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文化祭の体育館は、人でいっぱいだった。
照明に照らされた舞台の上、僕はギターを抱えて椅子に座っていた。
客席のざわめきが波みたいに押し寄せてくる。
目の前のマイクが、やけに大きく感じられた。
「大丈夫か?」隣で若井が小声で訊く。
「……大丈夫、大丈夫だから」
そう答えたつもりだったのに、声が震えていた。
リハーサルではちゃんと弾けたはずなのに、
本番の空気はまるで違う。
視線が何百も突き刺さるように感じて、手のひらに汗が滲む。
僕は必死に弦を押さえるけれど、
イントロの最初のコードを弾いた瞬間、指がわずかに滑った。
音がかすかにずれる。
客席の前列にいた誰かが顔を上げた。
その反応が胸に刺さって、心臓が早鐘みたいに鳴り始める。
「……っ」
気づけば視界が滲んでいた。
止めようとしても涙がこぼれ、ギターを弾く手が震える。
音はどんどん乱れて、僕の耳にさえまともに届かなくなっていった。
そのとき、後ろからフルートの音が流れた。
透明でまっすぐな旋律が、僕の乱れたコードに寄り添うように響く。
涼ちゃんだった。
僕は顔を上げる。
金髪が照明を受けて光って、彼がこちらを見ていた。
視線はやわらかくて、
まるで「大丈夫、僕がいるよ」と言っているみたいだった。
横では若井が、低い音でリズムを支えてくれている。
僕の間違いを隠すように、包み込むように。
「ほら、戻ってこいよ」っていう無言のメッセージを込めながら。
胸がいっぱいになって、涙が止まらなかった。
でも、不思議と指は動いてくれた。
二人の音に導かれるように、僕の音も少しずつ形を取り戻していく。
最後のフレーズが終わると、客席から大きな拍手が起こった。
泣き顔のまま立ち尽くす僕に、涼ちゃんがそっとハンカチを差し出してくれた。
「元貴、よく頑張ったね。
……泣きながらでも、ちゃんと弾けたよ」
その声が、耳に染みこんで離れなかった。
楽屋に戻ると、若井が僕の肩を叩いて笑った。
「なーに泣いてんだよ、バカ。でもまあ……かっこよかったぜ」
そう言われてまた涙が出て、
涼ちゃんと若井の前で、僕は子どもみたいに泣き崩れた。
けれど、その涙は悔しさだけじゃなくて、
二人が支えてくれたことへの安堵と、
どうしようもないほどの嬉しさが混じった涙だった。