※微蘇米、死ネタ、自己解釈
それはあまりに急激な変化だった。
さも平時のように光り輝く蒼穹は、確かに昨日と同じ様相を呈していた。槍が降るでもなく、彗星が落ちてくる訳でもなく、なんでもない普通の空をしていた。それは他も同じことだった。ただひとつ、黄昏時の赤色が薄いような気がした。
眼前には小さすぎるような墓と墓地。またの名を、歴史書とその書棚。国連本部の奥の奥、最深部とも言えるその謎を反響させる落ち着き払った国の墓場に、新たな墓が増えていた。 数多の“国の墓”が内蔵されたその書棚には、左端の枢軸のクソッタレどもの墓が置かれた場所の隣に、これが置いてあった。
“Советская история”と名の刻まれた冊子の墓石。彼奴を知る者は軽すぎるというし、彼奴を知らない者は重すぎるというような、中途半端な厚み。手に取って持って見れば、その背表紙のロシア語をなぞるでもなく、ただ表紙を撫でた。ひどく冷たかった。
その表紙はあまりに血生臭く、火薬臭く、薬品と包帯の無機物な香りに反吐が出るような気もした。が、そのなかには確かに香気があった。馥郁とするその香りは、確かにあの国を指し示していた。冷え切って、なおも革命の情熱を信じている、無垢で穢れたソビエト連邦を。
「こんななんでもない日に死んじまれちゃ、コッチが困るんだがなあ。」
独特の香りを帯びた遺体を解剖するような体で、その歴史書をぱたりと開く。ぱらぱらと見てみれば、理解はできるが流暢にはわからない難解なロシア語がずらり。最後のページになにやら、手紙のようなそんなものが挟まっているようだ。
「これくらい見たって、恨まれはしないだろ。」
そんな言い訳を胸に言い聞かせながら、オレはそっとその薄っぺらいような重厚なような手紙を手に取った。封蝋印の模様は鎌槌だった。中には手紙と、オレが贈ったことのあるジェダイトと、その側で光るダイアモンド。どちらも小さいもので、前者はおそらく自国で採取してみたんだろう。
“Пусть ваша страна существует вечно.”
「May your country last forever、ねえ…人が読む前提だったのかよ。」
ふはっと吹き出してしまうような、少し悲しくなるような、蒙昧な気分を胸の内に秘めながら、かつかつかつと墓地を離れる。無論、彼奴の墓もそこに収めてから。あまりに壮大でちっぽけな本は、彼奴には似合わないなと思いながら。
「と、その前に…。」
やっぱり踵を返して、彼奴の本の手紙を手に取る。
“Your successor is doing well.”
そう走り書きで書き加えられた手紙は、長く永くその書で眠っただろう。誰の目にも、つかないまま。
太陽も沈みかけた向こうの対の空に、大きな満月があったような気がした。ブラッド・ムーンという奴だった。
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