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私が生まれたのは、呪術師としてそこそこ長く続いている名家と呼んでいいのか少し微妙な立ち位置の家。この界隈じゃ珍しくない政略結婚にもかかわらず、私の両親は大変仲が良かった。まぁ、幼馴染らしいから当然と言えば当然だろうが。
そんな両親の元で特に呪術などについては口煩く言われたりせずに、一般家庭と変わらぬ生活を送っていた結果。私は立派なオタクへと成長した。
もちろん呪術師としての才能も開花させたが、オタクへの道を進み始めたのが小学五年生の頃。修行の合間の休憩時間に、父が貸してくれた某主人公が額に炎を灯して裏社会の人間と戦う漫画を読んでから私の人生は変わった。この世にこんな素晴らしいものがあるなんて──!とどハマりだったのである。その後、時間を見つけては色んな漫画を出ている巻まで全て読み、アニメも履修。中学に入ってからは、同じく漫画好きの友達に勧められ、二次創作にも手を出していた。
新たなジャンルにハマる度に、推しのイラストを描いて友達にあげたり、夢小説を読んであまりの尊さに泣き崩れたりなどなど、学生でありながらもなかなかのオタクライフを楽しんでいた私。
そんな私も中学を卒業し、東京にある都立呪術高等専門学校へと進学することになった。
呪術師にオタクがいるのか知らんがいるなら是非とも仲良くしたいな、とか任務頑張らなきゃな、と少しワクワクドキドキしながら入学。そして私はそこで、初めて三次元の人間を推すことになるのであった。
「呪言師の狗巻棘。語彙がおにぎりの具しか無いから頑張って会話してね」
「しゃけ」
「……」
先生によって名前を紹介された狗巻棘くん。
まず、見た目が好みどストライクだった。色素の薄い髪に紫がかった瞳。少し気だるげな表情。可愛らしい下まつげ。そして口元を覆うブカブカのネックウォーマー。見た瞬間に体に衝撃が走った。そして、語彙がおにぎりの具しか無いというのもまたツボだった。あの少し低めのイケボで「しゃけ」って!!!!!!うっわ好き。推そう。最推し確定。
三次元の推し爆誕の瞬間だった。
ちなみに同類はいなかったのでオタクを隠して生活することになった。
それと余談だが、後日棘くんと二人で任務に行った際、呪霊を倒そうとネックウォーマーを下ろして顕になった彼の口元を見た瞬間、クソデカボイスで「えっっっち!」と叫びそうになった。叫ばなかった私は偉い。そして狗巻家の呪印をえっちぃ目で見てごめんなさい。
棘くんには後で「ごめんね…」と謝った。何故謝られたのか分からない棘くんは、こてん、っと首を傾げていた。めちゃくちゃ可愛かったし、その晩は棘くんイラストをいっぱい描いた。
入学してからしばらく経ち、一月。乙骨くんが里香ちゃんの呪いを解いてから二週間ほど経った日のこと。その日の任務はパンダと二人でだったため、私は共有ルームでパンダが来るまでスマホをいじっていた。と言っても先週くらいに描いた最推し棘くんのイラストを壁紙に設定してるだけなんだけどね。
いや〜、我ながら上手くかけたわ〜。私の画力は推しを描くためだけに存在してる。と、自画自賛しながらイラストを眺めていた時だった。
「ツナ、マヨ……?」
「…ん?棘くん?」
聞き覚えのある声がしてそちらを見ると、何故か目を見開いて驚いた表情をしている棘くん。一体何に驚いているのだろう、と彼の視線の先を辿ると、そこにあるのは私のスマホ画面。
壁 紙 見 ら れ た 。
何事も無かったかのようにスマホの電源を落とし、「どうしたの?」とニッコリ微笑むも時すでに遅し。「どういうこと?」と聞きたげにこちらを見てくる棘くん。うっわどうしよう、見られた見られた見られた見られた!気持ち悪いって思われた?でも、好きな漫画の推しキャラって言って誤魔化せば…。いやいやいやいや、私の無駄にある画力のせいであそこまで棘くんソックリなのに無理じゃない?だって格好とかまんま棘くんだし、何ならネックウォーマー下ろして呪印がっつり描いてあるイラストだからな。というか私がオタクだって誰にも言ってないんだから推しキャラとか言い出したらおかしいだろ。
ヤバい、何て言い訳を……と必死に考えていると。
「すまん、遅くなった」
「パンダァァァァァァァァァァア!!!!遅いんだよ馬鹿野郎!!!でもありがとうね!!!!!さぁ!一狩り…じゃなかった任務行こうぜ!!!!?!???」
「お前テンションどうした?」
パンダが遅れて登場。私は棘くんとの間に漂っていた何とも言い難い雰囲気をぶち壊すように叫び、パンダの腕を引っ張り外へ出る。
「パンダ!任務頑張ろうね!!!!」
「お、おう……」
自分の失態を誤魔化すために無理矢理テンションを上げる。後ろから向けられる視線には気付かないふりをした。
「バァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァカ!!!!!!!!!」
建物の周囲に人がいないのをいいことに、全力で叫びながら呪霊に攻撃する。しかし、叫んだせいか少しズレてしまったようで仕留め損なってしまう。
「こンの野郎がァァァァァァァァァァア!!!!!!」
くたばりやがれェ!と再び全力で叫び呪霊を攻撃。今度こそ仕留められたようだ。
終わった終わった〜、と軽く伸びをする。すると、パンダが可哀想なものを見る目で私を見ているのに気付く。
「……何その目」
「……いや、今日は荒れてるなぁ、って」
そりゃあ荒れるでしょ。最推しのイラストを描いて壁紙に設定してニコニコと眺めてたら最推し本人に見られたんだぞ?ハマってた漫画で割と好きだったキャラが死んだ時よりしんどい。
「……聞いてくれるかい?」
「俺でよけりゃ聞くぜ」
キラーン!と効果音がつきそうな顔で私の言葉に耳を傾けてくれるパンダ。優しいかよ。
そして私はパンダに、自身がオタクであること、棘くんが最推しであること、その彼のイラストを描いてスマホの壁紙に設定したこと、そしたら運悪くスマホの画面を見られてしまったことを話した。
「……それは、なんか……うん」
「反応しづらいよね知ってた」
「ちなみにそのイラストって?」
「お、見る? 自信作」
スカートのポケットからスマホを取り出し、パンダにイラストを見せる。
「普通に上手いな。画塾とか行ってた?」
「漫画とかアニメの推しキャラたくさん描いてたら上手くなった」
「どんだけ描いたんだ……。ちなみに棘のイラストって何枚描いた?」
「五十枚……?」
「思ってたより描いてた」
パンダが少し引いた顔をする。おいやめろ。
だってさぁ、最推しのカッコイイとこや可愛いとこ見ちゃったらイラスト描きたくならない?SNSでオタク絵師様がアニメ観た後に「このシーンヤバかった!」って一枚絵描いて投稿するやつ。アレと同じ。な気がする。
「にしても棘が最推しねー」
「なんだ何か文句あるのか」
腕を組み、うんうん唸るパンダ。
「いや、文句はないんだけどさ。悟は?アイツも顔だけはいいじゃん。推してないの?」
「顔は好きだけど、中身がアレだから」
「あぁ……」
五条先生、顔は良いんだけど普段の様子見てるとね……。たまに本当に教師なのか疑いたくなるし、よく言う「お疲れサマンサ」とかいう寒いオヤジギャグも何だかなぁ。たぶんあの人は性格がアレだからその分顔面偏差値がカンストしてんだろうな。
でもそれに反して、棘くんは顔だけじゃなくて性格も良いからね!男子高校生らしくノリが良いからたまに一緒に馬鹿やってくれるし、優しいから例え軽い怪我でもめちゃくちゃ心配してくれるし、おまけにめちゃくちゃ甘やかしてくれるんだよなぁ。この間大変な任務から帰ってダメ元で「癒してくれ……」ってお願いしたら「ツナマヨ(お疲れ様)」って言って抱き締めながら頭撫でてくれた……。抱き締められるのは予想外すぎて叫びかけたけど。過度なファンサはオタクを殺すんだぞ!!
でも本当に推す要素しかないんだよなぁ。好き。
「……まぁ、とりあえずさ。正直に話しちゃえば?棘なら理解してくれるって」
「推しに推していることを伝えられるのは最高ですが、自分が知らない間にイラスト描かれてた挙句それをスマホの壁紙に設定されるのって気持ち悪くない?」
「カッコよく描いてあるから良くね?」
「パンダ基準ンンンンンン」
でも、下手な嘘をついて誤魔化すよりは正直に言っちゃう方がいいんだろうなぁ。……よし、こうなったらドン引きされても構わないから正直に話そう。うん。
「よし、帰ろう。話聞いてくれてありがとね」
「どういたしまして」
立ち上がり、気合を入れるために左手で拳を作り右の掌に打ち付ける。今朝のことをちゃんと謝罪して、後日お詫びとして何か奢るとしよう。
今回の件で少し距離を置きたいとか言われても私は受け入れるからな。責任はきちんと取るので。
「うーん、でも推しに嫌われるのはやっぱりしんどい……」
「絶対に嫌われないから安心しろ」
「棘くん確かに優しいけど、さすがにアレは……」
「ちょっと今までの棘とのやり取り思い出した方がいいぞ」
マジかお前、と呆れた顔をするパンダの言葉に、私は首を傾げるしかなかった。
補助監督さんが運転する車から降り、校舎へと向かう途中で真希ちゃんと乙骨くんと遭遇。
「お、任務帰りか。お帰り」
「二人ともお疲れ様」
「ただいま〜。ねぇ、棘くんどこにいるか知ってる?」
「たぶん教室にいると思うぞ」
「ありがと!」
真希ちゃんにお礼を言って、私は教室に向かって走った。教室に向かっている途中で五条先生とすれ違い「廊下は走んなよー」と言われたが、ごめんね先生!今急いでるので!
教室の前に着き、深呼吸をして息を整える。うっわぁ、緊張する。えっと、まず何から話そう。私がオタクなことか?そして最推しが棘くんで、オタクは推しのイラストを描いてスマホの壁紙に設定することがあるという話をして…。いやいやいやいや、まず謝罪しなきゃ。勝手にイラスト描いてた挙句それを壁紙にしてたんだから。絶対不愉快な思いさせてるし。それについて謝って、それから何故あんなことしたのかの説明だな。
パンピーにオタクってバラすの割としんどいな。明日生きてられるか?
えぇい、覚悟を決めろ!行くぞ!と気合いを入れ教室の扉に手を掛けようとすると、ガラッと何者かによって扉が開かれる。顔を上げるとそこにいたのは棘くんだった。
「あ、」
「た、かな……」
パチ、と視線が合う。あ、ヤバい言おうとしてたこと全部吹っ飛びそう。本当に顔が良いですね驚いた顔も好きだなぁ、今日の夜は五枚くらいイラスト描けそう。……じゃなくて!謝罪!
「あ、あのね、棘くん!言いたいことがあって……」
「おかか」
今朝はごめん、と言おうとした瞬間、彼の右の人差し指で唇を押さえられた。ん?「待って」ってことか?これは。スッと目線だけ上げると、そこには何故か顔を赤くした棘くん。ん????なんで顔赤いの?
「すじこ、ツナマヨ」
「????」
それどういう感情の顔?なんで顔赤くして真剣な表情してるの?まるで告白するみたい、じゃ……ん?
おもむろにネックウォーマーを下げ、普段は隠している口元を顕にする棘くん。そして彼は口パクでこう言った。
『す き』
「………………ぇ?」
すき?スキ?誰が誰を?棘くんが、私を?
待って、嘘だ、だって、それは。
「……か、」
「?」
「解釈違いです!!!!!!!!!!!!」
高専内に私の叫び声が響いた。
▷side 五条
廊下を歩いていると、前から走って来たのは自分が担任をしている一年の一人。あの子が全力で走ってるのなんて珍しいな。何か急ぎの用事だろうか。とは言えここは学校。一応教師らしく注意しとくか。
「廊下は走んなよー」
「すみません急いでるので!」
そう言って走り去る彼女。彼女が向かう先は一年の教室だろうか。確かあそこには棘がいたな。…え、もしかしてそういうこと??
思わず口角を上げニヤニヤとしてしまう。いやぁ、青春だなぁ。傍から見てたらあの二人は明らかに両想いだった。いつ付き合うのかとモヤモヤしていたが、やっとか。からかうネタになりそうだし、こっそり隠れて見ていよう。
即座にUターンし、来た道を戻る。そして彼らにバレないように物陰に隠れた。
教室前で深呼吸をし、息を整える彼女。緊張してるのかな、まぁ一世一代の告白だしねぇ。するよね、緊張。そして彼女が扉に手を伸ばした瞬間、棘が扉を開けて出てきた。お、ナイスタイミング。
お互いにビックリしたのか暫くの間見つめ合っていた二人。先に沈黙を破ったのは彼女の方だった。
「あ、あのね、棘くん!言いたいことがあって……」
「おかか」
セリフを遮るかのように、右の人差し指を彼女の唇に押し付ける棘。もしかして「俺から言わせて」ってやつ?
「すじこ、ツナマヨ」
本当にそう言ったよあの子。たぶん通じてないけど。だって彼女、何が何だか分からないって顔してるし。そんな彼女の様子にお構いなく、棘はネックウォーマーをゆっくりと下ろし、口パクでこう言った。
『す き』
言った!よく言った棘!!今日はお赤飯買いに行こうね!!と喜びのあまり二人の元に飛び出しそうになる。待て、落ち着け。まだあの子が返事をしていないぞ。
まさか両想いと思っていなかったのか呆然とする彼女。数秒後、やっと理解したのか口を動かした。しかし、その口から出てきたのは思いもよらない言葉だった。
「解釈違いです!!!!!!!!!!!!」
思わず吹き出してその場に崩れ落ちた僕は悪くないと思う。
▷side パンダ
「棘くんどこにいるか知ってる?」と尋ねた彼女に、真希が「たぶん教室」と応えると、彼女はにこっと可愛らしい笑顔でお礼を言って走り去って行った。
「やっと告白するのか?」
「いや、謝罪しに行った」
「は?謝罪?」
「え、彼女、狗巻くんに何かしたの?」
真希の質問に対し俺がそう答えると、二人は首を傾げる。いやぁ、これなんて説明すればいいんだ。危害を加えたわけじゃないんだよなぁ。というか謝る必要無いと思うんだが。
「何かしたってわけじゃないんだけど……たぶん二人の話聞いた方が早いな」
「なんだ、盗み聞きでもすんのか」
「えっ、いいの?」
「「バレなきゃ大丈夫」」
「えぇ……」
嘘だろ、と少し引き気味の憂太を連れて三人で彼女の後を追いかける。いやマジで説明しづらいんだよな。スマホの壁紙見られたので謝ります、って言ったところで意味分からんしな。彼女がオタクであることを隠したがってるっぽいから勝手に二人にそのことを話すわけにもいかない。
一年の教室近くまで足音をさせないように近付き、物陰に隠れる。すると、すぐ近くに悟が何かを伺うようにして物陰に隠れているのを見つけた。
「悟何やってんだ」
「棘がいる教室に向かって全力疾走してるアイツを見て『もしかして』とか思って覗き見してんだろ。見なくても分かる、絶対ゲスい顔してるぞ」
「あはは……」
真希にボロクソに言われる悟。まぁ、十中八九そうだろうしなぁ。と、意識を思考の彼方に飛ばしていると、廊下に響く女子特有の高い声。
「あ、あのね、棘くん!言いたいことがあって……」
「おかか」
今朝のことを謝罪しようとする彼女が口を開くも、棘がそれを遮った。あ、これ勘違いしてるやつ。
「アイツ全力疾走してきたから顔赤いじゃん。傍から見たらマジで告白しに来たようにしか見えねぇぞ」
「狗巻くん勘違いしてない?大丈夫?」
「たぶん大丈夫じゃないと思う」
これは棘が恥ずかしい思いをする前に止めた方がいいのだろうか。でも、ここで止めたらアイツは絶対に棘の気持ちに気付くことは無いし、それならこのままの方が…。それにあの空気をぶち壊す勇気が俺には無い。棘に怒られそう。
「すじこ、ツナマヨ」と真剣な顔で言う棘。うーん、これは。
「あれ絶対『俺から言わせて』って言ってんだろ。マジで勘違いしてんじゃん誰か止めてやれよ」
「……じゃあ真希行ってこいよ」
「面白いから嫌。パンダが行ってこい」
「あそこに突っ込んでく勇気無ぇわ」
「僕も無理かな……」
と、コソコソと話していると、いつの間にか棘が普段は口元を隠すように覆っているネックウォーマーを下げていた。うん、ここまで来たらもう言っちゃえ!頑張れ!
声には出していないものの、ゆっくりと『好き』と紡ぐように動く口。
そして、謝罪しに来たのに何故か告白されるという予想外の展開に驚く彼女の返事は、めちゃくちゃデカい声での「解釈違いです!!!!!!!!!!!!」だった。
近くから悟が吹き出して崩れ落ちる音が聞こえた。