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#19 触れてしまった希望
加奈は潔癖症だった。ドアノブに触れた指先の感触が消えるまで、何度も石けんで洗わずにはいられない。通学路の手すりは避け、席に着く前には机を拭く。世界はいつも、触れてはいけないものに満ちているように見えた。
そんな加奈の隣の席に、春から悠斗が来た。彼は細かいことを気にしない。消しゴムを落としても平然と拾い、笑って使う。加奈はそれを見るたび、胸がざわついたが、同時に不思議と責める気持ちにはならなかった。
ある雨の日、保健室の前で加奈は立ち尽くした。転んだ友だちを支えたいのに、血と泥の匂いに足がすくむ。悠斗が気づき、黙って手袋を差し出した。「無理しなくていい。できるところだけでいいんだ」
加奈は深呼吸をし、手袋をはめた。世界は怖かったが、完全に拒む必要はないと、そのとき初めて思えた。処置が終わり、友だちは泣き笑いで礼を言った。
帰り道、雨は上がり、雲の切れ目から光が差した。加奈は悠斗に向き合い、言葉を探した。潔癖症は消えない。でも、逃げ続けない約束ならできる。
「一緒に少しずつでいいから、前に進もう。守れることは守って、助け合おう。約束だよ、ピーポー」
悠斗は目を丸くしてから、うなずいた。加奈は手を洗う回数が減ることはないと知っている。それでも、触れてもいい未来があると信じられるようになった。それが、二人の小さな約束だった。
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