コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
ゴトゴトゴト……。
――日も暮れるころ、私たちは3日ほどお世話になった村を離れて、馬車に揺られて走っていた。
御者をしているのはルークだ。
馬車には6人が乗れるスペースがあるが、乗っているのは私とエミリアさんだけだった。
「……馬車だと、やっぱり速いですね。
それに、ルークさんが馬車を扱うことができて良かったです」
「ルークって、基本的に何でも出来ちゃいますからね……」
クレントスで街門の守衛をやっていたときも、少し距離のあるミラエルツまでは仕事で行っていたみたいだし。
色々なことが出来るのは、きっと前職での経験が大きいのだろう。……うーん、どこに行っても働き口がありそうだ。
何となくぼーっと景色を眺めていると、村での出来事を嫌でも思い出してしまう。
村長さんの息子さんが帰ってきて、そのまま王都からきた騎士や兵士たちと戦って――
……私たちはそのあと、早々に村を離れた。
村長さんや息子さんに土下座をされて命を乞われたが、そもそも命を奪うつもりなんて毛頭も無かった。
仮に命を奪ったところで良いことが起きるわけでもないし、恨みを無駄に買う必要も無い。
私たちは王様の命令によって追われているが、そもそも悪人では無いのだ。……悪人では、無いはずだ。
しかし事情はどうであれ、村長さんたちが私たちの命を狙う側に付いたことは確かだった。
だからこそ、私たちが多少の無理を要求したところで、それはきっと許されるものだっただろう。
――私たちは、村長さんの家の馬車を譲り受けることにした。
譲り受けるとはいっても相応のお金は払ったし、村長さん側としても、それを断るという選択肢はあり得なかった。
何せ、そのときはまだ彼らの命が懸かっていたのだから。
そして馬車と一緒に、積まれていた荷物もすべて譲って頂いた。
そもそも息子さんは王都まで買い出しに行っていたそうで、馬車にはたくさんの食糧が積み込まれていたのだ。
村長さんたちには申し訳なかったが、私たちとしては当面の食糧を確保することが出来たし、とても助かることになった。
とは言え、馬車と食糧を買い直すだけのお金は渡してきたんだけど――
「はぁ……」
ため息と共に浮かんでくるのは、去り際の奥さんの顔だった。
何とも言えない、あの表情。それまでは、あんなにも良くしてもらっていたのに……。
私はどんな顔で、彼女を見ていたんだろう。
涙が出そうになって、唇を噛み締めていた記憶はあるけど……何だか少し、曖昧かな……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――夜。
私たちは焚き火を囲みながら、暖を取っていた。
さすがに夜は冷える。……いや、最近はやたらと夜が冷え込むというか……。
その近くでは、馬が餌の乾草を食べている。
しばらくは馬車を走らせ続けることになるので、餌も村長さんの家にあったものを買っていたのだ。
先を急ぐ道ではあるけど、やはり私たちが歩くよりも馬車の方が速い。
だからこそ、馬にもゆっくりと休んでもらわないと……。
「……今日も、やっと終わりますね……」
どこか寒々しい夜空を見上げながら、私は呟いた。
最近は一日一日を過ごすのが何とも疲れる。実際のところ、心身ともに負担が大きい。
今日という日がようやく終わることに、漠然とした安心感が生まれる。
しかし明日には、大変な一日がまた新しく始まってしまう。
そしてその大変な一日を迎えるためにも、私は悪夢を見なければいけない。
眠らないわけにはいかない。しかし眠ってしまえば、そのあとに待ち構えるのは――
……ふと気付くと、私はエミリアさんにじぃっと見つめられていた。
その表情は特に感情を宿していなかったが、焚火の暖色が頬を照らしていて、何とも幻想的だった。
「エミリアさん? ……どうかしましたか?」
「いえ……。今日も、お疲れ様でした……って、思いまして」
「……む? そうですね、今日も疲れました……。
エミリアさんも、ルークも、お疲れ様でした」
そう言いながら、傍らの乾いた木枝を焚き火に放り込む。
燃える音がパチパチと響き、何だか心を癒してくれる気がした。
「――そういえば、ルーク。
神剣アゼルラディアはどんな感じ? 村で戦ったときは、結構使いこなしているのかなーって思ったけど」
「はい、暗黒の神殿で初めて使ったときよりも慣れてきました。
実際に振るう機会は少ないのですが、使うイメージが分かってきましたので」
「使うイメージ?」
「そうですね……。剣を振るったときに、どういう力がどれくらい掛かるのか……。
振るったときに、どういうことが起きるのか……。かなり特殊な剣なので、それが分かるだけでも結構扱えるようになりました」
「私にはちょっと想像が付かないけど……。
そうだよね、振るだけで地面をえぐっちゃうような剣だもんね……」
そこだけを見れば、ジェラードのアクセサリに付いた『風刃』の上位互換かもしれない。
さすがに神器だから、そのあたりは余裕で上回っているのだろうけど――
「……そういえばジェラードさん、どうしてるかなぁ……」
久し振りに頭に浮かんだその名前。
ルークやエミリアさんと同じく、私がとても頼りにしている仲間の一人だ。
「ジェラードさん、ちょうど王都を離れていたんですよね。
……確か、ミラエルツに行ったんでしたっけ?」
「はい。ちょっと用事があるそうで……」
――動かなくされた右腕の、借りを返しに行く。
過去の恨みを晴らすというより、未来に進むための清算をする……そんな感じだったけど。
「多分、ジェラードさんも『世界の声』を聞いているはずですよね。
……あれを聞いて、どう思ったんでしょうね?」
エミリアさんが焚き火を眺めながら、そんなことを呟いた。
そういえば、その観点は無かったかもしれない。
今までは敵対した王様たちや、無関係だった人ばかりのことを思い描いていた。
しかし私たちがここまで旅をして、今まで好意的に接してくれた人にも、あの『世界の声』は届いているはずなのだ。
例えばジェラード、例えばテレーゼさん、例えばヴィオラさん、例えばアドルフさん――
「……再会したとき、何て言われちゃいますかね……?」
「そうですね……。
やっぱり、『アイナさんだし』みたいな感じじゃないですか?」
エミリアさんは、悪戯っぽい感じでそう答えた。
まぁまぁ、それは否定はできないけど――
「あはは……。
……でも、みんなに会いたいなぁ……」
「大丈夫です、きっと会えますよ。だから、楽しみにしていましょうね」
「その通りです、アイナ様。今を越えればきっと――」
……きっと、そのときが来る。
うん、そうなれば嬉しい限りだ。
――いや、私たちはそうしなければいけないのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……ん?」
焚火にあたりながら、引き続きぼーっと時間を過ごしていると、私の足元に何かが寄ってきた。
それは透明な、ゼリー状のものだった。
「……あ、スライムですね」
私が足元を見ていると、エミリアさんもそれを覗き込みながらそう言った。
「おぉ……、スライムですか……。
私、実物を見るのは初めてです!」
「そうなんですか? 普通はあまり意識しませんからね」
「アイナ様、倒しますか?」
……おっと、ルークにとっては倒す対象なのか。
攻撃されるならさっさと倒すところだけど、何だか可愛いし、人畜無害な感じがするし……。
「スライムって、倒さないとダメなもの?」
「いえ。このスライムでしたら問題ありません。
中には毒や酸を吐くものもいるので、そういったものは危険なのですが」
「いろいろ種類があるんだね……。
害が無いならこのままで良いんじゃない? この子も頑張って生きているんだろうし」
このスライムには『頑張る』という概念が無いかもしれない。
……いや、多分無いだろう。というか、何も考えてないだろう。本能の赴くまま生きているって感じだろうし。
だからこそ、最近いろいろと考えすぎる私にとっては、それが何とも羨ましく、そして愛おしかった。
そんな存在を、気軽に倒してしまえるわけは無いのだ。
「――ふふふ。可愛い♪」
私がそのスライムを指で|突《つつ》いていると、エミリアさんも一緒に|突《つつ》き始めた。
「あはは♪ 確かに、可愛いですね」
「ですよねー」
その後も私たちは微笑ましくスライムを|突《つつ》いていたが、ルークはその光景を優しく眺めているだけだった。
さすがにルークが|突《つつ》き始めたら、弱い者いじめに見えてしまうかもしれない。
……それならまぁ、眺めているだけというのも仕方が無いか。
そんなことを考えながら、私はいつの間にか口元を緩ませてしまっていた。