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十七
ルアレのスローインが入った。敵6番が受けた。ヴァルサ3番は、背中からプレッシャーを掛けている。位置はヴァルサ陣地側の深いところで、一つ間違えれば失点も免れない状況だった。
6番がふわりと右でボールを掬った。ドリブル方向はヴァルサのゴール側である。3番は即座に追い足を出した。
しかし6番のクロスは防げない。高い弾道のボールは、十人弱がひしめくゴール前へと飛ぶ。
「キーパー!」神白はぴしゃりと叫んで、ゴールポストから離れた。真上に大きくジャンプし、両手でキャッチする。
まだ空中の神白は前方に目をやった。敵もカウンターを警戒している様子で、ヴァルサの全選手ともマークはしっかり付いていた。
(よし! やってやる!)決断した神白は着地した。すぐにボールを右前に転がし、自分で追い掛けていく。
ぎょっとした顔でオルフィノが寄せてきた。
(オルフィノのディフェンス能力はルアレ最弱! なら!)
神白は覚悟を決めて、ドリブルしている右でボールを引いた。そのまま身体を時計回りに回転。その途中に左の足裏で転がした。マルセイユ・ルーレットである。
オルフィノを突破し、神白はドリブルを続ける。すぐに7番が寄せてきた。神白は蹴り真似を入れてから、右の5番にパスした。
5番、大きく前に蹴り7番を抜いた。8番がフォローに来るが、左方のレオンに簡単にはたく。
「一点取ってくる!」レオンは気丈に言い放ち、ドリブルを開始した。
4番が詰めてきた。レオン、右、左と両足でリズミカルにボールを動かし、難なく躱した。突破後、わずかにタッチが大きくなり、3番が左足を出してきた。
ちょんっとレオンはボールを浮かした。3番の足を避けて、自らもその上を跳ぶ。
「レオン!」左方では天馬が守備の裏への飛び出しを狙っている。モンドラゴンは天馬のケアで動けない。
2番が立ちはだかった。レオンはすうっと直立姿勢になり、突如、左足外側でボールを動かした。
2番の重心が移動した。次の瞬間、レオンは同じ足で逆に出した。この間、およそ〇・三秒。
(エラシコか! レオンのは初めて見たな。ったく、本当に何でもできるんだな!)
神白は興奮を覚えつつ、ディフェンス後方に引いていた。2番が転倒し、残すはキーパーのみとなる。
モンドラゴンが詰めていく。だが遅い。レオンは左足をバックスイングして撃った。
地を這うシュートがゴールを襲う。キーパー、跳ぶが掠りもしない。
ボールはポストをわずかに掠め、ネットに突き刺さった。
レオンは走り出した。煽るような風に両腕を左右に開いている。吠えるかのように口は大きく開かれており、力強い瞳と相まって歓喜と興奮を感じさせる。
(よしっ! 同点! こっからだ!)喜びに沸くレオンを見ながら、神白はぐっと拳を握り込んだ。
十八
後半も半分ほどを消化した。スコアに動きはなく、両チームは一進一退の攻防を繰り広げていた。
ルアレはボールを緩やかに回し、中に絞ったモンドラゴンが受けた。
「モンドラゴン!」高い声で叫び、オルフィノが駆け出した。しかしアリウムもきっちりマークしている。
右足をテイクバックし、モンドラゴンはキックした。パスは大きな弧を描き、オルフィノとアリウムの進行方向に飛んでいく。
「取れるぞアリウム!」神白は端的に指示した。オルフィノに従いていきつつ、アリウムは跳躍した。
しかし、ぐらり。ボールは不自然な軌道で落ちた。アリウムの頭は当たらず、空振りに終わる。
「ナーイス・パス♪ やっぱりモンドラゴンは良い仕事するよね」
気安い調子で呟きつつ、オルフィノはいとも簡単にトラップした。
(無回転のボールをパスに使うかよ! どれだけ多彩なキックを持ってるんだ?)神白は驚嘆しつつ、「李!」と6番に声を飛ばす。
6番がオルフィノに向かい合った。後方には暁が控えており、一度体勢を崩したアリウムもダッシュで引いている最中だった。
「ふんふん、ちょっとずつ僕のプレーに対応できるようになってきたんだ。偉い偉い。でもでもこれでどうかなっ」
歌うかのように愉快げに言うと、オルフィノはすっとボールを引いた。爪先で救い上げると、甲で頭の高さまで持っていく。
(なっ!)神白は絶句した。オルフィノはちょんちょんと、額でボールを突きながら移動を始めた。ボールの浮く高さは十センチ少しで、アザラシの曲芸のようだった。
面食らった6番だが、どうにか従いていく。しかしボールを奪う取っ掛かりがない。
結果、オルフィノと並走はしていても進行は止められていない。
オルフィノのゴールへの接近を許し、暁が前に出た。奪取はできずとも撃たさないように、細かなステップで対応する。
「それでどうにかなると思った? 甘いんだよね」生意気な語調のオルフィノは、ポンッとボールを後ろに落とした。
神白は困惑した。次の瞬間、オルフィノの背中からふわりとボールが出てきた。
(踵! しまっ──)神白が悔いる間にも、ボールは空中を行く。やがて、カン。ボールはクロスバー下部に当たり、ゴールラインを割った。
「やったぁ!」無邪気に歓声を上げ、オルフィノは自陣へと走り始めた。ルアレのメンバーが近寄り、身体を叩いて祝福している。
(嘘だろ、何だよ今の。もはや曲芸──)神白は呆然とするあまり動けなかった。一対二、オルフィノの天衣無縫のプレーにより、ヴァルサは勝ち越しを許した。