テラーノベル
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脇田マリが大きく深呼吸する。
その姿を見て、私は彼女なら勝てると確信した。
「初めまして。不倫女さん。不倫女は正妻より格下って本当なんだね。瀬谷愛子さんだっけ? そんなモブ顔で人の容姿をどうこう言えるの?」
「はぁ。目を弄っただけで垢抜けた気になっている人に言われたかないわ。鼻もなおしたら? 小鼻に大豆詰めてるのかと思ったよ」
愛子が人の容姿を批判するのを初めて見た。
彼女の口撃にマリはそっと目を瞑ると小さな溜息をついた後、口を開く。
その時の彼女は弱々しく見えて、世渡り上手な強い女を実は演じているだけのように感じた。
「瀬谷さん、お前も小鼻大きすぎ、鼻の穴に大豆? お前のは発酵した納豆詰めてそうだな」
「はぁ、なにそれ。美香と一緒にいて自分が高めの女になったと思ってる? 美香は、一年前は豚みたいに太って旦那も寝取られた今じゃ恥ずかしい存在だよ」
愛子の言葉に私はヒュウっと胸に冷たい風が吹くのを感じた。
私の事を好きでいてくれたと思ってた親友はもういない。
海斗を寝取った事を人に隠しもせず、私を蔑む材料として使ってくる。
「友達の旦那を寝とった自慢してるの? 彼氏に不倫バラしたらどうなるだろうね。美香のことばっか見て、自分がクズい事してるの気づけよモブが!」
マリが唇を振るわせながら愛子に言い返している。
愛子の言葉の何かが彼女を深く傷つけた。
きっと立っているのもやっとでも、脇田マリは負けない。
「うっせえわ。ブスが。どこ直しても、結局納得いかなくて顔面維持費で破産するよ。ブスは生まれちゃいけないんだよ」
言い捨てるような愛子の言葉と共に、負けじとマリが口を開こうとして喉が詰まって苦しそうにしているのが分かった。
見た目って何なんだろう。
私は確かに自分がそこそこ美人だと自覚していた。
それでも、きっと海斗には『美人は三日で飽きる』の格言の如く飽きられていた。
客観的に見ても私は面白い人間ではない。
脇田マリと話すのは興味深く、彼女の話は聞き入ってしまう。
彼女が元はどんな顔だったなんかどうでも良い。
彼女と友達でいたい、自分自身を変えていっても良いと思える相手だ。
「私が生きてても、あんたに何も迷惑掛けてないじゃない⋯⋯」
明らかにマリの声色が変わる。
詰まった喉から絞り出すような苦しい声。
私が助けなきゃと思うのに何を言ったら良いか分からない。
「迷惑だよ。前は色黒で目がどこにあるか分からない岩石みたいな顔してたよね。今は漂白剤で顔を何とかしてるの? 正直、脇田マリの顔面が気持ち悪過ぎて、試合に身が入らなかったんだけど」
愛子がマリを口撃するのが嫌で仕方ない。
マリは何事もなかったように応戦しているが、全ての言葉に傷ついている。
「愛子、不倫するようなド底辺の女が何言ってるの? 脇田マリはあんたみたいなアバズレと違うから。サシで話そっか」
私は自分でも聞いたことの無いようなドスのきいた声を出していた。
マリはラウンジ嬢とか浮ついた事をやっているような子。
でも、短い付き合いでも彼女が芯のある強い女だとは伝わってくる。
「マリ、今日はありがとね。付き合ってくれて、話を聞いてくれて嬉しかったよ。邪魔が入ったから別の機会にまた話そう」
「美香、大丈夫?」
私は戸惑うようなマリの言葉に深く頷いた。
今、私とダブルスを組んでいるのは愛子ではなくマリ。
愛子は私の背中を刺してくるような女だった。
きっと、彼女はいつだって私を陥れるように暗躍してきた。
今、思い出せば沢山思い当たるところはある。
「大丈夫。久しぶりに同郷の子と会えたんだし、ちゃんと話すよ」
マリは少し心配そうに私を見た後、頷いた。
私が痛いと感じる色々な事から目を背けて来たのは彼女から見れば明白だ。
マリがひらひらと手を振り去っていく。その姿を見て、愛子は口の端をあげニヤリと笑った。
彼女は私を傷つけて討ちのめす算段ができているのだろう。
愛子が私に向き直り、ニコッと笑う。
「美香! あそこの店のパイが美味しいんだって。一緒に行こう!」
何事もなかったように笑う彼女に寒気がした。
「そうだね。それにしても、こんなとこで会うと思わなかったよ。隠れて海斗と関係持ってたのに、よく私と会えたね」
「私は求められたから応じただけだし、別に隠してたつもりはないよ」
悪びれもせず私に微笑み掛ける愛子に寒気がする。
私はどれだけ長い間、彼女を親友だと信じていたのだろう。
自分の愚かさと、その愚かさを笑っていただろう愛子と海斗に吐き気がした。
オープンカフェのテラスに座ると、愛子が肘をついて私の顔をまじまじと見てきた。
「友達出来ないんでしょ。あんな元ブスしか相手してくれないの? 美香って真面目でつまらないし、美人は三日で飽きるの典型だもんね」
愛子はもう私の友達ではない。
彼女の裏切りは今までの綺麗な思い出をかき集めても許せない。
「つまらない私に昔は随分しつこくこびりついてたね」
負けたくなくて背筋を正して言った言葉に愛子が笑う。
水を持ってきたウエイトレスが緊迫した雰囲気に動揺して、あっという間に去っていった。
「だって、滑稽なんだもん。美香って本当に顔しか取り柄がない中身のない女。自分は周りの子とは違うって勘違いして、禁断の恋に酔って失敗したね」
クスクス笑う愛子は悪魔のようだ。
初恋の人と結婚した。でも、初恋の人は私をずっと裏切っていた。
彼女の言う通り、私は失敗したのだ。
マリに何故、海斗のような男と結婚したのかと聞かれた。プライドも捨てれば正直に答えられる。
「私がバカで未熟だったから、クズ男に引っ掛かった」それだけの事だ。
私が俯いていると、手の甲に男の人のゴツゴツした手が乗せられる。
ふと顔を見上げると、今日で会うのが三度目の栗山政治の慈しむような顔があった。
「何? その男」
愛子が戸惑ったような声を出すのは最もだ。
私も正直、困惑している。
「初めまして。瀬谷愛子さん。この度、美香さんの弁護を務めさせて頂く、栗山政治です」
私が栗山さんの目をまじまじと見ると、彼は目を細めて笑い返す。
彼はするりと私の隣に座って、愛子に名刺を差し出した。
(弁護依頼はしないって言ったのになんで⋯⋯)
「弁護士? 美香にそんなの雇えるお金ないでしょ!」
愛子は名刺を見るなり声が震えていル。
「瀬谷愛子さん。どうして、そんな強気なの? 君は不倫がバレたら全てを失うかもよ」
落ち着いた大人の声で栗山さんが囁くと、愛子が身震いをした。
栗山政治の弁護士バッチが太陽光に照らされきらりと光る。
「ふ、不倫? 何のことよ。証拠は?」
滅多に会わない弁護士という職業の方にあったせいか、愛子が動揺しているのが分かった。
「瀬谷愛子さん。証拠は君が持っているでしょ。さあ、出して。不倫の現場を録音してるのは分かってるよ」
栗山政治の言葉に愛子が気まずそうにする。
自ら不倫の証拠を録音していたら彼女の意図が分からない。
「何の事でしょうか」
愛子はスッとボケる時に髪を忙しなくかきあげる癖がある。
本当に彼女は不倫の証拠を録音していたのだ。
「スマホ出してくれる?」
私が言うと愛子はホッとしたような顔をしてスマホを差し出した。
「はい、どーぞ。いくらでもチェックして」
その自信満々な表情を見て不安な気持ちになる。
「ポケットの中のボイスレコーダー出そうか」
栗山政治の言葉に愛子がビクッとなった。
彼は投資能力でもあるのだろうか。愛子は確かに何度もスカートのポケットに手を突っ込んでいた。
彼女が慌ててまた手を突っ込んで何か操作しているのが分かり、私は慌てて彼女の手首を握り手を出させる。
彼女の手にはボイスレコーダーが握られていた。
(今も録音してたって事? 何の為に?)
「この女の目的は美香さんを咎め傷つける事だ。君が誰と結婚しても相手に手を出しただろう」
栗山政治の言葉に私は目を見開き、愛子の顔をマジマジと見る。
愛子は笑い出しそうになるのを抑えられないように唇が震えていた。
彼女が私の事が好きで独占しようとしているなんて、私はとんでもない勘違いをずっとしていた。
彼女はきっと長い間、私を憎んでいた。
今、私たちの会話を見聞きした栗山政治でさえ気がつき、高校時代の私たちと対戦しただけの脇田マリも察した愛子の気持ち。
愛子とは莫大な時間を一緒に過ごして、苦楽を共にしてきた。
そんな彼女の気持ちにも気が付かず、夫の本心も分からない私。
私のような人間が教師など目指して良いのだろうか。
自分に自信が無くなってくる。
「美香さんは、人の良いところを見ようとしているだけだよ」
栗山政治が穏やかな声で私を慰めるように微笑む。
それを見て、愛子は鼻で笑った。
「人の感情に興味がないだけでしょ。私、あんたの事ずっと嫌いだったの。聞かせてあげるよ。とっておきの音声を!」
愛子はボイスレコーダーを操作した。
コメント
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専業プウタさん、第19話読了しました。 マリと愛子の直接対決、めっちゃ緊迫してて一瞬も目が離せなかったです。美香が「見た目って何なんだろう」って鬱屈する気持ち、すごく伝わってきました…。外見だけじゃなくて、中身で人を見てくれるマリの存在が本当に救いだなって。 最後の栗山弁護士登場と愛子の録音の真実にはゾッとしました。彼女が美香を「憎んでた」っていうのがなんか切ない…。続きすごく気になります!😢