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文化祭の舞台が終わったあとも、拍手の音は耳の奥に残っていた。
楽屋から出るとき、
まだ心臓がドキドキしていて、涙で濡れた目元を拭いても、
赤みはなかなか消えなかった。
「おい、元貴。まだ泣いてんのかよ」
体育館の裏口に出ると、若井が壁にもたれて待っていた。
夕焼けの光が差し込んで、彼の影が長く伸びている。
「……だって、悔しいし、情けないし」
「はは。まあ、確かに途中はグダグダだったな」
「若井!」と声を上げると、彼はニヤリと笑った。
「でもさ、最後まで弾いたのは本当にすごいと思う。
俺だったら、あんなに泣きながらは続けられねぇよ。
お前のそういうとこ、ちょっと尊敬する」
意外な言葉に胸が熱くなる。
「……ほんと?」
「ほんとだって。俺ら、ガキの頃から一緒だろ?
お前がどんな奴か、俺が一番知ってんだよ」
不意に、安心で胸の奥がほどけた。
ずっと隣にいた幼馴染の声は、やっぱり僕にとって特別だった。
そのあと、昇降口のほうに行くと、
涼ちゃんが楽器ケースを抱えて立っていた。
「元貴、お疲れさま。……大丈夫?」
「うん。泣きすぎて恥ずかしいけど」
彼はふっと笑った。
「泣くって、弱さじゃないんだよ。
必死にやった証拠。僕はそう思う」
その優しい声に、胸がじんと温かくなる。
「途中で、涼ちゃんの音が聞こえて…
…それで、なんとか戻れたんだ」
「僕も、弾き続ける元貴に助けられたよ」
涼ちゃんは窓の外を見上げて、夕焼けを映した瞳でぽつりとつぶやいた。
「舞台の音って、消えてしまうものだけどさ。
あの瞬間だけは、僕ら三人の音が確かに一緒に響いてた。
それが嬉しい」
その言葉に、僕の胸はいっぱいになった。
夜、校門の近くで三人が集まった。
屋台の灯りがぽつぽつ残っていて、遠くから笑い声が聞こえる。
若井がジュースの缶を差し出してきた。
「ほら、打ち上げってことで」
僕と涼ちゃんは笑ってそれを受け取った。
「なんだかんだで、いい文化祭になったね」涼ちゃんが言う。
「そーだな。元貴が泣き虫すぎて笑えたけど」若井が茶化す。
「うるさい」って返しながらも、なんだかその言葉が心地よかった。
三人で他愛もなく話す時間。
舞台で感じた緊張も、涙の記憶も、少しずつやわらかく溶けていく。
缶の冷たさを手に感じながら、僕は思った。
——これからも、きっと何度も壁にぶつかるだろう。
でも、こうして支えてくれる二人がいるなら、どんな舞台でも立てる。
夜風が吹き抜けて、金髪の涼ちゃんがふわりと揺れる。
その光景が、僕の目に焼きついた。