テラーノベル
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翌朝。
庭の穴の前には、昨日までにはなかった立て札が置かれていた。
そこには、マサカゲの字でこう書かれている。
『無断侵入禁止』
その下には、メバルの字でさらに大きく書き足されていた。
『特にカキちゃん』
カキは立て札を見つめ、頬を膨らませた。
「名指しじゃん」
「名指しに決まってるでしょ」
メバルが腕を組む。
「昨日、勝手に蓋を開けて、爆弾みたいなものを見つけて、みんなを庭から引きずり出させたのは誰?」
「Kさんが引きずり出したんだろ」
「原因を作ったのはカキちゃん」
「でも、あれはおもちゃだった」
「結果がそうだっただけ!」
カキは立て札の横にしゃがみ込んだ。
穴は、昨日よりも大きくなっている。
金属板を取り外したことで、地面の下に続く縦穴が露出していた。深さは三メートルほど。底には古い梯子があり、その先に暗い横穴が続いている。
アオノが穴の縁から内部を観察していた。
「空洞の壁面は自然形成ではありません。少なくとも入口部分は、人工的に補強されています」
「洞窟だな!」
カキが目を輝かせる。
「地下空洞、古い補強材、埋められていた玩具。これは絶対に何かあるぞ!」
「だからこそ、無断で入るな」
マサカゲが言った。
「今日は調査計画を立てる。入口の強度を確認し、酸素濃度と温度を測定し、通信手段を確保する。危険があれば中止だ」
「中止の条件は?」
「落盤、酸欠、未知の装置、強い毒性反応、進路の崩落。あと、カキが勝手に先行した場合」
「俺だけ条件が違わないか?」
「お前だけ信用度が低い」
ミステーは穴の底を見つめていた。
「地下は、昨日から少し眠りが浅い」
マサカゲが目を閉じる。
「ミステー、その表現は具体的にしてくれ」
「音が増えた」
「音?」
K-Tが短く尋ねた。
ミステーは頷く。
「昨日は一つだった。今日は三つ」
K-Tは穴の底へ視線を向けた。
誰にも聞こえないほど小さな振動が、土と金属を通して伝わっている。
確かに、一つではない。
低い振動が一つ。
それに重なる、細い擦過音。
さらに遠くで、規則的に何かが響いていた。
K-Tは腰に手を置いた。
昨日の紫色の刀は、今日は持っていない。
メバルから「必要もないのに武装しない」と言われたからだ。
ただし、黒い硬いガラケーとドラムスティックは、いつもどおり持っている。
「Kさん、今日は刀を置いてきたんだね」
メバルが気づいた。
「使わない」
「その判断はえらいよ」
「必要なら取りに戻る」
「取りに戻らないでね」
K-Tは答えなかった。
調査の準備が始まった。
アオノは小型ドローンを穴の中へ降ろした。ドローンのカメラ映像が、庭に設置されたモニターへ映し出される。
映像の中で、古い梯子が軋んでいる。
その先には、横向きに伸びる通路があった。
壁には、何かを固定するための金具が一定の間隔で取りつけられている。
「通路の幅は約一・八メートル。成人が一人ずつ通行可能です」
「一人ずつか」
マサカゲが言った。
「隊列は俺、Kさん、カキ、ミステー、アオノ、メバルちゃんの順にする」
「俺が三番目?」
カキが不満そうに言う。
「先頭にすると先行する。最後尾にすると勝手に別の道へ行く。三番目が妥当だ」
「俺はそんなに信用ないか?」
「昨日、地下への蓋を勝手に開けた人間が言うことじゃない」
メバルは調査用のヘルメットをかぶり、懐中電灯を確認した。
「私は最後尾でいいの?」
「メバルちゃんは全員の後ろから見てくれ」
「それだと、みんなが無茶したとき止められないよ」
「だから最後尾なんだ」
「なるほど」
カキが手を上げた。
「俺は前のほうがいい!」
「三番目」
「でも未知の洞窟なら、先頭で発見するのが――」
「三番目」
「はい」
穴のそばには簡易昇降機が設置された。
本来は機材搬入用のものだが、マサカゲは重量制限と固定状態を何度も確認した。アオノが制御盤を調整し、全員が一人ずつ地下へ降りていく。
K-Tは最後から二番目だった。
昇降機に乗ると、音もなく下降していく。
地上の光が遠ざかり、穴の壁が近づいてくる。
K-Tは周囲を見た。
古い補強材。
新しい傷。
土の中に埋まった細いケーブル。
誰かが、この空間を最近も使用していた可能性がある。
だが、K-Tは何も言わなかった。
地下へ降りると、空気が変わった。
湿っている。
冷たい。
それだけではない。
鼻の奥に、金属のような匂いが残る。
アオノが測定器を確認した。
「酸素濃度は正常。二酸化炭素も問題ありません。ただし、奥へ進むほど温度が低下しています」
「地下水の流れがあるのか?」
マサカゲが聞く。
「可能性があります。床面にわずかな傾斜があります」
「全員、壁に触れるな。補強材の状態が不明だ」
カキが通路の壁を眺める。
「この金具、何に使ってたんだろうな」
「機材の固定用かもしれません」
アオノが答えた。
「でも、ここに音響設備を置いてた可能性もある」
「音響設備?」
カキの目がまた輝いた。
「地下スタジオってことか?」
「断定できません」
「でも可能性はあるんだな?」
「可能性だけならあります」
「地下スタジオ!」
「声を抑えろ」
K-Tが言った。
声が通路に反響する。
カキは口元に手を当てた。
「悪い」
そのとき、通路の奥から音が返ってきた。
カン。
カン、カン。
まるで、誰かが金属を叩いているような音だった。
全員が足を止める。
ミステーが呟いた。
「三つ目の音が、こちらを見つけた」
「音が見つけるのか?」
マサカゲが小声で聞く。
「見つける音もある」
アオノが測定器を向けた。
「振動を検出。奥の空間から伝わっています。規則性がありますが、機械音か自然音かは判断できません」
カキが前へ出ようとした。
K-Tが腕をつかむ。
「待て」
「でも、奥に何かあるぞ」
「だから待て」
「Kさん、俺が先に――」
K-Tはカキを後ろへ戻した。
「俺が行く」
カキは不満そうだったが、今回は抵抗しなかった。
K-Tが先頭へ進む。
マサカゲも続こうとしたが、K-Tが手を上げた。
「一人で見る」
「単独行動は禁止だ」
「近い」
「距離の問題じゃない」
「マサカゲちゃんの言うとおり」
メバルが後ろから言った。
「Kさん、一人で行かないで」
K-Tは少し黙った。
「分かった」
K-Tは先頭に立ったまま、全員がついてこられる速度へ落とした。
通路は徐々に広がっていく。
やがて、壁の一部が青白く光っているのが見えた。
カキが声を上げそうになり、マサカゲに口を押さえられる。
壁面には、青紫色の鉱石が埋まっていた。
小さな結晶がいくつも集まり、内部から淡い光を放っている。
「鉱石だ!」
カキが叫んだ。
「声が大きい!」
メバルが注意する。
カキは鉱石へ駆け寄った。
だが、K-Tが肩をつかんで止めた。
「触るな」
「なんでだよ?」
K-Tは鉱石の近くに落ちていた小石を拾い、壁のそばへ投げた。
小石が鉱石の表面に触れる。
次の瞬間、青紫色の光が強くなった。
通路の金具が震え、低い音が響いた。
ゴォン……。
地面がかすかに揺れる。
カキの顔から、笑顔が消えた。
「今の、何だ?」
アオノが測定器を確認する。
「接触に反応して、周囲の振動が増加しました。鉱石自体が発光しているのではなく、内部または周辺に何らかの反応系が存在する可能性があります」
「危険か?」
マサカゲが尋ねる。
「現時点では不明です。ただし、触れるべきではありません」
「カキ、聞いたな」
マサカゲが言う。
「聞いた」
「触るな」
「分かった」
カキは鉱石から一歩下がった。
その直後、鉱石の奥から細い音がした。
ピシッ。
壁に、細かな亀裂が走る。
「全員、下がれ!」
K-Tが叫んだ。
K-Tは仲間たちの前に出て、盾の代わりに両腕を広げた。
マサカゲがメバルとミステーを後ろへ押し、アオノは測定器を抱えてしゃがむ。
カキだけが、鉱石の前で固まっていた。
「カキ!」
メバルが手を伸ばす。
K-Tがカキの服をつかみ、後ろへ引いた。
その瞬間、壁の一部が崩れた。
大きな岩が落ちたわけではない。
だが、鉱石の周囲にあった古い石材が崩れ、通路の床に散らばった。
粉塵が舞い上がる。
アオノのドローンが、奥の空間へ流されるように飛んでいった。
「ドローンが制御不能です!」
「回収できるか?」
マサカゲが聞く。
「信号が乱れています」
「一度戻れ」
「操作を受け付けません」
ドローンの映像が乱れ、画面に白い線が走る。
その一瞬、奥の空間が映った。
広い部屋。
壁一面に青紫色の鉱石。
中央には、古い機械のような構造物。
そして、機械の前に置かれた複数の黒い箱。
昨日、庭で見つかったものと同じ形だった。
映像が途切れた。
アオノが息を呑む。
「奥に、複数の箱があります」
「同じ玩具か?」
カキが聞いた。
「外観は同一です。ただし、内部構造は確認できません」
「じゃあ、行こう!」
「行かない」
マサカゲが即答した。
「この状況では進めない。鉱石が振動に反応している。まず地上へ戻る」
「でも、あの奥に――」
「戻る」
マサカゲの声が強くなった。
カキは悔しそうにしたが、黙った。
K-Tは鉱石を見た。
青紫色の光は、まだ弱く揺れている。
まるで、内部で何かが呼吸しているようだった。
「戻る」
K-Tが言った。
カキが顔を上げる。
「Kさんも?」
「危険だ」
「でも、奥に何かある」
「だから戻る」
K-Tは短く答えた。
「準備してから来る」
その言葉に、カキは黙った。
地下空洞から地上へ戻る途中、メバルはカキの後ろを歩きながら、何度も様子を確認した。
「カキちゃん、大丈夫?」
「大丈夫」
「本当に?」
「うん。今回は触ってない」
「小石を投げたのはKさんだけどね」
「俺は投げてない」
「でも、投げそうな顔はしてた」
「してない」
「してたよ」
先頭を歩いていたK-Tが振り返った。
「カキ」
「何?」
「次は、俺の合図まで動くな」
カキは少し考えてから頷いた。
「分かった」
その返事は、いつもより素直だった。
地上へ戻ると、アオノはすぐにドローンの映像を解析した。
マサカゲは調査結果をノートにまとめ、メバルは全員の手や顔についた土を拭いていく。
ミステーは庭の穴のそばに立ち、地下を見下ろしていた。
「鉱石は、眠っていない」
「また不吉なことを言うな」
マサカゲが言う。
「地下の機械が、音を待っている」
アオノが顔を上げた。
「音に反応する鉱石と、地下の機械。昨日から検出されている振動は、機械が動作している音かもしれません」
カキが身を乗り出した。
「じゃあ、音楽を聞かせたらどうなる?」
「試すな」
マサカゲとメバルが同時に言った。
K-Tは防音室のほうを見た。
地下の鉱石が、音に反応する。
ならば、ドラムの音も届く可能性がある。
K-Tは何も言わなかった。
その日の夜。
K-Tはいつもどおり、午後九時に眠った。
だが、地下空洞の奥では、誰も触れていないはずの鉱石が、青紫色に明滅していた。
そして、壁の向こうから。
カン。
カン、カン。
朝に聞いた音が、今度は三回ではなく、四回響いた。
コメント
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読んだよ!第10話、地下空洞に鉱石とか機械が出てきてめっちゃワクワクしたわ。K-Tが「触るな」って止めたシーン、頼もしかったし、その直後に壁が崩れて危なかったから正解だったね。カキも素直に従っててちょっと成長した?笑 最後の鉱石が夜に光ってる描写、不気味でいい雰囲気だった。続きが気になる!
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