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「あと二十二時間で月が落ちる」
黒いワープゲートを通して会議室に入ってきた女が言った。マスクで顔を覆った、リシェルを十年分成長させたような容姿の女だ。
「月は隕石世界の輪を押し広げながら堕ちてくる。この世界は灰燼と帰すだろうね」
他人事のように女が告げた。
リシェルがムスッとした顔で言う。
「何で貴方がそれを伝えに来るんですか、ヴィヴィアン」
「アラン様の望みはエンターテイメント。何も知らずに寝ているうちに月が落ちて破滅というのも、絵面が地味で困るんだ。契約者様は人類がわずかな希望に縋り、必死に足掻くさまを見たいそうだよ」
「違います。訊いてるのはそこじゃなくて。何でメッセンジャーが貴方なんですか?」
「……だって、アラン様が出向いたら、そこの彼が殴るから」
ヴィヴィアンが目線で俺を指す。
「あんまりポンポン三階から突き落とされると、アラン様も死んじゃうよ。あの人、身体の頑丈さは一般人と変わらないからね」
俺は顎に手をあてて考え込む。
――二十二時間か。
ヴィヴィアンから、大体の話は聞いた。アラン・スミスが提案していた怨霊で月を粉砕するプランが既に実行不可能になったことは知っている。
現状、俺たちに月に対抗する手段はない。
俺はヴィヴィアンに向く。
「お前、何かヒントを預かってないのか?」
「うん?」
「俺たちが途方に暮れたまま世界が滅亡しても、それはそれで、契約者様とやらが望むエンタメにならないだろ?」
「……ヒントは出すように言われてる」
「いや、それ早く言えよ」
「……もうやった」
「あ?」
「……この会議室に入るとき、私、ワープゲートを使って出てきたでしょ? ああして入れってのがアラン様の指示。それで何を伝えたいのかは、私も知らないけど」
ワープを見せるのが、月衝突の打開策のヒント。
どういう意味だ?
「わかった!」
声を上げたのはリシェルだった。
「簡単なことじゃないですか! 月が衝突する前に、隕石世界の光輪を閉じればいいんです! 月は向こうの世界で勝手に地球に衝突するだけです!」
悪くない考えに見える。むしろなぜ今まで思いつかなかったのか。
ヴィヴィアンは首を横に振る。
「あの光輪は閉じれない。あれは扉というより裂傷だからね。ワープ系魔術を使える専門家の意見として、信じてくれていいよ」
「……お前がどの立場で言ってんのか意味不明だが……まあ、そうなんだろうな」
もし簡単に閉じれるなら、各王国はとっくに光輪を閉じて、ギャングやらエイリアンやらがそれ以上入って来ないようにしただろう。
リシェルは首をひねって考えた後、また閃いた顔をした。
「だったら逆に光輪を増やすのはどうでしょう?」
リシェルがホワイトボードに図をさらさらと書いていく。
「あの光輪って双方向ですよね?」
「まあ、お前が行って帰ってきてるんだからそうだろうよ」
「だったら、月が落下する地点の下にもう一つゲートがあればいいんですよ。上のゲートから入ってきた月が、私たちの世界を素通りする構造を作るんです」
リシェルは自信満々の顔で胸を張る
だがヴィヴィアンは首を振った。
「……さっきよりは良い案だよ。無理だけど」
彼女はスマホを操作する。
空中に現状のカストレア王国の光輪の映像が浮かび上がった。
リシェルが目を丸くする。
「ホログラム? 姉さまのスマホ、私のより性能いいじゃないですか。なんかズルい!」
「……知らないよ」
「あれ? この光輪なんか大きくないですか?」
「うん、光輪は縁に物理的な衝撃を受けると拡張するんだ。今、カストレアの光輪は隕石にボコボコにぶつかられ、直径四キロメートルまで大きくなった」
「光輪って、魔術師たちが描いた円の上に出ましたよね?」
「そうだよ。だから、君の案を通したいなら、直径四キロの円を描いて、超巨大光輪を受け皿にすることになる」
直径四キロメートルの超巨大魔方陣。
儀式というより、土木工事のイメージだろう。
ヴィヴィアンがため息をつく。
「わかるでしょ? 残り二十二時間じゃ無理なんだよ。わずかな歪みも許されない真円じゃないと儀式は失敗するんだ」
「円を書く素材は何でもいいのか?」
「まあ、それは好きにしていいはずだよ? インクでもチョークでも」
「ゾンビたちが手を繋いで作った円陣でも?」
ヴィヴィアンが目を見開く。
「……あなたの発想もとんでもないね」
「ゾンビ軍団を引き連れて、瓦礫や隕石をどかしながら、彼らの身体で円をつくる。これなら一日でも何とかなるんじゃないか? 隕石世界は隣国だし、間に合うかもしれないぜ?」
「不可能じゃない。でも成功率は高くないと思う」
「具体的には何パーセントと見る?」
「君たちが準備している間にも、隕石は降り注ぐんだ。円を組もうとした先からゾンビ軍団は吹き飛ばされる。運よく切り抜けられる確率は……せいぜい一パーセント」
「よし、じゃあ行くか」
ヴィヴィアンが理解できないという顔をする。
「行くの? 成功率は一パーセントなんだよ?」
「そりゃ、一パーセントで世界が救えるなら、行くだろ」
「君ならわかるでしょ? ゲートは双方向。君には月が衝突する前に、ゾンビ世界に逃げる選択肢がある。君なら向こうの世界で生きていけるよね?」
俺とリシェルは顔を見合わせ、ほとんど同時にお互いを指さした。
「俺、こいつを魔王にするって言っちゃったんだよ」
「私、カイルさんは世界を救う勇者になるって言ったので」
リシェルが、仕方ないよねと言わんばかりの顔をしている。俺の顔も似たようなものだろう。
ヴィヴィアンが眉根を寄せ、助けを求めるように視線を迷わせる。たまたま目があったメリーさんに、こめかみの横で人差し指をクルクル回して合図する。メリーさんは頷く。おい、それは何のジェスチャーだ。
「……君たちは嫌いじゃない……でも残念。今、一パーセントの確率は、さらに半分になった……ここにきて、さらに時間を潰すなんてね」
「あ? ……それってどういう?」
「君はもう少し、察知能力を磨いた方がいいよ」
突如、空気が裂けた。
爆発音とともに、会議室の外壁が吹き飛び、俺たちは廊下側に吹き飛ばされた。
人型の何かが降り立つ。
身長は三メートル近い。
全身が黒と銀だ。金属とも骨ともつかない装甲が顔も覆っているが、薄い膜の下に目や口の気配を感じさせる。
瞬間、俺は頭をつかまれ、石壁に叩きつけられた。
人間の膂力じゃない。俺の頭蓋骨は砕け、血しぶきともに脳の中身を壁に広げた。
リシェルが異形に向かって言う。
「どの世界のお客様ですか?」
「私かい? 私はムー。君たちの言語で言えばエイリアンさ。まあ、そう構えないでくれ。話を聞きに来ただけさ」
「話を聞きに来た? 人の頭を潰しておいて?」
リシェルが俺を指さして言う。
ムーがやれやれと首を振る。
「ただの人類に用はない。私の仕事は調査だ。第二皇子と交戦中の仲間から、この世界の人類を侮るなと警告が出てね。特別な力を持つ人間を探していたんだ。アゼルと同じ気配がする君たちには……」
土煙の中に身を隠しつつ、俺はムーに斬りかかった。
その頭にナイフを突き立てるが、全然刺さらない。むしろナイフの刃が粉々に砕け散った。
俺は舌打ちする。
「……堅すぎだろ」
宙を舞う鉄の破片越しに、ムーと目が合う。
黒い装甲越しでも分かる。
ムーが俺を見て一瞬驚き、そして、笑った。
半分吹き飛んだまま、再生中の俺の頭は、そんなに面白かったろうか。
「悪いが早めに死んでくれ、こっちはちょっと急ぎなんだよ」
「それは困る、私は今、君に用事ができたところなのに」
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