テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
闇に入ってから、時間の感覚が壊れた。
どれくらい歩いたのか、
どれくらい沈んだのか、
もう分からない。
でも、
違和感だけは確かだった。
(いむくん視点)
「……初兎ちゃん」
呼ぶたびに、
声が少し遅れて返ってくる。
「なに?」
優しい声。
でも、
どこか遠い。
「さっきから、
ちょっと静かじゃない?」
そう言うと、
初兎ちゃんは一瞬だけ黙った。
「……気のせいだよ」
その言い方で、
全部分かった。
――嘘だ。
最初に気づいたのは、
影だった。
二人並んでいるはずなのに、
影が一つしかない。
「初兎ちゃん……影」
言いかけて、
言葉を飲み込む。
気づいてほしくなかった。
でも、
気づいてほしかった。
初兎ちゃんは、
ゆっくり自分の手を見下ろした。
「……ああ」
小さく、納得したように息を吐く。
「やっぱり、始まってたか。 」
⸻
「なにが……?」
声が震える。
初兎ちゃんは、
僕を見て笑った。
あまりにも穏やかで、
胸が痛くなる笑顔。
「闇はね、
平等じゃない」
その言葉を、
前にも聞いた気がした。
「二人で来ると、
どっちかが深く沈む」
「……じゃあ、
僕が」
即座に言いかけて、
遮られる。
「違う」
初兎くんの声は、
はっきりしていた。
「もう決まってる」
⸻
触れようとして、
指先が――すり抜けた。
「……っ」
息が詰まる。
振り返ると、
彼の輪郭が、
わずかに滲んでいた。
存在が、
世界に固定されていない。
「いむくん…」
初兎ちゃんが、
初めて“名前を呼ぶためだけに”に
声を出した。
「君のせいじゃない」
「違う、
僕が連れてきたんだ……!」
「違う」
首を振る。
「君は、
僕を1人にしなかった。 」
その言葉が、
一番苦しかった。
⸻
「ねえ、
覚えてて」
初兎ちゃんは、
必死に平静を保ちながら言う。
「俺が消えるのは、
罰じゃない」
「……やだ」
「救いでもない」
一歩、
後ろに下がる。
闇が、
彼の足を引いていく。
「俺は、
闇になろうとした人間だった」
「でも君は――」
言葉を切る。
「闇に、
居場所を見つけた」
それは、
祝福みたいな言葉だった。
⸻
「初兎ちゃん……!」
声が、
壊れる。
「一緒に堕ちるって、
言っただろ……!」
初兎ちゃんは、
少し困ったように笑った。
「それ、
守れなくてごめん」
そして、
最後に。
「……生きろ、とは言わない」
その優しさが、
何より残酷だった。
闇が、
彼を包む。
輪郭が、
完全に溶けていく。
最後まで、
彼は目を逸らさなかった。
⸻
気づいたら、
そこには僕だけが立っていた。
闇は、
何も変わらない。
冷たくて、
静かで、
拒まない。
「……初兎ちゃん」
名前だけが、
空間に落ちる。
返事は、
なかった。
ここで、
物語は“消失”へと完全に分岐する。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!