テラーノベル
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森の奥に、「食べた者の心を狂わせる林檎がなる」
と噂される樹があった。
その林檎は真っ赤で、光を吸い込んだみたいに艶やかで、甘い香りがする。
けれど一口かじれば——愛も理性も、壊れるほどに歪むという。
その樹のふもとに、小さな村があった。
そしてその村には、正反対の二人がいた。
ひとりは「tg」。
やたら人懐っこくて、すぐに誰かにくっつく。
雨の日は誰かの袖を引っ張り、夜は誰かの布団に潜り込む。
「ねえ、ひとりやだ」
「かまって」
「見てて?」
そんな言葉が呼吸みたいに出てくる、危ういほどのかまって気質。
顔はやけに整っていて、笑うと森の動物まで寄ってくるような、そんな種類の“かわいさ”を持っていた。
もうひとりは「pr」。
頭が切れるくせに、性格はひねくれている。
必要以上に優しくしないし、距離も取る。
なのに、困っている人を見ると放っておけない。
「別に助けたいわけじゃない」
「邪魔だから片付けるだけ」
そう言いながら手を貸してしまうタイプのツンデレ。
しかも妙に器用で、周りからは「面白いやつ」と思われていた。
二人は昔から一緒にいた。
けれど、ずっと噛み合っていなかった。
ある日、村に古い言い伝えが届く。
「森の奥の毒林檎に触れるな。
それを食べた者は、最も強く執着した相手に“壊れた愛”を向ける」
村人たちは怖がって森に近づかなくなった。
けれどtgだけは、目を輝かせた。
「ねえ、それ、見に行こうよ」
「は?」
とprは即答した。
「バカか。死にたいのか」
「でもさ、ちょっと気になるじゃん。どんな林檎なんだろうね。赤いのかな、甘いのかな。prちゃんなら知ってると思ったのに」
「知らねえし、興味もねえ」
そう言いながら、prはすでに歩き出していた。
tgが後ろから嬉しそうについてくる。
「やっぱり一緒に来てくれるんだ」
「勝手に付いてきただけだろ」
「でも来てるじゃん」
「……うるさい」
そのやりとりは、いつも通りだった。
森は深かった。
昼でも薄暗く、葉の隙間から落ちる光がまるで罠みたいだった。
歩くほどに、空気が甘くなる。
「なんかさ、この匂い……お菓子みたい」
tgがくんくんと鼻を鳴らす。
「やめろ。余計なもの吸うな」
「えーでも、いい匂いだよ?」
その瞬間だった。
prの足が止まる。
木々の奥に、それはあった。
一本の樹。
そして、その枝に実る、異様なほど赤い林檎。
光っていた。
生きているみたいに。
「……あれか」
「わあ……ほんとにあるんだ」
tgは、吸い寄せられるように一歩踏み出した。
「触るな」
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prの声が鋭くなる。
けれどtgは振り返って、笑った。
「ねえprちゃん。これ食べたら、どうなると思う?」
「知らねえ。ろくでもないことになるのは確実だ」
「ふーん」
その“ふーん”は、いつもより軽かった。
そして次の瞬間、tgは林檎を手に取っていた。
「おい——!」
止める間もなく、tgはかじった。
しゃく、と乾いた音。
甘い匂いが爆発するみたいに広がる。
tgは目を丸くして、それからふわっと笑った。
「……おいしい」
その瞬間だった。
林檎が、光った。
世界が一瞬だけ歪む。
prは息を呑んだ。
tgがこちらを見ている。
その目が、さっきまでと違う。
まっすぐで、熱くて、どこか壊れている。
「ねえprちゃん」
tgが一歩近づく。
「なんでそんな顔してるの?」
「……近づくな」
「やだ」
即答だった。
そしてtgは、まるで当然のように言った。
「prちゃんが好きだから」
prの思考が止まる。
「は?」
「ずっと好きだよ。ねえ、ずっと見ててほしい。離れないで。どこにも行かないで」
声は甘いのに、異様に重い。
それは“恋”というより、“執着”だった。
prは一歩下がる。
「お前、それ林檎のせいだろ」
「林檎?」
tgは首を傾げる。
まるで理解していない。
「知らないよ。ずっとこうだよ?」
笑っている。
でも、その笑顔はどこか狂っていた。
その日から、tgは変わった。
いや、変わったように見えた。
常にprのそばにいる。
少しでも離れると不安そうな顔をする。
呼べばすぐ来るし、触れれば安心したように目を細める。
「prちゃん、どこ行くの?」
「ねえ、置いてかないで」
「見ててって言ったじゃん」
まるで子供みたいに。
けれどその執着は、徐々に強くなる。
ある日、村人が言った。
「tgくん、最近ちょっとおかしいよね」
その言葉を聞いた瞬間、prの胸の奥がざわついた。
そして次の日。
その村人は姿を消した。
「お前、何した」
森の小屋で、prは低く言った。
tgは笑っていた。
「なにって?」
「村人だよ。お前に変なこと言ったやつ」
「ああ」
tgは軽く頷く。
「だってprちゃんのこと、勝手に見てたから」
その言い方は、あまりにも自然だった。
「見てた“だけ”で消したのか?」
「うん」
即答。
悪びれもない。
むしろ少し嬉しそうだった。
「prちゃんを見ていいのは、ぼくだけでしょ?」
prは息を飲む。
背筋が冷える。
これが毒林檎の影響なのか、それとも——
元からそうだったのか。
「……いい加減にしろ」
prは初めて声を荒げた。
「お前はおかしい」
tgは少しだけ目を見開いて、それからゆっくり笑った。
「おかしくてもいいよ」
一歩、近づく。
「prちゃんがいてくれるなら」
もう一歩。
「ねえ、ずっと一緒にいようよ」
prの背が壁につく。
逃げ場はない。
tgの指が、そっとprの袖をつかむ。
その仕草だけは、昔のままだった。
かまってほしくて、寂しくて、必死で。
でも違うのは——その奥にある熱だった。
「ねえprちゃん」
耳元で、囁く。
「ぼくのこと、見てる?」
prは目を逸らせなかった。
逸らしたら、終わる気がした。
沈黙の中で、prはようやく気づく。
この林檎は、“変える”んじゃない。
ただ、心の中にある一番強い感情を、壊れるまで増幅するだけだ。
tgの中にあった「かまってほしい」が、
「prちゃんだけでいい」に変わっただけ。
そしてprの中にもまた——
それを拒絶しきれない何かがあった。
「……俺は、お前のものじゃない」
ようやく絞り出した声に、tgは少しだけ寂しそうな顔をした。
「そっか」
でも次の瞬間。
「じゃあ、そうなるまで頑張るね」
笑った。
その笑顔は、毒林檎よりずっと甘くて危険だった。
森は今日も赤い実を実らせている。
壊れた愛を、次の誰かに渡すために。
そしてその中心で——
かまってほしい少年と、ツンデレな少年は、まだ終わらない関係の中にいた。
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