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人手不足なこともあり、定期的に夜勤が回ってくる。
時間は22時から翌5時まで。
そして、バンドマンの先輩と一緒だ。
深夜前までは平日でもそこそこ客は来る。
仕事帰りのサラリーマンや、若い大学生などがほとんどで、
夜中の2時も過ぎればほとんど客はいなくなる。
入口で座り込む不良もいないし、暴走族の音も聞こえない。
治安は良いが、住宅街で駅から少し歩く事もあってか従業員はギリギリのなかなか増えない。
「いらっしゃーせー。」
入店音が聞こえれば、反射的に口が動く。
入口の方を見れば、見覚えのある学生服がこちらへ向かってきた。
品出ししていた俺が声をかけるより先に、レジに立つ先輩へ一直線に向かった。
「こんばんは。」
「…いらっしゃっせー。」
「あの、バンドやってるって兄からお聞きしたんですけど。」
運よく店内には客がいない。
とはいえ、直球すぎやしないだろうか。
俺は慌ててレジの方へ向かった。
「は?…兄?」
明らかに不審そうに和織を見据える先輩。
唇や耳にピアスをつけ、黒髪だが毛先は赤いウルフヘア。
三白眼がちな瞳はそこそこに威圧感があるが、
欠片も物怖じしない和織は、無邪気な笑顔を浮かべて俺を指差した。
「河目桜太郎の弟です!」
「へぇ…。」
先輩がじとりと俺を見る。
俺は蛇に睨まれた心地になり、腕を伸ばして直立した。
「河目さん。彼、前に来た子っすよね?
俺が息子かって聞いたら『友人です』って言ってませんでしたっけ?」
「え゛……!?」
そういえば…。
前に和織が来た時、同じシフトだった気がする。
そうだ、確か友人と答えてしまった気が…。
「あ!すみません…。
年の離れた友人なんて変かな?って思って…。嘘ついちゃいました。」
「あ、そ。…別にいいけど。
バンドのこと聞きたいわけ?高校生だよね?」
先輩がちらりと横目で時計を確認する。
俺は、「そうです!」と明るく返事をする和織に近づいて、様子をうかがう。
先輩の返答が想像つかず、場合によっては先輩に謝って帰そうと考えていた。
「夜11時以降は外出ちゃだめだよ。補導されっから。」
「え。」
思いがけない言葉に、思わず声が漏れる。
そんな俺を見て、先輩は口を尖らせた。
「当たり前っしょ、河目さん。この子家近いんすんか?」
「はぁ、まぁ…。」
「ならいいけど…」と、先輩はレジで作業していた書類を端へ片づけて、
目の前の高校生に向き合った。
「で?何の話?」
「実は作詞に興味があって…、バンドやってる人にコツを聞きたいんです。」
先輩の目の色が少し変わる。
今まで見たことのない、少し嬉しそうな表情。
「ほぉ…。いいね、俺達はいつもオリジナル曲でライブやってんだ。」
「わぁ~っ!すごい!!曲ってどう作るんですか!?」
まるで恋バナをする女子高生のように、盛り上がる若者2人。
恐らくアーティスト名なのであろう、飛び交う横文字は俺には聞き馴染みがないし、
作詞に留まらず作曲まで語る先輩の目はギラギラとしている。
…知らない一面だ。
このまま、コンビニのバイトで淡々と業務をしているだけだったら、見ることのなかった面。
サイコロのすべての面を一度で見れないように人にもいろんな面があって、すべて見ることは難しい。
ましてやコミュニケーションがとれないと、横顔すら見れていないのかもしれない。
知らない先輩の姿を見て、そう思った。
「河目さん。」
運よく客が来ないまま、区切りのいいとこまで話せたのか、時計を見れば11時手前。
和織は「また明日連絡するねー。」と満足気に去っていった。
収穫があったなら何よりだ。
品出しも終わっていた俺が店内の清掃をしていると、先輩がレジから声をかけた。
「はい…?」
何の連絡かとレジ前まで顔を出せば、先輩は誰もいない出入口を見ながら、目を細めて言った。
「良い友人っすね。」
そう言われて、悪い気はしない。
むしろ、自分の事のように、少し誇らしく感じた。
俺は先輩のグレーがかった目を見て、「そうですね。」と笑った。
バイトが終わって一直線に家へと帰り、布団に倒れこんだ。
そんな気がする。
部屋の蒸し暑さに目が覚めて、ポケットに突っこんだままのスマホを取り出せば、和織からの連絡が入っていた。
確認するよりも先に時間を見て、既に昼過ぎになっていたことに気づく。
…特に約束はしてなかったが、多分、昨日の件で話したいんだろうな。
そう思い新着メッセージをタップすれば、何やら長い文がいくつか送られていた。
歌詞だ。
それも、こう…なんともいえない文の。
やたらめったらそぐわない言葉が多く、歌詞も詩的な表現が多い。
勿論、そういう歌もあるが、律さんの雰囲気とは違う気がする。
どうにも特殊なにおいがするというか…。
ふと、先輩の派手めな姿を思い返す。
……さては先輩のバンド、ビジュアル系だったかもしれない。
『不採用』とだけ打ってメッセージを返せば、すぐに着信があった。
『なんで!?渾身の出来じゃない!?』
「…あのな、なんつーか…、……律さんが歌いそうな歌詞じゃないだろ。」
『…………確かに?』
「…新曲じゃなくて、律さんの曲を完成させるのが依頼だからな…?」
確認の為にも一応念を押して伝えれば、数分の沈黙の後、和織が言う。
『でもこれ勝手に完成させちゃっていいの?
芸術品とかって”完成することのない未完成だから価値がある!”みたいなのあるじゃん。』
「それはあるが、今回は別に公表するわけじゃないからな。
あくまで穂高さんの為だけだ。」
そう、目的は公開じゃない。
穂高さんへの歌詞という手紙を完成させるだけだ。
パソコンのデータを見ても、律さんが穂高さんに特別な感情を抱いていたことは確かだ。
ただ、それが恋愛なのか友愛なのかはわからない。
病気さえなければ、穂高さんの恋は叶ったのだろうか。
それとも、あくまで唯一無二の親友という位置だったのか。
『降り注いだ不協和音ー』
ふと、和織が律さんの未完成の曲を歌いだす。
歌詞はBメロまでしか作成されていない。
サビ前で終わると思っていた和織の歌声は、信じられないことに続いた。
『希望を見た 陽だまりのような
暖かさが 私を照らしだしてくれたー』
サビだ。
そんな歌詞、どこにも書いていなかった。
俺はスマホを肩で挟んで机に向かい、散らばっていた紙にペンを走らせた。
『…あーとは、わーからないー』
「最初だけか…!いや、でも良い気がする…!」
歌詞が思いつかず鼻歌になったようで、口を開く。
希望は確かにメモにあったし、雰囲気もあう。
文章が苦手だと思っていたが、案外歌詞は上手いのかもしれない。
鼻歌が止まり、少し暗い声を耳が拾う。
『…僕さ、なんとなくだけど、少し律さんの気持ちわかるんだよね。』
「え?」
『僕も透明人間みたいに思えたことがあって。
そんな中、話しかけてくれる人って、本当に希望に見えるんだよ。』
「…希望…。」
『眩しんだよ、すっごく。』
どこか感傷に浸る声で、そう言った。
俺には多分、経験のないことだ。
「和織、その時の言葉、ひたすらあげてくれ。」
『…え?』
「2人で歌詞にするんだ。」
電話御切った後、俺は律さんの文章から読み取れるであろう穂高さんとの思い出や気持ちを書きだす。
自分がもし、余命宣告をされたなら…。
想像でしかないが、きっと気力を失くすだろう。
よく『地球最後の日に何をしたいか』なんて質問はあるが、実際終わりが見えたところで、悔いなく生きることは難しい。
やりたいこと全てができるわけじゃない。
時期だったり、金銭的な問題だったり、時間的な問題だったり、いろいろある。
恐らく律さんも、穂高さんともっと生きていたかっただろう。
けれど、曲以外、直接的なものを残していない。
遺された曲のタイトルは”Reply”。
返事、応答。
穂高さんは律さんに何かを投げかけていた訳じゃない。
つまり、返事を求めてるのは穂高さんではない。
じゃあ律さんが…?
だが、返事を求めるなら他に方法はいくらでもある。
それこそ、手紙を遺すなんて、ありきたりな事をしていないのが不思議だった。
返事を聞きたいけど、聞きたくなかった…?
言いたいけど、伝えたくないこととか…。
違う。
…伝えることが、恥ずかしかった、とか怖かった。
そんな想いに触れた気がした。
和織が散りばめた言葉をパズルのように埋めたり、改変する。
律さんの想いとなる様に。
削って、埋めて、足して、埋めて。
音を聞きながら、整理する。
バイト以外の家にいる間は、そうした作業に没頭して、気づけば2日が過ぎていた。
確認の為、俺は一度出来上がった歌詞を自分のパソコンに打ち込み、和織へと送った。
いつもならすぐ来る返事が来たのは、半日後。
日付が変わってからだった。
『今日行くね』という短いメッセージに、俺は少し不安になりながらも了承の返事をした。
バイトが午後からあることを伝えれば、和織は翌朝、8時にチャイムを鳴らした。
学校か。
まだ寝ぐせがついたまま、玄関を開ける。
「…お早いこって。」
「まぁねー。」
少し嫌味を込めて伝えれば、案の定、和織には伝わらなかった。
靴を脱いで部屋へと上がれば、定位置のように迷いなくテーブルの前に座る。
いつもと違ったのは、机の上にスマホを置いたことだった。
俺の視線気づいた和織がにんまりと笑う。
「昨日の歌で、完成でいいと思う。
そこで…、実際に歌ってみようと思います。」
「……お、おう…?」
実際に歌って違和感がないかってことか?
一応鼻歌で語感は確かめながら調整したが…。
いや、でも実際歌うと多少ズレがあるのかもしれない。
声に出さず考えていれば、和織が動き出す。
俺のパソコンで音源を流し、歌おうとする口を慌てて手で塞いだ。
「待て待て待て!!!朝の8時だぞ!??」
「ふぐっ…!!ふむうう!うう!」
「朝早い上に、こんなボロアパートで歌われたら苦情くるだろうが…!」
言い聞かせて手を離せば、不満げな和織が口を尖らせた。
「いいじゃん、ちょっとくらい!」
「だったら、カラオケとか行けばいいだろ…!」
「えー、カラオケだって結構音漏れしてうるさいし…。」
カラオケは名案と思ったが、確かに隣の部屋の歌声が聞こえたりして騒がしいことが多い。
とはいえ、この家はもっと駄目だ。
下の部屋にも隣にも絶対聞こえるし苦情が入るだろう。
穂高さんに歌詞だけ見せるより、歌声もあった方がイメージはつきやすいが、
わざわざスタジオだとかを借りるほど、本格的な機材がある訳でもない。
「あ。」と小さく声をもらした目の前の高校生は、人差し指を立てて言った。
「僕の家でいいじゃん。」
「え…。」
「この時間じゃ誰もいないし。そうしよー。」
テーブルの脇に置いていたスクールバッグを肩にかけ、即座に玄関へと向かう。
俺はくたくたのトートバッグにパソコン詰め込みながら、慌てて声をかけた。
「ま、待て待て待て!ちょ、ちょっと支度させろ!」
「…ああ、寝ぐせ?しょうがないなぁ…。10分だけね。」
身支度もそうだが、どちらかというと心の準備の方が必要だ。
10分なんかじゃ覚悟が決まりそうにない。
とりあえず、この前と同様に髭を剃り、髪にワックスをつけて、安物のジャケットを羽織った。
気が重い。
そう思うが、これはこれで和織の母親を知るチャンスでもある。
…やるしかない、か。
洗面台の前で一息吐いて、気合を入れて頬を叩いた。
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皐志さん、第18話の感想です〜! 夜勤のコンビニに現れた和織くんが先輩に直球で「バンドやってるって聞いて」って突撃するの、高校生らしくて微笑ましかったです。先輩が夜の外出を注意する場面は、無愛想ながらもちゃんと彼を気にかけてるのが伝わってきて好き。 そして何より、未完成の曲のサビを和織くんが歌い継ぐところ、一気に物語が動いた気がして鳥肌立ちました。二人で律さんの想いを紡いでいく作業、すごく大事な時間ですね。次の展開も楽しみにしてます!