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その日、私は菜の花ママに返事をしなかった。その代わり、愛理という不倫女が久しぶりに投稿していて、PV(ページビュー)を稼いでいた。
(相談)報告します (トピ主)愛理
(投稿日時)9月20日19時03分
私のことを覚えている人はいるでしょうか? 夫と離婚して二人の息子を連れて不倫相手と再婚することについて、今月初め頃に相談させてもらった愛理と言います。夫に不倫がバレたあと不倫相手は妊娠中の奥さんとの再構築を選び、あっさりと私を捨てました。それから今までいろいろありましたが、一段落ついたので報告させて下さい。
夫のひろゆきに家を追い出されて、しばらく実家で暮らすことになりました。実家での両親との生活は大変でした。朝も六時前には起きろと言うのです。
「今日も寝坊?」
「朝弱いんだからしょうがないじゃない」
「今まで何時に起きてたの?」
「八時くらい」
「子どもたちも学校に行ったあとじゃない!? 子どもたちの朝食はどうなってたの?」
「知らない。ひろゆきが作ってたんでしょ」
両親はお互いの顔を見合わせましたが、そのときはなぜ二人が無言になったか分かりませんでした。
それからすぐ私のスマホに着信がありました。君がいない生活にはもう耐えられない、帰ってきてくれないかとひろゆきが言ってきたのかと期待しましたがそうではなく、凛香からでした。凛香はひろゆきの妹で、高校のときの私の友達でもありました。ひろゆきが自分からは言いづらいから、帰ってやればと妹に言わせようとしているんだなと思いました。
「凛香、久しぶり。ひろゆきから伝言を預かってきたの?」
「アニキから伝言? 何の話?」
「え? 復縁に協力してくれるんじゃないの?」
「復縁? 馬鹿言うな!」
「違うの?」
「ありえない!」
それから凛香は話があるから会いに来いと言って、一方的に時間と場所を指定して私の返事も聞かず電話を切りました。
翌日の夕方、指定された公園に行くと、凛香だけでなく高校時代につるんでいた友達が勢揃いしていました。
「みんな久しぶり! 私のために集まってくれたの?」
私がそう声をかけると、もとから険しい顔をしていた凛香がさらに苦虫を噛みつぶしたような顔になりました。
「どこまで能天気なやつなんだ。いいから早くこっちに来いよ」
凛香たちは五人で私を待ち構えてました。私を目の前に立たせたまま、五人とも二つ並んだベンチに腰かけています。
「アニキから話は聞いた。あんた、アニキと離婚して不倫相手と再婚しようとしてたんだって?」
「あれは一時の気の迷い。今はひろゆきと子どもたちを心から愛しています」
「ふざけんな! 愛理は勘違いしてないか? あたしはアニキを陰キャだの童貞だのと人前で馬鹿にしたこともあったけど、怠け者のあたしと違って勉強を頑張っていい学校に行っていい会社に入って、家族としては尊敬してる。だからアニキがあんたと結婚すると聞いたときは実は大反対した。たとえ義理でも馬鹿なあたし以上に馬鹿なあんたの妹になんてなりたくない! というのもあったけど、一番はこんな馬鹿と結婚してアニキが幸せになれるとは全然思えなかったからだ。あんたみたいな馬鹿は遊び相手ならまだしも、家族になんて絶対にしちゃいけなかったんだ!」
「そんな馬鹿馬鹿言わなくても……」
「馬鹿だという自覚がないのかよ? 不倫は心の殺人って言われてるのを知らないのか? あんたはあたしのアニキの心を殺したんだ。だいたい浮気だって今回が初犯じゃねえよな? 高校のとき大地先輩とつきあってたときに英斗先輩と浮気してたよな。どんだけ尻軽なんだよ!」
「凛香は勘違いしてる。私は尻軽じゃないよ」
「英斗先輩とは寝てないってこと?」
「逆。浮気相手の英斗先輩とはしょっちゅうしてたけど、本命の大地先輩とは一度もしてない」
「どういうこと?」
「英斗先輩が経験豊富でセックスが上手だったというのもあるけど、やっぱり真剣交際してる本命にはすぐにヤラせる軽い女だと思われたくないじゃん?」
「え? そういえば、大地先輩が卒業間近に学校であんたを殴って謹慎処分になったことがあったよね? 大地先輩はそのせいで卒業式に出席できなくて、何日かあと校長室で一人寂しく卒業証書をもらったって聞いてる。あたしらみんな腹を立ててあんなDV男とはさっさと別れなよってあんたに同情したものだけど、あれはもしかして……」
「私とヤリまくりだったってことを英斗先輩が大地先輩にバラしたせいだよ。どんな理由でも暴力はいけないし、何よりバラした英斗先輩が一番ひどいよね。自分だってさんざん楽しんでたくせにさ」
「……………………」
凛香はなぜか無口になって、頭が痛くなったと言ってそのまま帰ってしまいました。
「困るよ。凛香にはひろゆきとの復縁の仲介をお願いしたかったのに」
「頭がおかしくなりそうだから、もうしゃべらないで!」
「顔も見たくない!」
「どこかで見かけても話しかけるなよ!」
「こんなのと友達だったなんて、人生最大の黒歴史だ……」
無言の凛香に変わって仲間の四人が口々にそう吐き捨てて、五人は私を残して公園から立ち去っていきました。
夜に帰宅すると、見慣れない車が家の前に駐まってました。
誰が来てるんだろうと玄関に入ってすぐ、その人の大きな声がリビングから聞こえてきて逃げ出したくなりました。義母でした。つまりひろゆきと凛香の母親。ちなみに義父はひろゆきが大学生のときにもう亡くなっています。
私はこの人が苦手。会えば必ずガミガミ文句を言われるから。
「愛理さんは母さんの相手をしなくていい。僕の実家にも行かなくていいから」
見かねたひろゆきにそうかばってもらえていたくらいでした。
その日も会わずに逃げ出そうと一度脱いだ靴をまた履き直そうとしましたが、まくし立てるような義母の声が聞こえてきて、私は思わず手を止めました。
「そちらにとっても悪い条件じゃないはずですよ。浮気したことに対する慰謝料も養育費もいらないと言ってるんですから。親権と面会権だけ放棄して下さい。浮気されたひろゆきだけでなく、孫たちだって愛理さんの顔を見たくないと言っています。離婚したところでどうせ愛理さんは親権を取れないし、孫たちが望まない以上親子交流もできないでしょうね。子どもに会えなくても、本来なら養育費は孫たちが就職するまで払い続けなければいけないものです。それを一円もいらないと言っているのですから、いい落としどころだと思いませんか? なんなら愛理さんの浮気相手に対する慰謝料も放棄してもいいですよ。愛理さんはそれを恩に売って、愛する浮気相手にもう一度結婚を迫ったらどうですか? 私だって何も愛理さんの不幸を願っているわけではないですよ。息子二人を失ったって、愛理さんはまだ40歳になったばかり。これから再婚して子宝に恵まれる可能性だってあるんですから、ひろゆきとは別の男性と新たな幸せをつかんでほしいなって私は心から願っているんです」
離婚を承諾した覚えもないのに、親権ばかりか面会権まで放棄しろ? あまりに勝手な言い分。そもそも不倫は夫婦間の問題なのに、私の両親や義母に話してしまったひろゆきの態度が気に入りません。
逃げ出すのはやめて、すたすたと歩いていってリビングのドアを開けました。義母は私を見るとなぜかニコッと笑いました。
「お義母さん、このたびは私の不始末のために……」
私は不始末などという日本語を知りませんでしたが、誰かに不倫したことを責められたらそう言えとあらかじめお父さんに教えられていたのです。
「あら。愛理さん、お帰りなさい。今日はいい知らせを持ってきたのよ」
「いい知らせ?」
「あなたの浮気を責めに来たんじゃないから安心して。それどころか慰謝料も養育費もいらないと伝えにきたの」
「慰謝料や養育費ってまるで離婚するみたいに……」
そう言うと義母は心底呆れたような顔になりました。
「愛理さん、言っておくけど、今回の浮気は離婚の駄目押しになったというだけで、あなたはひろゆきにはふさわしくないと私はずっと前から思ってきたの」
「納得できません。私の何が問題だったんですか?」
「たとえば料理」
義母は即答しましたが、私には身に覚えがありません。
「あなた先月カレーライスを作ったそうね」
「インド風のサラサラカレーに挑戦したんです。ネット上のレシピ通りに作ったら最高のカレーができました」
「かつやは辛くて食べられなかったと言ってたわよ」
かつやは息子二人の弟の方。小学三年生です。
「大丈夫です。二人とも最後には全部平らげましたから」
「何が大丈夫なの!」
今までも大声でしたが、そのときの声はまるで天まで届けと言わんばかりの怒鳴り声でした。
「あなた、孫たちに、せっかく作ったものを残すなんて許さない、辛くなくなるまでマヨネーズを入れなさいと言ったみたいね。あれはカレーじゃなくてカレー味のマヨネーズだった、泣きながら残さず食べきったと二人とも言ってたわよ。そんなの児童虐待じゃない!」
「虐待って、そんな大袈裟な……」
お父さんもお母さんも俯いたままで、全然私をかばってくれません。
「愛理、もうあきらめよう」
「何を?」
「離婚も親権も面会権も」
「お父さん、なんてこと言うの? 私は母親。あの子たちにはまだ母親が必要なの!」
「まともな母親ならね」
そう言ったのは義母ではなく私の母でした。
「孫に会えなくなるのは私たちだってつらい。でもそれだけのことをあなたはしてしまったの」
「納得できない。悪いのは私だけなの? ひろゆきだってひどいことしたじゃない!」
「ひろゆきが何をしたというの?」
心外そうな義母の顔に私の怒りをぶつけてやりました。できれば言わずに済まそうと思ってましたが、こうなればやむを得ません。
「お義母さんにバラせば大騒ぎになるのが分かっていて、私が浮気したこともカレーライスのことも全部告げ口したじゃないですか!」
冗舌だった義母が静かになりました。でもそれは私の反撃に戸惑ったわけではありませんでした。
「私に告げ口したのはひろゆきじゃなくて孫たちよ。むしろひろゆきは孫たちを止めていた。愛理さんのご両親が愛理さんを再教育するというのを本気で期待していたみたい。それに対してまさきがなんて言ったか、愛理さん分かるかしら?」
まさきは兄弟の兄の方。長男らしくしっかりしていて正義感が強い。
「いえ……」
「〈お父さん、腐ったみかんを蘇らせる魔法なんてないんだよ〉って」
「腐ったみかん……」
「失礼よねえ」
「ええ。さすがに腐ったみかんは……」
「何を言ってるの? みかんが腐ったところでニオイもしないし後始末も楽。たいしたことないわよ。不倫に狂った母親なんて、始末に負えないという点では腐ったお魚以下。そんなのと比べたら腐ったみかんに失礼だと言ってるの!」
「……………………」
「あの子たちにはまだ母親が必要だって言ってたわね。心配しなくていいのよ。これから私がひろゆきの家に引っ越して家事を全部することになったから」
「……………………」
「明日また来るから離婚と親権放棄に応じなさいよ」
私たち親子が言い返す気力も失せた一方、義母は言いたい放題。
最後に、
「汚らわしい!」
と吐き捨ててさっさと帰っていきました。
明日なんて来なければいいと思いました。改めて両親と話し合いました。
夫も息子たちも私の顔も見たくないと言っている以上離婚は避けられないし、親権を取るどころか親子交流だって応じてもらえそうにありません。おとなしく向こうの言う通りにして少しでも私の印象をよくしておいて、会ってもいいと何年か後に向こうから言ってくるのを待つしかなかろうというのが両親の意見。
説得されて、すべて向こうの言う通りにすると最終的に決まりました。夫を失うだけでなく、子どもたちにも二度と会えなくなりそう。自らの罪の重さをようやく自覚できましたが、遅すぎました。
私はこれから何を楽しみに生きていけばいいのでしょう? その夜は一睡もできませんでした。いや、その日に限らず、私にはもうぐっすり眠れる日など来ないのかもしれない。そう思うと涙まで出てきました。
その日はどこにも出かけず、義母の来訪を待ちました。今までの私だったら逃げ出していたでしょう。でももう逃げません。義母の心には届かないでしょうが、今の私の精一杯の誠意を見てもらおうと思いました。
夕方四時半頃、玄関のチャイムがなりました。私が迎えに行き、すぐにドアを開けました。
「お義母さん、どうぞ」
「あなたにお義母さんと呼ばれるのも今日が最後ですけどね」
いきなり心にぽっかり穴を開けられて言葉を失ってしまいました。
「スッキリした表情してるわね。昨夜はぐっすり眠れたのかしら?」
「はい。どうぞこちらへ」
否定する元気もなく、義母をリビングに案内しました。もちろんリビングでは私の両親が立ったまま待っていて、義母の顔を見て深々と頭を下げました。
促されてソファーに腰を下ろすなり義母が口火を切りました。
「こちらの条件を飲んでいただける、ということでいいのかしら?」
「はい。ただ一つだけお願いがあります」
「何?」
「最後に一度だけひろゆきさんと子どもたちに会わせてもらいたいのですけど」
「泣き落としでもする気? 無駄よ」
「そうじゃなくて、ただ謝りたいだけです」
「ふうん」
義母は関心なさそうでしたが、一応検討はしてくれました。
「孫たちはあなたの顔も見たくないと言ってる。ひろゆきなんてあなたのことを思い出すだけで吐きそうになるそうよ。お願いだから今日をもって縁切りさせてちょうだい」
ダメでした。悲しくて、私は泣いてしまいました。そして、分かりましたと伝えようとしたとき、外からリビングのドアが開けられました。やって来たその人の顔を見て、誰もが目を丸くしました。
「すいません。母の車が家の前に駐めてあったのを見て勝手に上がらせてもらいました」
「ひろゆきさん!」
ドアを開けて入ってきたのは夫でした。店長夫婦を自宅に呼びつけたときみたいに顔が怒っていました。
私は弾かれたようにソファーから飛び出して、夫の前で土下座しました。
「私が馬鹿でした。許してほしいなんて言いません。ひろゆきさんと子どもたちが二度と私と会いたくないと言うなら、それも受け入れます。ただ年に一度でいいので子どもたちの写真を送ってほしいです。面会ができなくても、養育費は毎月送金します。そんなにたくさんは送れないですけど……」
絶縁される前に謝れてよかった。感極まって私は泣いてしまいました。子どもたちにも最後に会いたかったけど、さすがにそれは望みすぎというものでしょう。
夫は無言のまま。床に顔をつけているので夫の表情は分かりません。
「やっぱり泣き落とし。ひろゆき、騙されちゃダメよ。顔で泣いても心では舌を出してるに決まってるんだから」
「母さんは黙ってて!」
ピシャリとした夫の声が響きました。
「あなたにさん付けで呼ばれたのは初めてかもしれない。つきあいだしたときから呼び捨てだったからね」
「すいません。自分の方が立場が上だと勝手に思い込んでました。よく考えたら、私がひろゆきさんより優れているところなんて一つもないのに」
「そんなことない。愛理さんは僕にないものをたくさん持ってるよ」
「最後なのでお世辞はいりません。言いたいことを言って下さい。それを聞いて私はもっと反省したいので」
「お世辞じゃない。いいところが何もなければ結婚なんてしてないよ」
最後までひろゆきさんは優しい人でした。こんな私でもかつてはそれなりに魅力があったのでしょう。私の軽率な行動ですべて台無しにしてしまいましたが。
「愛理さん、あなたは十分反省できたようだ」
「そうですか? 自分ではまだまだ足りないと思ってますけど」
「僕の目は節穴じゃない。十分反省できたあなたとなら、またやり直せる気がするよ」
絶縁を覚悟していたところに、いきなりの再構築の提案。私は言葉を失いましたが、驚いたのは私の両親や義母も同じでした。
「ひろゆき君、本当にいいのか? そう言ってもらえると、私たちは本当にうれしいが」
「ひろゆき、いいかげん目を覚ましなさい! 不倫に狂ってあなたを捨てようとした女よ! 孫たちの教育にもよくないし、復縁なんて絶対に許しません!」
「僕は愛理さんと復縁するけど、母さんは復縁したくなければ復縁しなくてもいいよ。ただその場合、僕らの家には来ないでほしいかな」
「ひろゆき!」
義母は立ち上がってそう叫ぶなり、床の上に崩れ落ちました。苦しそうに胸を押さえています。義母は高血圧の持病持ち。一時的に血圧が急上昇したようです。
「奥さま、しっかり!」
私のお母さんに抱きかかえられて、義母は正気に戻り、夫ではなくなぜか私をにらみつけています。
何か言わなくてはと思いながら、何も言葉が思いつきません。
「ひろゆきさん、ありがとうございます」
となんとか言葉を絞り出したら、夫は、
「あははははは!」
と今度は大笑いを始めました。私の両親は戸惑い顔、義母も胸を押さえるのを忘れて呆気に取られています。
「愛理さん、信じた? 再構築なんて嘘だよ。隠れて不倫していたあなたは名女優だけど、名女優のあなたをまんまと騙すことができた。僕の演技もまんざらじゃないということかな」
大きな花が咲いたみたいに、義母の顔がぱあっと明るくなりました。一方、私の両親は苦虫を噛みつぶしたような表情に。
「ひろゆき君、さすがに今のはひどいんじゃないか。確かに愛理は君に許されないことをしてしまったが、君がこんな幼稚な仕返しをする男だとは知らなかったよ」
「お父さん、いいの。昨日、ひろゆきさんの妹の凛香に言われた。不倫は心の殺人だって。私はひろゆきさんの心を殺してしまったんだよ。こういう仕返しに耐えることも償いのうちに入ってると思う」
一理あるという顔をして、お父さんは黙りました。義母はうれしそうですが、まだ胸が苦しいらしく口は開きません。
いつのまにか夫は真顔に戻っていました。
「ごめん。実は愛理さんを試したんだ。再構築を持ちかけて撤回したらどんな反応するんだろうって。あなたの言う反省が口先だけなら、つまり不倫に溺れていたあなたなら、きっとあなたは逆ギレして僕を責めたはずだ。家族に償いたいという気持ちも、どうやら嘘ではなさそうだ」
私のせいでひろゆきさんの心が壊れたわけではなかったと知って、本当にうれしかったです。反省と償いをしたいという私の気持ちを本物だと信じてくれたということは、私の願いは叶えられるのでしょうか? 正直期待しました。
「子どもたちの写真を一年に一度でもいいから送ってほしい、というのが愛理さんの希望だったね。残念だけど、それは僕の希望とは違う」
「そうですか……」
根拠もなくきっとうまくいくと思い込む私の悪い習性がまた出てしまったようです。涙が込み上げてきて、それを見られたくなくて私はまた顔を床につけました。
「僕の希望はあなたが僕らのそばにいて、家族としてあなたに償ってもらうことだ」
思わずガバっと顔を上げてしまい、泣き顔を見られてしまいました。また試されている? きっとそうだ。浮かれてはいけない――
「償いは僕とあなたのどちらかが死ぬまで続けてほしい。僕が許しても、もしかしたら子どもたちはあなたをずっと許さないかもしれない。離れて暮らすより厳しい毎日になるのは間違いない。あなたはそれに耐えられるだろうか?」
「ひろゆき!」
義母がまた口出ししてきましたが、夫は一顧だにしませんでした。
「耐えられなかったら、今度こそ見捨てて下さい」
「ありがとう。いつまで土下座してるの? 再構築の話し合いを始めたいんだけど」
慣れない正座をずっと続けてきて、すでに足の感覚はありません。
「足がしびれて立ち上がれないんです」
「仕方ないな」
夫は私の目の前にしゃがんだと思うと、素早く私にキスしました。仲直りのキス。今まで何人もの男と数え切れないほどキスしてきましたが、キスして涙が止まらなくなったのはそのときが初めてでした。
「ひろゆきさん、ごめんなさい!」
夫は泣きじゃくる私の腰に手を回して、優しく立ち上がらせてくれました。
義母はまた悶絶して私の母に看護されています。あとで聞いたことですが、義母が言っていた、夫が私の顔を見たくないと言っていたという話も、義母が夫たちと同居するという話も嘘でした。
ただ、子どもたちの話は全部本当だったようで、お兄ちゃんのまさきが私を腐ったみかんにたとえたという話も事実だそうです。
夫が言うには再構築したところで、子どもたちは私をお母さんとは呼んでくれないだろうし、私が作ったものもなかなか口には入れてくれないだろうという話でした。
子どもたちに心の準備が必要だということで、私があの家に戻るのは二ヶ月以上先の十二月からと決まりました。それまで私は子どもたちが学校に行っている間にあの家に通い、家事をすることになりました。もちろん、子どもたちが帰宅する前に帰り、子どもたちと顔を合わせないようにするわけです。
前途多難ですが自業自得。全部自分が蒔いた種だから乗り越えるしかありません。
夫は義母と義妹の反対を押し切って、私との再構築を決断してくれました。私が投げ出せば夫まで信用を失うことになるでしょう。私は何があっても夫の信頼に全力で応えるつもりです。
最後まで私の拙い文章を読んでくださりありがとうございました。そして今まで相談に乗ってくださったみなさま、特に人妻キラーさん、本当にありがとうございました。