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23
#執着
さぶれ
1,448
彼女との会話の糸口が大して見つけられないまま、隣り合って黙々とお酒を飲む内──
「……あの、どうしてこのお店に?」
次第に沈黙が重たくなって、さっき自分が訊かれたのと同じことを、彼女の方へ尋ねてみた。
「……彼の部屋に来たから、その帰りに」
そう答えが返されて、胸が一瞬キリッと痛む。
「……いっしょには、来られなかったんですか?」
だけど、それなら鷹騰社長はなぜ来なかったんだろうと、不思議に思って聞き返すと、
彼女はふぅーっと小さくため息を吐いた。
「……忙しいから、あの人は……」
前にエレベーターの中で話していた時と同じようにも、ポツリと呟いた。
「……今日だって急に仕事が入って、予定もキャンセルになって……」
そう話して、彼女は手にしたグラスを唇へ運んだ。
「そうだったんですか……そんなに仕事ばかりしなくてもいいですよね……」
どこか寂しそうな雰囲気を感じ取って、そう相づちを打つと、
「……あなたも、そう思う?」
問いかけられて、「はい……」と、応じた。
「……あの人はいつも仕事ばっかりで、私のことは気にかけてもくれなくて……」
彼女がグラスから一口を飲むと、中の氷がカランと音を立てて、
「わかってるんだけどね……社長秘書という立場上、あの人の忙しさは……」
とても寂しげに、そう話した。
「でも……」と、彼女の左手に目を落とした。そこには、新聞で見たのと同じ指輪が嵌められていて、
「……婚約をされたとかって……」
グラスからごくっとアルコールを含んで、思い切って訊いてみると、
「ああ……あれを、読んだの?」
彼女がちらりとこちらを見た。
「ええ、はい……」
「そう……記事って、今読めるかしら?」
彼女に言われて、カバンの中にしまっていた新聞を取り出すと、そっと手渡した。
新聞を開いてひとしきり読むと、
「……こんなの、全然本当のことなんかじゃないわ……」
と、彼女が口に出した。
「えっ、本当のことじゃないんですか? だけど……」
まだ半信半疑で、薬指に光るリングに目をやると、
「ああ、これね……」と、彼女が左手に視線を移して、
「これは、自分で買ったものだから……」
静かに口にした。
「え、ご自分で、ですか?」
驚いて訊き返す。
「そう……交際が知られてしまって、あんまりマスコミがうるさいもんだから、あえてこの指輪を見せれば、おとなしくしてもらえるんじゃないかと思って……だけど、逆効果だったみたいね」
そう言って、指輪の嵌った左手にそっと自らの右手を重ねた。
「そうなんですか……じゃあ、婚約っていうのは……?」
スポーツ紙の『──婚約か!?』と書かれた見出しに、じっと目を落とす。
「そんなのは、ただの憶測記事よ」
彼女がきっぱりと答えて、
「スクープだなんて、いかにも真実みたいに新聞が書いてるだけで、ちっとも事実なんかじゃないから」
わずかに残っていたカクテルを飲み干した。
「じゃあ、この記事に書いてあることは、嘘……なんですか?」
「嘘っていうか、勝手な想像って感じよね……」
カウンターに片手で頬づえをついて、
「……こんな記事が出ていることすら、あの人は知らないと思うし……」
飲み終わったグラスを、彼女は手の中でゆらゆらと手持ち無沙汰に揺らした。
「本人も知らないところで、勝手に書くんですか?」
信じられないような思いで問い返すと、
「記事なんて、だいたいそんなものよ。……真実なんて、ほんの数パーセントくらい」
彼女がカウンターにコトッとグラスを置いて答えた。
「知らなかったです……」
「……信じてたの? それを……」
新聞の記事が、爪の先で指差されて、
「えっと、あの……多少は……」
さっきまで信じていた分だけ、だいぶ気まずい思いでぼそぼそと言う。
「颯さんとは結婚の話なんて、一度もしたことはないわ」
彼女がそう吐き出した。
「一度も……なんですか?」
結婚の話をしたことがないなんて、どうしてなんだろうと思う。
「そう……あの人はね、仕事と結婚をしているようなものだから」
少し歪んでも見えるような、ちょっと悲しそうな笑い顔を、彼女がこちらへ向ける。
「だから、婚約だって……簡単には、考えられないのよ」
言ってまた空になったグラスを手にして、中の氷をカランと回した。
「……確かに、仕事人間って感じに見えますよね」
自分も鷹騰社長のことをそんな風に感じたことがあって、そう返すと、
「そうでしょ? 優先されるのは、いつも仕事の方で……私のことは後回しで……」
そこまで話して、
「ごめんなさい、あなたに愚痴なんかこぼしたりして」
自分の言動を抑えるように、ふっと口に手をあてた。
寂しげな表情を見てはいられなくて、「そうだ! 」と、パンッと手を叩いて、「今日は飲みましょうか? 二人で」と、少しでも気分を変えることができたらと思い、そう提案をした。
「えっ……?」と、彼女がびっくりしたような顔つきになる。
「でも、私なんかと……本当にいいの?」
「はい」と、頷いて、
「寂しい気持ちは、飲んで吐き出した方がいいですから」
彼女のグラスに自分のグラスをカチン! と合わせた。
「……私にもちょっと外に吐き出したい気持ちはあるんで、いっしょに飲んでくれませんか?」
自らのもやもやとしたままの胸の内もパァーっと晴らしたくて、そう持ちかけると、
「……そうね」
彼女の表情に薄っすらと笑顔が返った。
「私は、霧嶋 麗華……もう名前は知ってるかもしれないけれど、改めてはじめまして。あなたの名前も聞かせてもらえる?」
「こちらこそ、改めまして。私は、舞です。舞うって漢字で、フルネームは三咲 舞って言います」
名前を伝えて軽くお辞儀をすると、
「よろしくね、舞さん」
会釈とともに、今度は彼女の方からグラスが合わされた──。
彼女とグラスを重ねて飲むと、
「……鷹騰社長って、普段はどんな方なんですか?」
話題は次第に鷹騰社長のことに及んだ。
「プライベートでも変わらないわ。あの人は裏表があまりないから」
彼女の言葉に、「そうなんですね、」と返して、
「だけどテレビで見てる時と、実際会った時とは印象が違うみたいにも感じて……」
確かに本質的には裏表はないような気はするのだけれど、はっきりと異なる雰囲気が何かしらあったようにも思えた。
「……何か決定的な違いを見落としてる気がするんですけど、」
でも一向に思い出せずに、お酒を口にしてうーん……と考え込む。
「ああ、それは……話し方かもしれないわね」
言われて、「……話し方?」と、首を傾げる。
「プライベート以外では、あの人”僕”って言ってるでしょう? 口調が変わっているから、テレビだと少しソフトにも見えるんじゃないかしら? 」
「ああそういえば、僕って言ってますね」
テレビでの姿が思い浮かぶと、鷹騰社長は自分のことを、確かに僕と話していて、それが印象を柔らかくしているようにも感じられた。
「でも要は、それだけだと思うのよね……」
彼女が少しシビアな言い方をして、酔い覚ましの水を一口飲むと、
「あの人って、裏表がない分、なんでも直情的すぎるから、ちょっと素っ気ないように感じることもあって……。
いっそのこと裏の顔でも見せてくれた方が、私も感情をストレートにぶつけやすくて、もっと本音で付き合えるんじゃないかって……」
そう言って、眉尻をわずかに下げて、困り顔を浮かべた。
「……裏表がないのも、難しいんですね」
「そうね、難しくて……思うようにはいかないわよね」
淡く笑みを作る彼女の顔が哀しげに映る。
(どうして人と人との付き合いって思うようにはいかなくて、いつも互いの気持ちが絡まってこんがらがっちゃうのかな……)
そう思うと、私はこの先春樹とどうなるんだろう……と、考えずにはいられなかった。
コメント
1件
はる。だわ。第33話読んだよ。 麗華さんが「婚約記事は全部嘘」って打ち明けるシーン、すごく切なかった。指輪が自分で買ったものだって知って、胸がギュッとなった。あの「仕事と結婚してるようなもの」って言葉、重すぎる……。 舞さんが「一緒に飲みましょう」って誘うところ、本当に優しいなと思った。酔い覚ましの水を飲みながら弱音を見せる麗華さんのギャップが、すごく人間らしくて良かった。最後の春樹との関係を考え込む舞さん、どうなるのか気になる。次話も楽しみにしてる🔥