剣でも無かった。俺は……しゅうとが初恋だと思う」
「…………そ、そうか……」
気まずい空気が流れる。
そうだ。
俺は告白されてキスされたんだ。
それに対して何も返事をしていない事に唐突に気がついてしまった。
ふうはやは何も言わないが、やっぱり返事をするべきなんだろうか?それともこのまま無かったことに出来るのか?
足下を見ていた視線をふとあげると、俺を見つめるふうはやと目が合った。
ずっとこっちを見ていたんだろうか。
不思議と胸がドキドキする。
「……無かったことにしたい……?」
「……いや。それは……」
「俺は、したくない。しゅうとの答えが欲しい。今後の事とか全部抜きで、しゅうとの気持ち聞きたい」
「う〜〜……あのさ、ふうはや。俺は今までお前のこと、その。そう言うような目で見たことはない……」
「……うん」
「でも。……だけどな。嫌では無かった。さっきのキ……キス…………は別に嫌じゃなかった……」
「!!!!!」
「そりゃあ、ビックリはしたけど。……気持ち悪いとかは……無かった……」
声が震えたかも知れない。
何を言ってるのか、言ったことをふうはやがどう思うのか。何も分からないし、考えられなかった。
視線を合わせていられずに俯いたけど、ふうはやの強い視線を感じる。詰まったような息遣いも。
息を飲んだふうはやが、どんな顔をしてるかなんて分からない。
でも、俺は俺の顔が酷く熱いのを感じていた。
「しゅうと……顔、あっか……」
「…………うるさい」
「なあ、しゅうと。俺、期待しちゃうよ?」
「……するな」
「ムリ」
頬に添えられたふうはやの手が冷たい。
俺の頬が熱いのか、緊張でふうはやの手が冷たいのか。どっちだ。分からない。
分かっているのは、俺の心臓が壊れるんじゃないかってくらいに早鐘を打っているってこと。
「ねぇ、しゅうと。触っても良いか?」
「触る……?」
「うん……嫌だったら、抵抗して」
「てい、こう……」
「そう、ちゃんと抵抗して。俺のこと完全に嫌いになる前に抵抗して」
俺は生唾を飲み込んだ。
ふうはやがいつもと違う顔をしているように見えた。
包み込まれた両頬が先程と打って変わって焼けるように熱かった。
「ふ……は、や……」
髪に。
額に。
頬に。
そして再び唇に。
驚くくらい優しく触れていく唇の感触に、俺は身体を強ばらせた。
ふうはやの手が髪や腕をするりするりと撫でていく。
不思議な感覚に身体が勝手に震えた。
「ふうはや……」
「ん……しゅうと、好きだ……」
「ーーーーっ!!!」
身体が勢いよく熱くなっていく。
さっき同じセリフを聞いたと言うのに、それは俺の耳と脳へ容易に届いて思考回路が焼き切れるくらいの衝撃を与えた。
手先が痺れるような感覚と背中のざわつきが酷くなる中で、俺はそれを与えてきた元凶であるふうはやのシャツにすがりつく。崩れそうになる身体を支えるだけで精一杯だった。
「んぅ……ふうは、やっ……!」
「しゅうと、お前わざとか?」
「なに……が?」
「いや。そんな訳ないか」
「????」
「はー…………もうだめだ我慢とか無理ゲー過ぎる。しゅうと、本当に嫌だったら全力で抵抗してくれ」
「え、え?え?」
「俺はもう我慢しない。しゅうとが俺のことをそういう風に思ってないって言うなら、俺は全力で落としにいく」
「ちょっ……!待って!」
「待たない」
優しく空気が触れていくようだったキスが、ふうはやの指先が明確な意志を持って俺の身体に触れてくる。
知らない何かを刻みに来る。
ふうはやの指が自分の指に絡んで、熱が移っていく。
「ごめん、待てない」
***
先はR指定になっちゃうので止めました〜
当方、文章固いのでこの感じで書いて、R需要あるのかな…………?
コメント
7件
夜都さんの新小説待ってました ...っ!! もう凄い語彙力があり過ぎて憧れます 😭😭 Rも見たいですけど無いのも逆にそれはそれでいいなって思ってます、!!(?) 最高のfusyuありがとうございます 💘
え、文章の書き方 良すぎませんか…っ…!? こっから先見たすぎます…!!