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丁度良い大きさの岩に腰を下ろすと、獣たちの長が静かに集まってきた。
雪のような白い毛並みを持つ白狐に、。青灰色の毛を持つウルフの長。そして、黒曜石のように深い黒毛に覆われたウルフの長だ。
彼らの視線が一斉に向けられる中、ようやく本題に入れるとホッとする。
「まずは先程までの非礼を詫びよう。俺は遥か西の森でこいつ等の長をしている。ここには|金の鬣《きんのたてがみ》と人間たちから逃れてきた」
「うむ。西の奴等が我等の縄張りに無断で侵入してきた。力ずくで追い返すことも考えたが、理由を聞いて一時休戦としたのだ」
「ちょ……ちょっと待ってくれ」
「何か?」
「お前、名前は?」
「ないが?」
首を傾げる漆黒のウルフ。
どちらもウルフ族で族長。名前がなく、違うのは毛色だけである。
「まず名前を決めてくれ。何かを伝えるにしても解り辛い……。色で呼ぶというのも気が引ける」
「別に構わぬが……」
「どうする?」
二匹の族長は顔を見合わせると、自分の名を決める為悩み始める。
それがそのまま五分程。長い……長すぎる。
カガリからは大きな欠伸。その場に伏せって完璧に寝る体勢だ。
「まだ決まらないのか?」
「そうは言っても九条殿。名前を決める習性などない我らにそのようなことを言われても……」
「わかった。じゃあ俺が勝手に決めるぞ?」
族長達はまたしても顔を見合わせ、頷いた。
「「うむ」」
「よし。名前は今回限りだ。話が終わり、その問題というのが解決したら忘れてもらって構わない」
「「了解した」」
「じゃあ、まずお前だ。お前は毛が闇のように黒く、瞳が星のように黄色いからコクセイ」
「コクセイ……コクセイ……。……よし覚えた」
「で次は族長。お前は毛が蒼と白で分かれていて、荒れた海の波涛のように見えるからワダツミ――でどうだ?」
「ワダツミ……。了解だ」
二匹のウルフはそれぞれ自分の名を覚えると、力強く頷く。
「九条殿。我は? 我は?」
「お前は白狐だろ?」
「そうじゃけども……」
耳を伏せ、目を細める白狐。その表情から、気を落としているようにも見える。
だが――今回の名はあくまで臨時のものだ。ややこしくなるのも面倒なので、しばらくは今のままで我慢してもらおう。
「名前も決まったところで話を進めたいんだが、途中に出てきた金の……なんとかってやつはなんだ?」
「|金の鬣《きんのたてがみ》だ」
「それはなんだ?」
「なんだと言われても……。魔獣なのだが……」
ハッキリとしない態度の俺に業を煮やしたのか、コクセイは事の経緯から語ってくれた。
「少し前の話だ。遥か西の森。そこには誰も住んでいない荒れた洞窟があった。そこから突如出現したのが|金の鬣《きんのたてがみ》だ。そこは俺たちの縄張り。果敢に挑んだのだが、俺たちだけでは、手も足も出なかった。しばらくすると人間たちも|金の鬣《きんのたてがみ》の存在に気付き、討伐隊を差し向けてきたのだ。それに巻き込まれては堪らんと東へと逃げ延びたのだが、逃げた先で人間たちに追われる羽目になった。先の争いで手負いだった俺たちは、そこからも逃げる他なかった……」
「なるほど。それで現在に至ると」
「この森は安全だと聞いたのだ……」
確かに、この辺りは禁猟区。ウルフ族とキツネ族は互いに手を取り合い共存していて、村を襲わなければこちらも手出しはしないという約束になっている。
それは村のギルドでも周知されていて、ウルフ狩りの依頼は門前払いにされるはず。
「コクセイたちを追って来ている人間が、ここのルールを知らないってことだな?」
「このままでは白狐やワダツミたちに迷惑をかける事になる……。だから、その人間たちをどうにかしてほしいのだ。|金の鬣《きんのたてがみ》がいなくなるまででいい。しばらくすれば人間たちが討伐を果たすだろう。奴さえいなくなれば、俺たちは元の森へと帰る事が出来る」
「追ってきている人間達というのはどれくらいだ?」
「確認できただけでも二十ほどだ……」
「ウルフ狩りで二十人!? 多すぎやしないか? まさか、お前たち――人を殺めたのか?」
「いや、人を襲えば報復されることは知っている。|金の鬣《きんのたてがみ》が現れてからというもの、人間どころか作物や家畜を襲う余裕などなかった」
怨みでないとすれば、説得の余地はありそうだ。
「相手に特徴はあるか? 服装とか、武器とか」
「殆どが弓を武器に使っていた。後は腕に緑色の布のような物を巻いている集団だった」
狩りをするのなら弓が順当だろう。気になるのは腕に巻いた緑色の布だが……。
ウルフたちを追い払うだけでは飽き足らず、追って来ているというところが、どうにも引っかかる。
話し合いに応じて、村のルールを順守してくれる奴等だといいのだが……。
やらないという選択肢はない。ワダツミ達には少なからず助けてもらっている。その恩を返せるまたとない機会だ。
「ひとまず話はわかった。出来る限りの手は打とう」
「恩に着る……」
「で、その人間達は後どれくらいでここまで辿り着く?」
「早ければ明日……。遅くても二日後にはこの辺りまで来るだろう」
悠長に悩んでいる暇はなさそうだ。村に匿うことも考えたが、この数は流石に厳しい……。
村人はカガリには慣れているし白狐やキツネたちならば受け入れることは可能だろうが、ウルフとなればそうはいかないだろう。
お互い手出ししないことになっているとはいえ、ウルフは人にとっては危険な獣だ。
考え込む俺を心配そうに見つめる獣たちであったが、匿う場所は意外とあっさり見つかった。
「――そうだ! 丁度いい場所がある。付いてきてくれ」
俺の言葉に表情が明るくなる三匹の族長達。
そして案内した先は、崩れかかった洞窟の入口だ。
「九条殿……。ここは……」
「訳あってここは今、俺の物なんだ。ここなら身を隠すのに最適だろう? 何せ俺の許可がなければ入れないからな」
盗賊達がアジトとして使っていた炭鉱。その奥に繋がっているダンジョンも、今や俺の所有物となっている。
そしてワダツミ達は、そこまでのルートを知っているのだ。
「ワダツミたちには苦い思い出かもしれないが……。どうだ?」
「いや、助かる。ありがとう九条殿」
「そういえばカガリも中に入るのは初めてだったな。ついでに案内しよう」
総勢八十匹にも及ぶ獣達は薄暗い炭鉱へと入って行く。……が、俺の足はすぐに止まった。
「予想より暗い……。何も見えん……」
当然だ。時間は正午より少し日が傾いた程度だが、炭鉱に入るとは思っていなかったため、松明やランタンの類は持ち合わせてはいなかった。
夜目の利くワダツミに案内してもらえばいいか――などと考えていると、急に辺りが優しい光に包まれる。
「”狐火”」
空中を漂う蒼白の炎。ハンドボールほどの大きさのそれはゆらゆらと揺らめき、暗い炭鉱内を明るく照らす。
「魔法……か?」
「我の力じゃ。恐らくは人間の魔法と言われているものとは違うと思う……」
「助かるよ。白狐」
隣へと身を寄せてきた白狐を、優しく撫でる。
そこで俺はハッとした。いつもの癖で白狐をカガリのように扱ってしまったのだ。
すぐにそれに気付き、手を引っ込めた。
「あっ……すまん」
「……いや、構わぬ」
白狐はカガリと違い、その凛とした佇まいから近寄りがたい威厳を感じるのだ。気安く触るなとでも言いたげな雰囲気を、常に纏っている。
なので、許しもなく触ったことに気分を害してしまったかと憂慮したのだが、そんなことはなさそう。
むしろもっと撫でろと言わんばかりに擦り寄って来る。
嫌がらないのならと内心ホッとしながらも、存分に撫でていた。
「それくらい、私にも出来ますけどね!」
カガリの不満そうな声と同時に出現したのは、白狐の狐火と同じ物。
ただでさえ明るいそれが、至る所に浮かび上がる。
その明るさは、カメラを向ければ白飛びしてしまうこと請け合いだ。
「うおっ……まぶし……」
恐らく、機嫌が悪いのは白狐を構い過ぎたのが原因だが、こんなカガリを見るのは初めてだった。
不貞腐れてしまったかと思えば、今度はグイグイと身を寄せる。
その力強さたるや尋常ではない。
「わかった、わかったから! 俺はカガリにもちゃんと感謝してる」
「……ならばよいのです」
溜飲を下げたカガリは一転満足そう。
右手で白狐を撫で、左手でカガリを撫でる。
これがモテ気だろうか? 魔獣ではあるが、一応は女性。
……間違ってはいない。間違ってはいないが、あまりの虚しさに俺は考えるのを止めた。