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俺とムーの殴り合いは何も進展しなかった。
そりゃそうだ。超装甲のエイリアンと死なないゾンビ。絶対防御バーサス無限再生のマラソンバトル。数分殴りあってるだけで、お互い不毛さに気づいてきた。
「……時間がねえんだよ、こっちは」
リシェルが貸してくれたピストルの弾をぶち当てる。ムーの装甲にはわずかな罅が入っただけだ。その罅もすぐに再生していく。
「……やってらんねえ」
「そうだね。私も遊びに来たわけじゃない。そっちの二人は連れ帰らないと……って、あれ?」
ムーの目的、二人の皇子が一人になっていた。
ヴィヴィアンの奴、メッセンジャーの用が終わったから逃げたらしい。
ムーが嘆息する。
「ま、仕方ないか。ワープ能力持ちなら、最初から生け捕りは難しかったろう」
ムーが崩れた外壁から外へ飛び立ち、空に舞い上がる。
どういう原理かしらないが、宙に浮かんだまま、こちらを見下ろしている。
「逃げんのかよ」
「白兵戦に飽きただけさ」
はるか空の彼方から、黒い影が一つ、また一つと現れる。
最初は星の瞬きのように小さく見えたそれが、次の瞬間には金属の円盤へと形を変えた。
銀と黒で構成された無機質な船体が空を侵食していく。
円盤は一隻では終わらなかった。十、二十、五十、百。
数える暇もないほど、次々と空を埋め尽くしていく。
ムーはその中心で、ただ静かに浮かんでいた。
「君たちの底が知れた時点で、調査は終わりなんだよ。君は無限の再生能力。そっちの彼女は、道具を出し入れする能力かな? 正直、アゼルと比較して脅威でもないね」
ムーが言い終えた瞬間、彼の戦艦が数隻、爆散した。
「……は?」
ムーはただ、それだけしか言えなかった。
細い軌跡を引く金属の群れが、群体のように円盤へと群がってきた。
小型の飛翔体――人間の兵器だ。
自律制御された戦闘ヘリが、ロケットランチャーの絨毯爆撃を円盤に食らわせた。一点集中した散弾が装甲を穿ち、円盤の内部で連鎖爆発を起こす。
轟音。
閃光。
破片の雨。
被弾した円盤が炎に包まれ、黒煙を引いて墜ちていく。
俺の背後で、リシェルがドヤ顔で腕を組んでいた。
「いや待て、何だあれ?」
「全自動無人戦闘機というそうです! ゾンビ世界で拾ってきました!」
「……お前、ヤバいな」
「カイルさんが舐めすぎなんですよ。私だってアゼル兄様たちと同じ、侵略者に対抗しうる脅威なんですから」
リシェルはにっこりと笑ってみせた。
「……小賢しい」
ムーは廃墟の街を見下ろしながら、ほんの少し、イラついていた。
――小型船しか使えないのがもどかしいな。
今、別部隊がこの世界へ続く光輪の縁を広げている最中だ。主力艦隊は、あの小さな輪をくぐれず、世界の外側にいる。
――あの船さえ来れば――。
――あと数刻、あと数刻で、私の主力艦が通れるほどの光輪が開く。主力艦さえくれば、アゼルも、この程度の下等生物も、全員蹴散らしてやれるのに。
その瞬間、ムーの耳元でピピッと電信音がした。
ムーが耳をさする。
「ガロンか。すまない、定期連絡が遅れたな。少し捕獲対象がしぶといんだ。……いや、ちょうどいい、君もこっちに来て手伝って……」
通信先からは同僚ではなく、聞きなれない少女の声がした。
「『私メリー、今あなたの後ろにいるの』」
金髪の少女に首を抱かれたカイルが、ムーの後頭部にショットガンを向けていた。
ムーはとっさに反応しようとするが、青白い手に止められる。いつの間にか、彼の腕にゾンビがまとわりついている。
ゼロ距離の発砲。銃身が跳ね上がる。ムーの頭部の装甲に、これまでにない大きな亀裂が浮かび上がった。
「大体わかった。お前さては、世界の混ざりに慣れてねえな?」
「ッ! 図に乗るなよ! 下等生物が!」
ムーが落下していくカイルと少女に爪を伸ばす。
「……私メリー、今王国広場にいるの」
少女がスマホの電話口に言う。
ムーの爪がカイルの腹を貫く直前、その姿が消えた。
ムーが周りを見渡すと、カイルと少女はいつの間にか、百メートルは先の広場にいた。
「……馬鹿な、あの距離を一瞬で?」
――瞬間移動の能力?
――発動条件は相手が通信に応じること?
「……何だというんだ、どいつもこいつも」
あの少年の再生能力もそうだ。アゼルや王国の魔術師――この世界の人類がもつ特殊能力とも、明らかに毛色が違う――宇宙全域を見渡しても見たことがない、未知の何か。
底知れぬ不気味さが、ムーの心の深奥を揺らす。
やがて、恐れと苛立ちはムーの中で一つになる。
「うん、全部灰にすればいい」
調査の使命など、もう関係ない。
時間は十分に経った。条件は整っている。
ムーは両手で顔を覆った。
「今なら、呼べる」
ムーは空に向けて両手を広げる。
「アゼルも、奴の飛行船艦隊も、君たちも……すべてが終わりさ」
突如、世界が闇に落ちた。
夜になったのではない。雲のさらに上から、巨大な影が降りてくる。
最初はただの暗闇に見えたそれが、ゆっくりと輪郭を持ちはじめる。
「薙ぎ払え、イクリプス」
ムーが静かに言った。
それは、あまりにも巨大な戦艦だった
アストリア王都を陰で丸ごと覆うほどの、とてつもない大きさの船体が、空を押し潰していく。
戦艦に内蔵されていた無数の砲門が、機械的に展開した。
音もなく、光の線が引かれていく。
青白い光の帯が空を横断し、リシェルのドローン群を触れただけで消し飛ばしていく。
爆発は起きなかった。存在そのものが削り取られたかのように、機体が消える。鉄くずどころが、塵の一つも残らない。
余波が地上に降り注ぐ。
遠方の山が、斜めに断ち切られる。
遅れて、轟音が響き渡る。
崩れた岩塊が雲のように広がり、地形そのものが書き換えられる。
続いて、王都の北部が蒸発した。
石も鉄も、影も音も残さず消える。
熱風が王都をなぎ払い、廃墟の壁を吹き飛ばした。
「ヤバいヤバいヤバいですって!」
リシェルが叫ぶ。
光線の一部は、カイルたちのいた一角にも届いていた。間一髪で爆炎から逃れる。レーザーの軌道があと少し逸れていたら、反応もできず即死だったろう。
レーザー砲は山岳部や王都を狙ったわけでもない。
リシェルのドローンを打ち落とすついででこうなっただけだ。
虫を叩き潰そうとして、たまたま、強く叩いてしまっただけ。
「……噓でしょ」
リシェルのドローンは、一つ残らず消滅していた。ストックはもうない。
ただ、あっても意味がないだろう。
あの大戦艦に近づけたところで、銃弾を当てられる気はしない。よしんば当てられたとしても、ダメージが通るはずもない。
「……マジか」
カイルも肩を落とし、地面にへたり込んだ。
うつむいたまま、独り言のように言う。
「……希望は、用意されてると思ってた」
「……いや、希望なんてないですよ。あれはムリです。私もゾンビ軍団も消し炭です」
「絶望の中、わずかな希望を信じて足掻く人類こそがエンターテイメント。それが契約者様とやらの考えだ。だからアラン・スミスは、人類に生き残る術を用意するとは思ってた」
「……ですから、もう終わりなんですよ、人類」
「急にエイリアンが襲って来たと思ったら、全部アラン・スミスの仕込みかよ。ムーも多分、知らないうちに、ここに来るよう誘導されてたんだろうな」
「……アラン・スミスの仕込み? 何の話ですか?」
「たった一つの、希望の話さ」
顔を上げたカイルは、笑っていた。
巨大戦艦を指さす。
「あれ、だいたい直径四キロある」