テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#K-Takasaka
K-Takasaka
170
#異世界転生
K-Takasaka
141
K-Takasaka
154
K-Takasaka
65
地下空洞を発見してから三日。
庭には、マサカゲが作った簡易フェンスが設置されていた。
立て札も二枚に増えている。
『無断侵入禁止』
その下に、メバルが書き足した。
『蓋を勝手に開けない』
さらにその横へ、アオノが小さな札を追加している。
『鉱石に接触しない』
カキは三枚の札を眺めながら、腕を組んだ。
「俺、そこまで信用ない?」
「あると思ってるの?」
メバルが即答した。
「昨日だって、朝から穴を見てただろ」
「見てただけだって」
「スコップを持って?」
「見ながら持ってただけ」
「それを掘るっていうの!」
カキは不満そうに口を尖らせた。
庭の地下にある青紫色の鉱石。
内部の機械。
同じ形をした黒い箱。
そして、音に反応する振動。
あれからマサカゲは調査の手順を組み立て、アオノは地下空洞の映像を解析していた。
だが、危険性が分からないため、しばらくは立ち入り禁止となっている。
カキは何度も地下へ行きたがったが、今回はさすがに勝手に入ることはしなかった。
その代わり、防音室にこもっていた。
「カキちゃん、今日はずっと防音室にいるね」
メバルがドアの外から声をかける。
返事はなかった。
中から、エレキギターの音が聞こえてくる。
低く歪んだ音。
短いリフ。
同じフレーズを何度も繰り返している。
ギターの音は、いつものカキの演奏よりも重かった。
勢いだけで押し切るような音ではない。
一度止まり、考え、また別の音を試している。
メバルはドアを少しだけ開けた。
カキはアンプの前に座り、エレキギターを抱えていた。
床にはケーブルが何本も伸び、譜面台には書きかけの紙が何枚も置かれている。
カキの足元には、小型の録音機もあった。
「新曲?」
メバルが聞いた。
カキは振り返らずに答えた。
「そう」
「珍しく静かに作ってるね」
「静かに作ってるんじゃない。音を探してる」
メバルは少し驚いた。
カキが、そんな言い方をするのは珍しい。
普段のカキなら、思いついた瞬間に大声で演奏を始める。テンポが崩れても、コードが合わなくても、勢いで押し通そうとする。
だが、今日は違っていた。
カキは一度ギターを鳴らし、すぐにミュートする。
「地下で聞いた音が、頭から離れないんだ」
「鉱石の音?」
「そう。カン、カン、カンって鳴ってたやつ」
カキは弦を軽く叩いた。
カン。
同じ音ではない。
けれど、どこか似た響きが防音室に残った。
「それを曲にしたいの?」
「したい」
「危険なものかもしれないよ」
「分かってる」
「本当に?」
「分かってるって」
カキはギターを持ち直した。
「俺が地下で見つけたんだ。あの鉱石も、機械も、箱も。だったら、俺の音にする」
「見つけたものを、すぐに曲にしていいのかな」
「触らなければいいだろ」
メバルは少し考えた。
「それなら、みんなと一緒に作ろうよ」
カキは手を止めた。
「みんなと?」
「うん。カキちゃん一人の新曲にしてもいいけど、防音室で作るなら、みんなの音を入れたほうが広がると思う」
「俺のギターが中心だぞ」
「もちろん」
その言葉に、カキの顔が少し明るくなった。
「じゃあ、呼んでくる!」
「自分で呼ぶの?」
「俺が作る曲だからな」
カキはギターを置き、勢いよく立ち上がった。
そのとき、ケーブルを踏んだ。
アンプの電源が落ちる。
「……」
「……」
「今のは、曲の一部」
「はいはい」
最初に呼ばれたのは、マサカゲだった。
マサカゲはノートを持って防音室へ入り、床に散らばった紙を見た。
「これは全部、構成案か?」
「たぶん」
「たぶんが多いな」
「でも、音は決まってる」
カキはエレキギターを構えた。
「最初は、地下の音。カン、カン、カン。そこからギターが入る」
「三拍子なのか?」
「三拍子じゃない。三回鳴るだけ」
「分けて考えたほうがいい」
マサカゲは紙を一枚拾い、簡単な図を書いた。
「最初の三音を前奏にする。その後、ギターのリフ。ベースはすぐに入らず、二巡目から支える」
「いいな」
「曲の雰囲気は?」
「地下っぽい感じ」
「それでは分からない」
「暗くて、狭くて、でも奥に何かある感じ」
マサカゲは少し考えた。
「それなら、音域を狭くして始める。低音を中心にして、途中から一気に開く構成が合う」
カキは目を輝かせた。
「それだ!」
マサカゲはベースを取り出した。
「ただし、勝手にテンポを変えるな」
「分かってる」
「本当に?」
「分かってるって!」
次にアオノが入ってきた。
タブレットには地下空洞の映像が表示されている。
「鉱石の発光パターンを解析しています」
カキはギターを弾きながら振り返った。
「曲作りに使えそう?」
「発光周期は不安定ですが、地下で検出された振動には三つの主要な周波数があります」
「三つ?」
「低音、中音、高音です。先ほどの金属音に近い成分もあります」
アオノはキーボードの前に座った。
「地下の音を再現することは可能です。ただし、実際の鉱石へ音を送ることは推奨しません」
「送らないよ」
カキが言った。
「この防音室で曲にするだけだ」
アオノはカキを見た。
「本当に?」
「本当に」
「録音後に庭で再生する予定は?」
カキは黙った。
マサカゲがすぐに言った。
「カキ」
「……ちょっとだけ聞かせようとは思ってた」
「禁止だ」
「まだ聞かせてないだろ!」
「考えている時点で禁止だ」
メバルが防音室に入ってきた。
「カキちゃんの新曲、私も聞きたい」
「メバルちゃんは歌ってくれる?」
「歌うよ」
カキは嬉しそうに笑った。
「じゃあ、アコースティックギターで最初を作って、途中からエレキに変えるのはどう?」
メバルが提案する。
カキはすぐに反応した。
「それ、いいな。最初は地下へ入る感じで、途中から一気に走る」
マサカゲが頷く。
「構成が見えてきた。前奏はメバルちゃんのアコースティックギター。そこにアオノの低い音。俺は二巡目から入る。カキのエレキギターで曲の中心を作る」
「最後は?」
アオノが尋ねる。
カキは少し考えた。
「最初の三音に戻る」
「地下の音へ戻るのか」
「そう。最初に聞いた音で終わる」
K-Tが防音室へ入ってきた。
いつから廊下にいたのか、誰も気づかなかった。
カキが振り返る。
「Kさんも叩いてくれるよな?」
K-Tはドラムセットの前に座った。
「叩く」
「やった!」
K-Tはドラムスティックを持ち、カキのギターを見た。
「弾け」
「今?」
「今」
カキはエレキギターを構えた。
メバルがアコースティックギターを持ち、アオノがキーボードの電源を入れる。
マサカゲはベースの音量を調整した。
曲の最初は、メバルのアコースティックギターだった。
低い弦をゆっくり弾き、狭い空間を歩くようなコードを作る。
アオノのキーボードが、その背後に薄い音を重ねる。
音は広がらない。
あえて狭いまま、壁に当たって戻ってくるように調整されている。
K-Tが、シンバルの端を軽く叩いた。
カン。
一拍空く。
カン。
さらに一拍空く。
カン。
地下で聞いた三つの音を、K-Tが再現した。
カキのエレキギターが入る。
最初は一音だけ。
次に二音。
そこから歪んだリフへ変わっていった。
勢いはある。
だが、昨日までのように急いで前へ出る音ではなかった。
狭い場所から抜け出そうとするような音。
メバルのギターが消え、カキのエレキギターが中心になる。
マサカゲのベースが入った。
低音が足元を支え、カキのリフを前へ押し出す。
K-Tのドラムが重なる。
最初は抑えていた音が、少しずつ強くなっていく。
カキは目を閉じ、ギターを弾いた。
指が止まりそうになるたびに、K-Tのドラムが次の位置を示す。
カキはその音を追った。
いや、追うだけではない。
自分のギターで、ドラムの先へ進もうとした。
アオノはキーボードの音を広げた。
狭かった音の空間が、徐々に開いていく。
防音室の壁が遠ざかるようだった。
メバルが歌い始める。
歌詞は、まだ仮のものだった。
「暗い道の向こうに、まだ知らない音がある」
カキのギターが強く鳴る。
「触れなくても、見つけられる」
メバルの声が重なる。
「進める場所まで、進んでいく」
その歌詞を聞いて、カキは一瞬だけメバルを見た。
無茶をするな。
触るな。
勝手に先へ行くな。
いつもなら、そう叱られている。
だが、今の歌は、前へ進むことを止めていない。
ただ、進み方を選べと言っているように聞こえた。
カキはギターの音を変えた。
勢いだけで押すのではなく、音を一つずつ確かめる。
コードを切り替え、短いリフを挟み、次の展開へ進む。
マサカゲがすぐに合わせた。
アオノが音の隙間を埋める。
K-Tがドラムを強く叩く。
曲は、最初に決めた形を越えていた。
地下の音を再現しただけではない。
そこから、スクラッチャーズの音になっている。
最後の展開へ入る。
カキがギターを鳴らしながら叫んだ。
「まだ行ける!」
「行けるけど、テンポは守れ!」
マサカゲが返す。
「分かってる!」
「今、速くなった!」
「気のせいだ!」
「気のせいじゃない!」
K-Tのドラムが、二人の言い合いをまとめるように強く響いた。
メバルの歌声が一段高くなる。
アオノがキーボードで広い音を作る。
六人の音が重なる。
そして、最後にすべての楽器が止まった。
K-Tが、最初と同じ三音を叩く。
カン。
カン。
カン。
余韻だけが防音室に残る。
誰もすぐには話さなかった。
カキはギターを抱えたまま、息を整えている。
「……できた」
マサカゲが録音データを確認した。
「一曲として成立している」
アオノが波形を見る。
「開始部分と終了部分に、地下で記録された振動と近い音響的特徴があります」
「曲名は決めたのか?」
メバルが聞いた。
カキは少し考えた。
「地下の音」
「そのままだな」
マサカゲが言う。
「じゃあ、“鉱石のリフ”」
「それもそのままです」
アオノが指摘する。
「じゃあ……“奥から来る音”」
ミステーがいつの間にか防音室の隅に立っていた。
全員が振り返る。
「いつからいたの?」
メバルが尋ねる。
「最初の三音の前」
「ずっと?」
「音が始まる前から、曲はそこにいた」
マサカゲが頭を押さえた。
カキはミステーの言葉を考えた。
「奥から来る音……」
K-Tが短く言った。
「それでいい」
カキは笑った。
「じゃあ、決まりだな。曲名は『奥から来る音』!」
アオノが録音データの名前を変更した。
マサカゲは曲の構成をノートに記録する。
メバルはカキの肩を軽く叩いた。
「いい曲になったね」
「だろ?」
「でも、地下で演奏するのは禁止」
「分かってるって」
「庭の穴の近くで大音量再生するのも禁止」
「……分かってる」
「今、間があったよ」
カキは目をそらした。
「ちょっとだけ聞かせようと思っただけで」
「ダメ」
「でも、曲を作ったなら、元の場所に返すのが――」
「ダメ」
メバルの声が低くなる。
カキはしばらく黙り、ギターを見た。
「分かった。ここで鳴らす」
その返事に、メバルは少しだけ笑った。
「うん。それならいいよ」
その日の夕方。
アオノが防音室の録音を整理していると、地下空洞の監視用センサーが反応した。
庭の穴の奥から、微弱な振動が検出されたのだ。
アオノは画面を確認する。
振動の周期は、午前中に録音した曲の最初の三音とよく似ていた。
だが、防音室の音が地下へ届くほど大きかったわけではない。
アオノは振動データを保存した。
「地下の機械が、曲を聞いたのでしょうか」
ミステーが隣で呟く。
「防音室と地下空洞の距離を考えると、音が直接届いたとは考えにくいです」
「でも、返事は来た」
アオノは画面を見つめた。
地下の振動は、三回ではなかった。
四回。
五回。
そして、最後に一度だけ、長く響いた。
防音室では、カキが新曲のギターリフをもう一度弾いている。
カン。
カン。
カン。
その音に合わせるように、庭の地下で何かが応答した。
誰も、まだ気づいていない。
ただ一人、K-Tだけが廊下の途中で足を止め、庭のほうを見ていた。
「……聞いたか」
短い声は、誰にも届かなかった。
そしてK-Tは、何もなかったように防音室へ戻った。
コメント
1件
第11話、めちゃくちゃよかったです……! カキちゃんが「音を探してる」って言うのがすごく印象的で、いつも勢い任せな彼が慎重に音を選んでるところに、地下で聞いたあの音がどれだけ強く心に残ったのかが伝わってきました。 そしてみんなで一曲を作り上げていく過程が、まるでその場で演奏を聴いているみたいに鮮やかでした。曲名が『奥から来る音』に決まった瞬間が特に好きです。 最後の地下からの応答、すごく気になります……! 次の更新を楽しみにしていますね✨