王宮の城門からチェスター王国の国旗を掲げた数多の馬車が連なり近づいてくる。ドイルやベンジャミン、アーロンなど高位貴族達と共に国賓の到着を出迎えの場で待つ。
数台の馬車が通りすぎ、一際大きく豪華な馬車がハンク達の正面に止まり、近衛が扉を開くと中からはハンクほどの体格を持ち短い銀髪と頬の傷は昔と変わらず目立つ派手な衣装を着たチェスター王国国王ガブリエルが現れる。馬車から敷かれた厚い絨毯の上を優雅に歩き、出迎えの場に近づく。それを眺めたハンクは隣に立つドイルへ耳打ちをする。
「俺は邸に戻る」
ドイルは顔を動かさず前を向いたまま笑顔で答える。
「何言ってる?今来たよ、見えないのか。相手をしろよ」
「あれはガブリエルじゃない」
さすがのドイルもハンクを仰ぎ見る。その顔には険しさがあった。
「本当か?」
「ああ、余計な話はするな。騙されておけ」
ハンクは静かに場から離れハロルドの侍る待機室へ向かう。
「ハロルド」
突然現れた主にハロルドは近づく。
「俺は邸に戻る。俺の席に座れと奴に伝えろ。チェスター国王は偽者だ」
ハンクは歩きながら簡潔にハロルドへ伝える。馬車では遅い、馬で駆けなければならない。
「ゾルダークの邸に?」
「わからん。だが嫌な感じがする」
ハンクはガブリエルの偽者に気づいた瞬間、指先から頭まで何かが駆け抜け、肌が粟立ち気味の悪い感覚に支配された。これはよくない。例えようのない何かが己の中を渦巻いた。
馬車留まりに着き、護衛騎士の乗ってきた馬に乗り上がる。三騎の護衛騎士に先導させ道を作り城門まで駆け王都の街へと下る。薄暗いが歓迎の祭典のため街道には灯りが置かれ道を照らし、蹄の音が響いて人々は何事かと走る馬を見送る。ハンクは長いコートを靡かせ邸へ向かう。
馬車で半時の距離を馬で駆ければその半分の時で戻れる。いつから偽者だったのか。自国を出国したのが偽者なら本物は先に入国しているか。なんのために…疑いを持ったか。邸から俺がいなくなるのを待ったのか。邸を出てから一刻と半時は過ぎている。心臓の鼓動が激しく打ち鳴らす音が自身から聞こえる。空色。
「開門!」
ハンクの声に門番は閉ざされていた門扉を開ける。馬を駆けさせ邸へ急ぐ。正面扉の前で馬から飛び降り扉を開ける。ホールには顔色の悪いアンナリアがハンクの戻りを待っていた。
「旦那様!応接室です」
ハンクは駆けた。ホールから近い部屋に直ぐたどり着き、握りを回す。扉を開けると簡素な服装のガブリエルが並べられた食べ物を口に運び咀嚼している姿が目に入る。ソファに座る空色は振り向き俺を確認して眉尻を下げ愛しい顔は今にも泣きそうだ。ソファを飛び越え空色の足元に座り無事を確かめる。
「触れられたか?」
空色は首を横に振り腕の中の子を撫でている。何故、子がここにいる…空色の頬に触れると安堵したように俺の手に擦り付けてくる。涙が一滴、子に落ちた。子ごと空色を抱き上げ膝に乗せて腕の中に囲う。
「息子の嫁だろ?」
言葉を発した男を睨みつける。
「何をした」
ガブリエルは咀嚼を止めず話し出す。
「何も。忍び込んだだけだ」
「何の用だ」
「ゾルダーク、お前は邸から出ないのか?何日張ったと思う」
随分前から入国していたか。
「先に王宮に忍び込んだよ。収穫はなかった」
自ら調べに来たのか。ドイルは何も知らないから何も出んのは当たり前だ。俺を疑ったか。
空色の抱いている子が泣き始める。
「ソーマ、連れていけ」
俺の言葉にソーマが近づくが空色は子を離さない。
「お前の騎士をこいつにつける」
不安気な顔で俺を見つめ頷き、子をソーマに渡す。赤毛の騎士が子を抱いて部屋から出ていく。
「お前の嫁か?大事にしてるな」
「何か見つけたか」
「途中で見つかった」
その子に、と匙で空色を指している。
「お前は疑ってない。だが老人か息子かと思ってな、息子の部屋を探していたら赤子を見つけた」
「俺はお前を許さん」
ガブリエルは口の中のものを飲み込み、水を飲み一息ついた。
「傷つけてない」
「怖がらせたろ。殺してやる」
腕の中の空色は俺の服を掴み身を寄せる。
「おい、なんだ?どうした。お前…」
銀色の瞳を捉え離さず睨み付ける。体の芯が怒りで燃えるように熱い。怖い思いをしたはずだ。安全と信じていた邸に賊が入ったんだ。俺が邸から出るなと何者も入れんと言ったのにな。許せんよな。偽者は殺してやる。
「お前は偽者だ。死んでいい」
「待てよ、俺は本物だからお前は戻ったんだろ。落ち着け」
「よく見たらお前は偽者だ」
「ゾルダーク」
「ガブリエルを騙る偽者は殺す」
「落ち着けって!殺気を送るな」
手を上げ振るとソーマは静かに動き俺の前に中型の剣を置く。鞘はすでにない。これなら一突きで心臓は止まる。
「ゾルダーク、お互いただではすまない」
「貴様が動く前に殺せる」
ガブリエルの剣は離れた場所に立て掛けてある。暗器を持っていても動いた瞬間、剣を投げて殺す。
「謝る!誰に嵌められたか気になるだろ?真実を知る者は少ないんだ。俺が動くしかなかった」
ガブリエルは両の手の平を机に置き敵意を消したが俺は消さん。柄を持ち投げる体勢に入る。
「ゾルダーク…やっと国が落ち着いたんだ。まだ生きたい、な、悪かった」
そんなことは知らん。謝って許せることなど少ないんだ。あの偽者はどうせ血が繋がってる。それなら構わんだろ。
狙いを定め投げの形をとる。
「閣下」
腕の中から空色が声を発した。
「どうした?どこか痛むか」
視線は外さず狙いは定めたまま空色に尋ねる。
「お腹が空きました」
もう夜も始まった。いつもならこれは食事を終えてる。
「一瞬で終わらせる」
「閣下、血で汚れるのは嫌です」
ガブリエルは動かず俺達の会話を聞いている。
「刺したら抜かん」
「俺の口から血は出る!」
心臓を貫けば確かに口から多少は出るが大きな体に垂れるくらいだろう。
「ハンク…」
狙いを定めたまま、瞳を下に向ける。空色の瞳は笑み口も弧を描いて俺を見ていた。
「閣下は何か食べました?」
「元から食べるつもりはなかった」
「一緒に食べますか?」
「ああ。ガブリエル、手は置いておけ」
机につけていた手を動かしたガブリエルに警告する。視線をガブリエルに戻し、食事を出すようソーマに命じる。
「ガブリエル、手は置いていろ」
剣を机に置き、空色の脇に手を差し込み持ち上げ、頭から見える範囲を確かめる。どこにも傷はないな。抱きしめ鼓動を聞き入る。小さな手が俺の頭を撫でる。両腕を巻き付け空色の存在を確かめる。一息ついて、ソーマを呼び小型の剣を寄越すよう命じる。
「…動くな」
俺はこの部屋にいる全ての者に伝える。並べられた剣を一本手に取り投じて、ガブリエルの開いた脚の間に落とすと、ソファに剣が刺さる音が静かな部屋に広がる。
「ゾルダーク」
片腕で空色を自身に抱き寄せたまま、もう一本手に取り胴と腕の間に投げる。まだ剣はある。もう一本取り反対側にも投げる。
「すまん」
「許さん」
「殺すか?開戦だぞ」
「お前は偽者だろ。庭に埋めればわからん」
まだ剣はある。空色を怖がらせ、俺に恐怖を与えた貴様は許せんな。
「閣下、どっちなの?」
空色は俺の耳元で囁く。
「偽者だ、気にするな」
「本物!あっちは弟」
兄のためにつけたあの傷は痛かったろうな。俺には関係ないがな。心臓に狙いを定める。手首を動かし投じた剣は真っ直ぐガブリエルの中心へ吸い込まれる瞬間、両手を合わせたガブリエルの手の平に収まった。
「本気で投げたな、このやろう」
当たり前だ、お前など死んでも構わん。
「死んで詫びろ」
「あれはお前の子か」
だったらなんだ。
「その娘はお前の嫁か」
「ああ」
外では違うがここではそんなもんだろ。
「嘘つけ、その娘はお義父様と言ったぞ」
それがなんだ。呼び方なんぞなんでもいい。お前は俺の空色に無断で近づいたんだ。許せんな。
「閣下、結局本物ですの?」
「ああ」
空色の問いに答えてしまった。どちらでも構わんからいいがな。ソーマが使用人を連れて食事を運び入れる。使用人が並べる間にソーマは刺さった剣を回収しガブリエルの手にある剣も受け取り仕舞っていく。俺は空色を持ち替えて広げた脚の間に座らせる。
「食うか」
空色は頷き匙を取り小さな口に入れていく。腹を空かせてしまったな。薄い茶の頭を撫で俺も口に入れていく。
「陛下、どこかに宿を?」
空色がガブリエルに尋ねる。偽者が王宮に滞在するなら宿をとっているだろうな。それとも協力者がいるか。そうか、内通者がいるか。国の貴族の中にいるなら知っておきたいものだな。
「どこだ」
答えんよな。思いつくのは辺境伯だが、ありきたりすぎる、強くもない。
「言えんか、それほどの家門か」
これはただどこに泊まるのか聞いただけだろうがな。自分の問いの意味に気づいたか。俺を見上げ空色を見開く。開いた小さな口に肉を入れる。薄い茶の頭に頬擦りしガブリエルを見据える。アンダルを襲ったのはチェスターの王妃の生家、唆したのは年寄だ。王妃の父親は毒を飲んだ、ガブリエルは喜んだか。アーロンはこんな危険は犯さんな。アンダルが襲われて嬉しいのはマルタンだな。話は合うだろうな、ベンジャミン…やりそうだ。ベンジャミンが偽者と知っていたら、偽者は王宮で動きやすい。俺が邸に戻ったのを側で見ていたなベンジャミン。まさかゾルダークに忍ぶとは思わなかったか。震えているか。
「奴と仲良くなったか」
確信はないが、ベンジャミンならこいつを入国させることなど容易い。王宮にも忍んだらしいがあいつが協力したなら可能だ。
ただこれの弟がいるからな、マルタンに罰は与えられんな。証拠もない。とぼけられたらそこまでだな。さてどうするか。
「ベンジャミンをお前の代わりに殺すか」
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