コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
◆ ◆ ◆
「サキ!! 離れろッ!!」
プールサイドに駆け戻ったハレルの叫びが、夜の海風に裂けた。
サキは“女性”の腕を振りほどこうとしていた。
しかし次の瞬間――
女性の細い腕がサキの首元に絡みつき、ぐい、と引き寄せる。
人質。
薄い毛布が床に落ち、サキの顔が恐怖で歪む。
女は細身で白い肌。
肩につく紺色の髪。
年齢は十代にも二十代にも見えるが、どこか“人間味の噛み合わない”奇妙な印象。
――葛原レア(クズハラレア)。
ハレルの全身が総毛立った。
「サキを放せ!!」
木崎がすぐ横で構える。
しかし、それよりも先に異様な光が視界を切り裂いた。
ジッ……!!
葛原レアの手のひらに、短い光の刃が形成された。
プールサイドの客たちから悲鳴が上がる。
光は水面に反射し、青白く揺らめいた。
(まさか……現実世界で……魔術が……?)
ハレルは息をのむ。
その瞬間――レアの手首から黒い布がずれ、3重の魔術紋が刻まれているのが見えた。
(紋章……!)
レアは、ふっと楽しげに笑った。
「ヘヘハァ……あんた“ハラル”っつたっけ?」
「……ハレルだ!! サキを離せ!!」
「名前、覚えられねぇんだよねぇ。
ま、どうでもいいけど。あんたもすぐ殺すし?」
サキが震える声を漏らす。
「や……やめて……」
ハレルが踏み出そうとすると――
光刃を握ったレアがサキの肩に力を込めた。
「動くなってば」
木崎が低く言う。
「その力……お前が、榊やレオンを……?」
レアは楽しそうに目を細めた。
「さぁねぇ?
ああでも――“あんたらの中にいるレオだかショウだか”は、うるさかったなぁ。
名前似てて、間違えまくったし」
その言葉が、ハレルの胸に嫌な響きを残す。
「お前……何故、こんなことを――」
言い終わる前に、
「女にゃ用はないよ! ほらッ!」
レアがサキを思い切り突き飛ばした。
「きゃあっ!!」
サキの体をハレルが必死に受け止める。
レアは笑いながらデッキの方へ駆けだす。
「待て!!」
木崎が追う。
ハレルも走る。
夜のデッキを照らす照明の下、レアがふり返った。
スマホを取り出し――画面をタップする。
バチィッ!
空気がねじれ、光が弾けた。
レアの身体は一瞬ゆがみ、
高笑いをしながらそのまま――消えた。
木崎が拳を叩きつける。
「くそっ!! 転移しやがった!!」
ハレルは荒い息のまま立ち尽くす。
脳裏に、アデルに渡したメモの文字が浮かぶ。
リョウタ
ショウ
レオン
メオ
そして、葉山レオ
レアの言葉。
――ハラル。
(名前を……何度も間違えた。
リョウタ、ショウ、レオン……
全部、“涼”や“リオ”に似ている……)
血の気が引いていった。
(まさか……狙いは――)
胸が跳ね上がる。
「木崎さん……やばい……」
リオに連絡しないと!!」
夜の海風が強く吹き荒れた。
豪華客船は、低く――不気味に軋んだ。
その揺れはまるで、
“二つの世界が共鳴している”かのようだった。